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【カサンドラ】38.ゴミ貯めの家-2

父が70を越えた頃
私が生まれ育った家の大家が、土地ごと手放すらしいということで
あの鎌倉の家を購入したいと持ち掛けてきた。
あの辺りは、ここ20年の間に近くの寺院が観光名所として注目され、
外国人観光客が大量に押し寄せるようになり
当時よりかなり便が良くなった上に土地が安く、環境も良い。
建物自体は10年ほど前に改築されており、補修無しで住める状態のようだった。
恐らく、両親の死後一人残される私のためでもあるのだろう。
年齢的に父親はローンが組めないので
私の名義で購入することになり、それをきっかけに
実家に足を運ぶ機会が増えた。

引越しが近付いても、母は家の中のガラクタを捨てるどころか
全てのゴミを、全部使うのだ、捨てない、と両手で抱え込み
子供のように首を振る。
まるで幼児退行するかのような母の姿を見ていると
私の身体の奥底にある黒い塊が疼いた。
父と2人で、捨てろ捨てろと責め立てると
自分が被害者かのような決まりの悪い顔をしてまた、ガラクタを囲う。

夜11時には床についたのに
丸一日眠ってしまった休日があった。
翌朝目が覚めると、薬局でポリ袋を5セット買い込み
車で実家に向かった。
実家に着いて玄関の扉を開けると同時に、
目に入るガラクタを片っ端からポリ袋に入れ玄関の外に出す、
その行為をひたすら繰り返した。
箪笥の上にごちゃごちゃと並べてあった細かいガラス細工の置き物や、
私が3歳の頃に遊んでいた薄汚いお人形、
母が父に買ってもらったであろう、高価そうなバッグ
何でも構わずポリ袋に入れて外に出した。

母は顔をしかめ私に「やめて!やめなさい!」と連呼し
玄関の外に出そうとする私の腕を掴んでは振り落とされ、
案の定父を呼んで「何とかしてよあの子!」と、助けを求めた。

昔から、いつもそうだった。
直接対峙することができないから私を無視をするし、
直接対峙することができないから父を呼ぶ。
そして私の言い分は聞き入れられることも無く黙らされるのだ。
しかし今は私も大人で、父も私と一緒に捨てろ捨てろと責め立てていた手前、
私だけに強く咎めることができずにいる
その姿を見て初めて父を狡いと思った。

ある瞬間から、母が大事に抱えているガラクタが全て、
母の言うことを訊いていた時代の私に見えてきた。
私の腕をものすごい力で握り、なんとかやめさせようとする母に一度だけ
正面から向き合った。

「あんたは言うことを訊いている頃の私しか愛してないんだよ。
どんな思いで生きてきたと思ってんだ!この家は私にとって牢獄だったよ!」

口から怒声を吐き出すと共に涙が溢れた。
狭い自室で、母を殺したいと思っていたあの頃の少女が
命を宿し、はっきりと形にした怒りだった。
親の前で涙を流すのは6歳以来だったろうか。
母は「そんなつもりはない」と単調に言葉を並べるだけで
自分の思いを口に出すでもなく、感情を乱すでもなく
ただ私にこの酷い行為をやめさせるように父に頼むばかりだった。

玄関までは腕や足にしがみついて引き摺られてでも着いてくる。
しかし玄関から外にゴミを出すと、あっさりと諦め振り返り、部屋の奥に戻る。
それがあの人の生き方なのだ。
母が描いていた”誰かに見せるための人生”に、無抵抗な年頃の私は巻き込まれていた
少女はそれに激しい怒りを覚えているのだ。

「いい加減にしなさい!」
ついに父が声を上げた。

その声を聞いて、この上ない怒りと孤独を感じながら
私は全てのゴミを自分の車に積んで、ひとりで自宅へ向かった。


René Clemencic - Libera me

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