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【カサンドラ】27.2002-再生

店長経験があるおかげで面接に落ちたことがなかった。
身体を壊し仕事を辞めては別の店に再就職をし、
激務に追われ、上司と揉め、自主退職に追いやられる。
これがひとつのルーティーンになっていたが
それを繰り返しながらも個人売を達成し、店舗売上を達成し
給料にロイヤリティーが上乗せされる職場で金を貯め
藤沢の辻堂という街に5畳ほどのワンルームを借りた。

夢にまで見た、自分だけの城を
ようやく手に入れたのだ。

引っ越しの日には、当時仲良くしていた女友達2人と、
ワンボックスを出してくれる男友達1人に手伝ってもらった。
この日は何が機嫌を損ねたのか、朝から母親が口をきいてくれず、一番奥の部屋の襖を締めて閉じこもり、
私の友達に挨拶もしない。
荷物を全て車に積み終えて自宅を出た時、ハンドルを回す男友達に、
「オトの母ちゃんほんとすごいな。大人んなれよって言ってやれよ。」と言われ、
やはりうちの母親は他の家の母親とは違うと、ようやく確信した。

母の無視は日々の習慣のごとく日常に溶け込み過ぎていて
父親や友人に話したこともなかったし、母の不機嫌は全て私のせいだと思っていたから、
何を怒っているのかと、率直に聞けない自分の意気地の無さを呪って生きてさえいた。

手伝ってくれた友人達に申し訳ない気持ちを抱えたまま車は藤沢市に入り、
新しく生活する部屋に私の日常が詰め込まれた。


私は実家の台所を触ったことがほとんどなかったので、
自分の名義で家を借りるまで、料理というものをまったくしたことがなかった。
実家を出たばかりの大学生が、
ひとり暮らしをして、親のありがたみを知ったという話をしているのを
よく文字で目にするけれど
私はやっと自分で食材を買い、鍋やフライパンを使って料理をすることができるし、
自分の好きな時に自分のやり方で掃除や洗濯ができる生活に心が躍った。
こんな自由な世界に居られるのなら、
どんな狭い部屋でも構わないし
明日からの激務にも耐えられると思った。

これからはここで自由に感情を吐き出せる。
壁一面の大きな窓から夕日を浴びて、
私は大きく息を吸い込み、今日から始まる新しい日々に胸を弾ませた。

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