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【カサンドラ】 39. ゴミ貯めの家-3


後部座席の窓から外が見えないほど、いっぱいにゴミ袋を積んで自宅に着いた。
私は脇目も降らずに車からゴミを降ろし、全身を使ってゴミ置き場に投げ込んだ。
20袋はあったろうか。
車を駐車場に置いて、自分の部屋に戻ると
先程までの惨状が、現実であったと思えないような
不思議な感覚に陥った。
我に返り、立ち上がって洗面所で手を洗おうとした時、
両腕に深いミミズ腫れがいくつも走っていることに気付いた。
私がゴミ袋を玄関から外へ出す時に、母が付けたものだ。
よく見れば腕や足のあちこちに赤い斑点ができている。
それを見て再び腹の底からどす黒い感情が沸きあがってきた。

すぐに体にできた傷や斑点を写真に撮り、父親の携帯にメールした。
私は自分の母親にこんなにされるほどのことをしたのだろうか。
あなたは、私が間違っていると思うのか、と。
狭いワンルームを丸ごと覆ってしまうような巨大な罪悪感に包まれながら
私は自分の腕を摩って、夜通し泣き続けた。

翌朝目を覚ますと、父親からメールの返信が来ていた。
文章は定型文のように「昨日はお疲れ様」から始まり
「優希も大変だったと思うけど、ママはいつも優希のことを心配している。」
「あの頃は、お爺ちゃんやお婆ちゃんの面倒も見ていたし、
犬の散歩もひとりでしていて、ママも大変だったんじゃないかな」
「ママは今すごく落ち込んでしまっている。」
という文面で終わっていた。


私はメール画面を閉じて、部屋の白い天井を見上げた。




私の母は、三姉妹の末っ子として裕福な家庭に生まれ育ち
人生で一度も社会に出たことのない、お嬢様だった。
私は母から、人間の価値は家柄と見た目の美しさで決まると教わり
中卒で貧困と戦ってきた父の家系を馬鹿にする台詞を幾度となく聞きながら育った。
片親で、小学生の頃から新聞配達をしながら家系を支えてきた父は、何を言われても自分のことにまったく金を使わず
家族のために休みなく働き続ける姿を見ていると
父を見下す母が許せなくなり、
私はいつしか父の生き様を肯定する生き方をするようになった。
中学受験を辞めて、学費の安い公立の中学に行く。
専門学校や大学に進学せず、働く。
心身を酷使してやっと貰える安月給の職場を選び、できるだけ長く勤めて
月に10万円を稼ぐことが、どれだけ大変なことかお前は知っているのか。
と、母に当てつけるようにハードワークをこなした。
そしていつか父の代わりに、私が金持ちを馬鹿にしてやると決めていた。

私はまるで父の仇を討つかのように
自分の人生を潰して、助けてきたのだと思っていた。
母が何を言おうと私だけは父の家系を尊敬し、生き様を肯定し、父が認めてくれる生き方をすれば、いつか私を助けてくれると信じて
度重なる母のモラハラや数日に渡る無視を誰にも言わず耐え抜いた。
だけれど、父が最後に引いた手は母の手だった。


私の味方をする人間は、最初からこの世に一人もいなかったのだと悟った。
では、私の人生は一体なんだったのだろうか。
人生で初めてと思えるほどの果てしない絶望を感じ
私は家族に対して抱いていた期待全てを諦めた。



Sia - Chandelier 

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