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【ep.6】"ふつう"を諦めた、25歳のわたし

会社の中でほとんど使われていない、薄暗いロッカールームが。
めまいがして、呼吸ができなくて、デスクにいられなくなったときの唯一の逃げ場だった。

数時間おきに逃げ込まないと、立っていられないくらい憔悴していた社会人2年目の6月。会社の片隅で、涙を必死にこらえて検索したのが「会社に行くのがつらい」で。

今でも、あのときの浅い呼吸を覚えている。

大学4年でシンガーソングライターを始めた後は、時間が欲しくて大学院に進学させてもらった(もちろん研究も本気で頑張った)。

3年ほどいろんな場所で歌い、いろんな人に出会い、いろんな挑戦をした上で、やっぱり音楽だけで生きる道は見えなくて。社会経験を積むためと割り切って就職活動をし、ラジオ局に入社した。

1ヶ月の研修を終えて、「仕事って何するんだろう?」くらい何もわかっていなかった私に、最初に課せられたのが「〇〇さん来週東京に転勤だから、1週間で仕事全部引き継いでね」。

ひと回り年上のその先輩は忙しすぎて、請求書の作り方くらいしか聞けないまま、あっという間に1週間。空いたその席に移動させられると、本当に先輩の仕事が全部降り注いできた。

「去年と同じようにやって」「その席の人の仕事でしょ」

私が去年いなかったこと、この人たちはなぜわかっていないのだろう?3年ぶりに雇った新入社員で、たった3人しかいないうちの一人なのに。

やってもやっても積み上がっていく仕事。先の見えない不安。共感できる仲間もいなくて、徐々に心も身体も壊れていった。

めまいがする、呼吸が苦しい、熱はないのに身体がずっと熱い、咳が止まらない、突然39度の高熱が出る…。そうしてデスクに居続けることもできなくなってきた頃、気づいたら「会社に行くのがつらい」と打っていた。

そこでたまたま見つけたのが、マツオカミキさんというライターをしていた方のブログ。そこには、私と同じく社会人2年目で体調を崩して退社した話が綴られていて、「私と同じような人もいるんだ」とホッとした。

たぶん頭のどこかで「3年は頑張らないと」という価値観が、1年半でズタボロの私を攻撃していたから。

その文章にまた一つ心の拠り所を見つけた後、仕事を片付け、次の日人生で初めて "ズル休み" をした。「もう明日は会社に行けない」。そう頭の中で鳴り響く警報に、耳を傾ける勇気が持てたからなのかもしれない。

一方ちょうど同じ頃、私は急に焦り出していた。「いつか、私らしい道を進みたい」「いつか、スペシャルなチャンスが来たらいいな」。いつか、いつか…。

そう思い続けて、もう25歳になってしまった。この歳になってもまだ「いつかどうにかなりたい」と、何の具体性もないなんて。このままじゃ「いつか」なんて、一生やって来ないんじゃない?

その頃聴いていたのが日食なつこさんと、勤めていた局にゲストで来たのがきっかけで知ったヒグチアイさんの歌。

情熱だけで生き残れたら 
どいつもこいつもヒーローだよ
守りたいのならそれなりに飛べ
背伸び程度で届くような空ではない

日食なつこ「エピゴウネ」より

厳しいけど力強い言葉を聴きながら、自分を何度も奮い立たせた。このままでいいの?私が本当に進みたい道は?こんなところで倒れてしまっていいの?

誰もいない未来 誰も知らないストーリー
描き続けられるだろうか?
わたしのために わたしは生きるの
つらいなら怖いなら 大丈夫

ヒグチアイ「わたしはわたしのためのわたしでありたい」より

身体がおかしくなって、苦しくなって、もう、ここにはいられない…。そんな仕事から帰ってきた後、広い河川敷へ出かけた。

「私、今逃げてるのかな?」。毎日こんな気持ちでいるの、いい加減疲れた。ずっとフラフラしている。目は霞んでいるし、意識が遠い。生きてない。私を生きられてない。

「もう "ふつう" でいるの、諦めたら?」

ふとそんな声が聞こえて涙が出た。たしかに会社員になったのは、 "ふつう" になってみようと思った側面もあるのかもしれない。

人と同じような道もうまく歩けず、本当に進みたい道なき道に踏み込む勇気もない、中途半端な私。その天秤をどちらか一方に傾けるのなら…きっと後者の方がいい。

そうして2年目の冬、会社を辞めた。その前にプロポーズを受けたので「寿退社」みたいな扱いになったし、結婚が決まっていなければ正直、踏み出すのはもっと怖かっただろうけど。

最後のあいさつをして、お花をいただいて、真冬の夜空を眺めながら帰っていたとき。「うわぁ、私ほんとに辞めたんだ」って笑えてきた。

弱くても勇気がなくても、きっとそれなりの戦い方がある。怖くても迷っても、踏み出したら世界は変わる。

まだ何も描かれていないまっさらな未来を前に、不思議と希望しか持てない夜だった。

***

「私が私を表現できるようになるまで」の物語集。ep.6は、"ふつう" にも "勇者" にもなれず苦しんだ、会社員時代の物語です。

ここでいう "ふつう" は、当時の私が思っていた「ちゃんと会社に就職して、ちゃんと仕事をする」こと。どうしてもそれがうまくできなかった私には、日々懸命に働いている人たちが輝いて見えたし、今も心から尊敬している。

ときどき私を縛りつける "ふつう" って、一体何なんだろう?
周りの大人から、友達から、テレビから言われた言葉で、頭の中にでっち上げただけの架空の存在のはずなのに、どうしてこんなにも影響されてしまうんだろう?

一つの会社で働くのが肌に合う人もいるし、自分で仕事を作りたい人もいる。子育てを頑張る人も、自分探しの旅に出る人も…。大切なのはきっと、自分がどう生きたいのかなんだって、今は思っているのにね。

このお話も、とある一人の価値観でしかないけれど。あの日、私を孤独から救ってくれたマツオカミキさんの文章のように、同じように悩む誰かの味方になれたらいいなと願いを込めて綴っています。

ちなみにこの2年後、私に勇気をくれたマツオカさんやヒグチアイさんと、二人きりでお話しする機会に恵まれたんです…!人生、何が起こるかわからないね。

決意したようでまだまだ悩み続ける日々ですが、次回のお話も見守っていてください^^

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このお話をテーマにした動画を作りました。
テーマ曲は、「わたしはわたしのためのわたしでありたい/ヒグチアイ」。

物語編歌編と2つアップしているので、ぜひあわせてお楽しみください!

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