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パン屋の おはなし あのね  このレーズン

「このレーズンかわってるだろ」
「ほんと みどりいろなのね」
「まえから きになってたんだ」

仕事と仕事の合間、二人はよく作業場のかたすみでお茶をします。ときには今日みたいに新しいパンを作ってみたりもします。
ほんの少ししかつくらないので、ミキサーを使わず手でこねます。
おやっ?
あらっ またです
さっきからね、レーズンをあわせているんですけど・・・ひとつだけ・・・
ぽろっと・・・ほらね、こぼれちゃうんです。
ん~どうもおなじやつみたい・・・

れれ~ レジのそばにある猫の置物がもぞもぞと・・・・
またなにかありますよこりゃ。前にグーっと伸びて・・・後ろにグーっとのびて・・・
ほよっ 尻尾が空に何やらホニョホニョッツっと・・・・・・
・・・あれっ それでおしまい?また まるまって寝ちゃいましたねぇ。

「ネエ それってさっきからこぼれてなーい?」
「うん・・・そうなんだ・・・」
「ああつっ」
作業台からこぼれそうになったレーズンに、二人同時に手をのばしました。
ん?二人とも動かなくなっちゃいましたよ。・・・・時計も・・・・パンたちの話し声も・・・・・・・・・

おやっ?ここはどこかしら・・・・
深い霧につつまれた山奥の村のようです。村人の顔を見ると・・・日本?・・・いえ似てるけどちょっと違うようですね。でもずいぶんと昔のようです・・・・

畑が広がっています。あれはブドウ棚のようですねえ。なんだか村人たちに元気がないようですけど・・・・・
ここは山奥の小さな村、この村ではぶどうをつくって、干しぶどうにして市場に売りにいくのです。実はこのブドウ棚の間をぬって流れていた小川の水が涸れてしまったのです。
村人たちはずっと離れた沼から水を運ばなければならなくなったのでした。でもね、水があわないなんてことがあるかどうかはわかりませんけど・・・
急にブドウたちの元気がなくなって・・・
それで男たちはしかたなく町へ仕事を求めていくようになったのです。それでも残された者は老いも若きも一生懸命ブドウたちのめんどうをみています。

ほら あの娘、ほれほれ今お日様を見上げて額の汗をぬぐってる・・・そうそう
あの娘小さいころに両親を失って・・・でもいつも明るくって一生懸命なんです。幼い子たちはいつも彼女のまわりで走り回っています。それで親たちも安心して野良仕事ができるもんだから、けっこう頼りにされちゃってるのよ。

作業の合間のちょいといっぷく。みんな棚下に思い思いに腰をおろして、ブドウ茶で喉をうるおします。
彼女はお気に入りの大岩に背をあずけて・・・
この大岩は、ゆるく傾斜している斜面の中腹にあるんです。お日様が沈むころ西陽をうけてつくる影が・・・まるで猫の顔のよう・・・それで通称「猫岩」・・・
ははは 勿論名付け親は彼女です。でもみーんなもそう呼んでるから文句なし。
子供たちはそこで話してくれる彼女の「おはなし」が大好きです。「猫岩」のお話だって二つ三つあるんですから。
ときには赤ちゃんにお乳をやりながら聞いている母親がいたり、若者たちがまじっていたり・・・

お姫様を助けに来る王子様のお話、そんなお話をするときには決まって彼がいるのよ。
知らなかったでしょ。
満点の星空、指先がちょいと触れるくらいに寄り添って、時を過ごしている彼・・・だなーんて知らなかったでしょ   でしょ?
でも近頃は寄り添う彼とも離ればなれなのよねえ。
そうなんです。彼も町へいっているのよ。
元気かしら?そんな思いで、今は一人ぼっちのお姫様。
大丈夫。きっと彼だってあなたのこと想いながら今日の夜空を見上げているわよ・・・
ほーらね・・・・

「ふー(つかれたあああ)」
そうだよねえ・・朝早くから・・・もう夜だもんね・・・
彼です。彼は町のパン屋さんで働いていました。けっこうまじめなもんで、重宝がられて・・・んで、この時間? まあ一杯稼いで彼女にお土産の一つも買って帰るつもりでしょうよ。
彼ったらもー本当に彼女のことが好きなのよ。知ってた? あっそう・・・・
もーもーメロメロなんだから・・・指先がちょっと触れただけでも・・・・・・・
そんな彼のことです、彼女が恋しくてたまらないのよ。星空を見上げては
「元気かなあ」
ほら つまずいた!
お店でもらってきたパンがポケットから飛び出ちゃった。
拾おうとして手を伸ばした先のほうに・・・・
人? なんかかたまりがあるよねえ・・・
パンを拾い上げて近づいていくと・・・人よ!
老人が路傍にうづくまっています。
「どうしました?大丈夫?」
そう ほっとけないのが彼らしいとこ
変てこな帽子をかぶった老人が顔を上げました。
「お腹すいてる?食べる?」
彼はもらってきたパンを差し出しました。
老人はニッコリ笑ってそれを受け取りました。
そうして、変てこな帽子をとると中から何かを出して彼に渡しました。
緑色の石です。とってもきれい・・・
彼はそれを受け取るとしげしげと眺めました・・・
あっ 
指をすべらせて落っことしてしまいました。
あわてて拾い上げた彼
「これ もらって・・・」
『いいの?』って聞こうとして振り返ったとき
そこにはもう、あの変てこ帽子の老人はいませんでした・・・・

・・・・理解できないことは理解しようとムリをしないのが彼?です。
何もなかったように歩き始めました。・・・二・三歩歩いて止まりました。
ポケットから手を出して・・・・・
そうよ 緑の石はちゃんとあるのよ・・・
もう一度振り返って・・・今度は走りだしました。   わかるよ 気味わりいよな

その夜、不思議な夢を見ました。
ん? うなされたの?
彼 飛び起きました。一瞬固まったと思ったら・・・
大急ぎで服を着て、リュックを背負うと外へ飛び出し走り出しましたよ。
おーーーい・・・・寝ぼけてるのかな・・・
・・・・もうかなり走ってるしねえ。
でもまだ真夜中ですよ・・・

走っちゃあ歩き、また思い出したように走り出す、そんな繰り返しで夜のしっぽの付け根あたり、???
ありゃりゃ! 村に帰ってきちゃいましたよお
ははーん わかった!彼女の夢みたんでしょ?

ほーら 一軒の家に飛び込みましたよ
ちゃうちゃう! そこ彼女の家でないから!
まだみんな寝てる時間だし・・・
泥棒だと思われちゃう・・・?
クワ・・・盗んだの? 借りたの?
彼ったら手にクワを握ってまだ薄暗いブドウ棚のほうへ走っていきます。
かって知ったるといっても ころんじゃうよおー

まだ薄暗いうえに靄のかかったブドウ棚をかいくぐってたどりついたのは、あの猫岩です。
猫岩をぐっと睨んだかと思ったら・・・
いきなりクワで地面を掘り出しちゃいましたよ。
・・・・・・・いったい・・・どうしたい?・・・・のよ・・・・・・・
土を掘るクワの音・・・やがて彼の息づかいが加わり、濃い靄に包まれた時間が流れていきます。

おやっ
音が止みましたよ・・・何か見つかったの?

違いました・・・・
大きな穴の縁に座り込んだ彼・・・
なんだか力ないねえ・・・しょんぼりしてます。

頑張ったんだけどねえ・・・
やがて頭をカキカキ立ち上がりました。
!!全身硬直!   ?
だって気がつくと彼女が不安げに立っているんですもの・・・

「へへ」
「どうしたの?」
言葉?を交わしてホッとしたのか、彼女がニッコリ微笑みました。
彼ったらまた座り込みそうに(ははは これはいつもの反応ですのでご心配なく)・・・
足場が悪いので(彼のせいです)猫岩の後ろに腰をおろしました。
彼は町での仕事振りを彼女に物語っています。
勿論他人様が聞いてもわかりません。彼女だからわかってくれるんです。
どうして、彼女の前だとこうなのかねえ。・・・・・好きだからか・・・そかそか・・・
猫岩にもたれながら・・・この時間がいつまでも続くといいのにね

彼何か渡しましたよ・・・
あっ あの緑の石! 今日の彼久しぶりなもんだからしゃべること・・・
また 彼女が楽しそうに聞いてあげるんだ これがまた

彼女も手にとってしげしげとみつめています。
「ふぁあああ~」と彼大あくびに大伸び
そりゃそうでしょうよ。

ああああ!!! あぶなーい!!!!!
寄りかかっていた猫岩が倒れて・・・・そう彼の掘った穴のほうへ・・・・
彼女バランスを崩して落ちっていっちゃうよお

ほー あぶなかった 彼がしっかりつかまえました・・・って・・・・
あなたの掘った穴のせいよ。ちょっと反省しなさいよ。

ん?どうしたの?二人とも?
緑の石?落としちゃったの?あらもったいない。
あっ 彼女お 泣かないで
何とか言っておやりよ。彼女に怪我させなかっただけよかったじゃんよお。

そうそう なでなでしてやんなさい。

しっかし、見事にひっくり返ったね。頭とお尻がバトンタッチだもんね。
あれっ ほれ ちょいと彼 気がついた? そうよ そうだよね。
今までお尻だった今は頭の・・・・もーややこしいー
そこにはなんと グルグル渦巻き模様が・・・・
あの変てこ帽子と同じ模様がくっきりと浮き出ています。

ズンーーーーー!

ひゃあ 何?地震?

足元の土がポロっと落ちました。
『チャポーン』??
水?
水が出てきたよ!
すっすごい  どんどんでてきたよ

今まで猫岩があったところから、水がどんどんあふれだしました。水は猫岩の頭を優しくなで斜面を下っていきました。
やがて、干上がっていた小川に流れ込みブドウたちに挨拶をし始めました。もちろんブドウたちもそれに応えています。
町へ行った男たちが戻ってくるのもそう遠くはないでしょう。

猫岩・・・変てこ帽子の老人・・・緑の石・・・どこかでつながっていたのかしら。
おかげで彼女はまた若者とこの村で暮らしていくことができます。
よかったね・・・・・・・

あああああっ
彼ったらあ さっきの『ズンーーーー!』からずっと彼女を抱きしめたまま!!!

まっ いいか 彼女とっても幸せそうだから。
はいはい  みなさんも見ない振り・見ない振り・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
遠くのほうで子供たちの声が響いています・・・

この出来事があって以来この村でできる干しブドウは、どういうわけだか、綺麗な緑色。
とってもよく売れたんですってよ。

「ん!」
「あっ!」
「へへ」
「うふ」
「美味しく焼けるといいわね」
「うん」
はい ここも 見ない振り 見ない振り

                                    おしまい

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