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【カサンドラ】24.告白

あれから直樹は結婚の話に遠まわしに触れることが多くなり、
車で教会の前を通れば、あの扉から俺たち出ていくのかなぁと想像を膨らませ、
やっぱり住む場所はお互いの職場の中間点にしようとか、
犬を飼いたい、とか 
そんな話を振ってはくるものの
私の反応を見て、違う話題にすり替えるようになった。

ある時、
私の持病の定期診療に一度も同行してくれたことがないということが発端で、口論になった。
19歳から患っている私の病について、直樹はほぼ関心を持っていない。
それで私と結婚したいというのは、どういうことなのかと問い詰めた。

機関銃のように怒りをぶつける私の話を一部始終黙って聞いてから、
直樹は私の家の近くに車を停め、運転席で真っ直ぐ前を見たまま

「断りたいんでしょ?」と、小さな声で呟いた。

「断りたい・・とかじゃなくて、一緒に生活していくんなら…
私の病気を直樹も生涯背負っていくことになるんだよ?」

”生涯、背負っていく”

その言葉が届いた瞬間、直樹の大きな瞳が微かに揺れた。
そして「オトはさぁ。」と、呟くように漏らし
こう続けた。

「なんでも自分一人で決めちゃうんだよ。
海外旅行に行く時も、仕事辞める時も、いつも俺は結果だけ聞かされて、
相談もしてくれない。
欲しいものがある時だって、自分で金貯めて買っちゃうしさ。
頼られてないのかなと思うし、俺じゃダメなのかなとも思うし…
お前に俺はどこまで突っ込んでいいのかわからないよ。
本当は何を考えてて、何をしてほしいのかも
何にも言ってくれないから、わからないんだよ・・・言えばいいじゃん!頼めばいいじゃん!」

彼の本音を初めて聞いた気がした。
多分、心理的な距離のことを言っていると思った。

表面上楽しく会話をするし、スキンシップもある。
お互いのヤキモチが発展して大喧嘩をすることもある。
だけれど私には確かに、直樹には絶対に踏み込ませない領域があった。
直樹に、というか
祐介以外の全ての人間に、立ち入らせない領域。

祐介は自分も苦労をしたから、私のことがわかるのだ。
何も言わなくても理解してくれて、いつも味方でいてくれる。
そんな穏やかな父性のようなものを、どこかで彼に求めていた。


「私は・・・
直樹みたいに、何がほしい、こうしてほしい、これはどうしたらいい?って
そうゆうことを、子供の時からしたことがないんだよ。誰も頼ったことなんかない。
全部、自分ひとりで決めなきゃいけなかったし、
何が起きても自分ひとりで自分を守らなきゃ生きてこれなかったんだよ。
これだけ一緒にいて、私が考えてることもわかんないの?
私は直樹みたいにお金持ちの家で愛されて育ってる人とは違う。
あんたみたいなお坊ちゃんに私の気持ちなんか死ぬまでわかんないよ」

直樹は私の顔を見ることもなく下を向いたまま
僅かに胸を上下しただけで、しばらく黙っていた。


私が店の上司と揉めた時、会社の社長をしている直樹の父親が、
資金を出すから自分の店を持てばいい、と言ってくれたことがあった。
私はその好意を直ちに断った。

直樹は裕福な家庭で育ち、このままいけば大企業の次期社長。
はっきりした目鼻立ちの整った顔つきで、サーフィンの大会に出れば上位に入選する。一緒に買い物に出掛ければ服を買ってくれるし、誕生日には高価なブランド物を贈ってくれる。
私と別れたところで直樹と付き合いたい女は腐るほどいる。

自分の家柄を含めて否定された直樹は、
それ以上の言葉が出るでもなく、私を車から降ろすと、
「馬鹿にしてたの?俺のこと」と言い残して助手席のドアを閉め、
猛スピードでハンドルを切り返した。


馬鹿にしてたよ。

金持ちの家に生まれ育った男は、私の足元にも及ばない経験しかしていない。
高い所に餌を吊るしておけば、お坊ちゃんなんか簡単に引っ掛かる。
それが偽物だろうと気付かずに、必死で追い掛けてくる下品な生き物。

私は、
母が無条件で評価する、家柄の良い男が嫌いだ。
親の脛をかじるような仕事しかできない甘ったれが、偉そうに何を言っていると思った。
私の中に入ってこようとするのなら、
私と同じだけの苦労を積んでから物を言え。
男だけじゃない。甘やかされて幸せそうな女友達から男を奪うことで
私は私の中の怒りを宥めていた。

宇多田ヒカル - Automatic

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