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【カサンドラ】 14.偽華

昼の仕事が早番の日はその足でガールズバーへ向かい
25時に仕事を終えると、スタッフの車で自宅まで送ってもらう。
高校時代を過ごした藤沢市にあるその店は
ピンクやブルーの海軍をイメージした制服を着て、
カウンター越しに接客をする。

同伴と指名が多ければ、余裕で昼の給料を越えられるのだけど、
元々人と接触することが得意ではない私が指名を取るのは、簡単なことではなかった。
昼間だけでなく、夜も個人の売上が棒グラフになりバックルームに晒される。
私はここでも昼間のままの着ぐるみを着て、別人格を創り出し
入口でビラを配っては、ひたすら男達を店内に招き入れた。

体育以外なら何をやってもそこそこの順位を挙げられる自信があったのだけど、
私は接客というより色恋というものが苦手で、
好きでもない常連客からのしつこい誘いを上手くかわすことができずにいた。
それに加えトップ3に入るようなキャバ嬢達はエステに通っていたり目元の整形程度はしていて、そもそもの美意識が違うのだ。
出勤時に入り口階段の壁に貼られている自分の写真を見る度、
大きな瞳を見開き微笑むパーツの整った顔の女たちの中で、私なんかが派手に化粧をしたところで、勝てるわけがないと自信を失くした。

それでも負けたくなくて、銀座のホステスが出している本を読んだり、
一緒についた先輩の話し方や仕草を真似てはみたものの
どうにか真ん中より少し上をキープするのが精一杯だった。

当時住んでいた地域の家賃を払うには、昼だけの給料ではとても賄えない。
しかし家族と共に生活を続けることが何よりもの苦痛だった私は我が身を顧みず働き、
休みの前の晩は倒れ込むようにクラブに身を投じた。
私は沙織を通さず、定期的にあの色白男に会いに行き、
体を委ねては白い煙を吸い上げ、クラブでは別の錠剤と精液を体内に迎え入れる。
常に全力疾走をした後のような頻脈で、異常に高いテンションを保ったまま家に帰ると
家の前のブロック塀から突き出す鉄線が意思を持って動き出し、
その全てが自分の身体に刺さるという恐怖に襲われる。
気が付けば私は、現実と妄想の境目がわからなくなっていた。

昼も夜も高く尖ったヒール靴で地面を蹴り
昼も夜も売り上げが”私”という個人を評価する。
血液は化学物質に侵されてゆき
精神的にも肉体的にも、常に限界を超えていた。

だけどここにいれば、常に私を好きだと言ってくれる男がいるし
昼はショップスタッフだというだけで、自分のファンを獲得することもできた。
いつも最先端のファッションを着こなし、派手なヘアメイクで
通行人や客の視線を独占できるなら、私はやっと生きていると感じられた。


Snoop Dogg - Who Am I(What's My Name)?

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