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BRIAN ENO AMBIENT KYOTO

ブライアン・イーノによるインスタレーション作品の展示、長く聴いている作家ゆえ、なんとしても観なければと思った。

THE SHIP …今回の展示の中で最も印象的だった。会場となる部屋は照明が落とされ、観客を取り囲むようにさまざまの形状のスピーカが設置されていて、歌声、英語の朗読、器楽音、電子音が聴こえてくる。会場全体が大きな船という設定かと思われる。周囲の船上の施設や洋上から聴こえてくる音たち。その中に身を置きつつ、観客はどこか見知らぬところへと連れて行かれる。当初の ambient は既存の場所に新たに加えられる環境として設計されていた。本作では繰り出される音響が新たな環境を作り出している。音源のみでは感取できなかった音響空間が体験できた。聴覚の力を感じる。

Face to Face…正面に3人の人物の顔写真が映し出されている。それぞれの顔は音楽とともにゆっくりと別の人物の顔へと変容する。男性から女性、老人から若者、白人から黒人へと、さまざまな属性が越境されていく。変化は極めて緩慢なので、少しの間しっかり集中していないと気づかない。いわゆるAHA体験のような趣向なのだが、顔Aに短時間注目していて、ふと別の顔Bに目を転じると、ほぼ別の人物に置き換わっていて、はっとさせられる、その瞬間がおもしろい。ここから、変容のプロセスを追わせるのではなく、"いつの間にか変わっていた…"という意外感、それを通じて時間の経過を実感させるところに本作の眼目があると感じた。Light Boxes も同様の趣旨かと思う。

77 Million Paintings …正面の壁面に巨大な映像が投影される。中心の正方形ー45度傾けてあるーの画面を囲んで、3つの長方形の画面からなるセットが4組配されている。中央の正方形には単色、長方形にはそれぞれペインティングが映し出されるが、これも音楽とともにAHA体験ふうに変容していく。会場の片隅に三角の小さな砂山が置かれ、こちらもペインティングの変化と同期して単色の照明が変化していく。ペインティングの色合いが大変美しい。観客は設られたソファに身を沈め、音と光に身を委ねる。心地よいひとときである。この作品でも、鑑賞者は作り出された環境の中に身を置く。ただ、どうしても視覚の方が勝るため、聴覚上の"AHA"が弱くなる。

「アンビエント」と「ミニマル」はセットのようにして語られることが多い。自分の中では別個のものという意識があったのだけれど、今ひとつ明確な線引きができずにいた。本展示を見るにあたり、ここしばらくあれこれ考えていて、自分の中ではこんな区分けがあると思った。ごく粗い言い方になるのだけれど、

アンビエント…音楽があなたとともに在る
ミニマル   …あなたが音楽とともに在る

つまり両者は主語ーというよりは主体、もっと言えば聴き手の、聴取という営為に関する主体性を異にするのだと思う。
 ミニマルは聴き手が、音楽の変化のプロセスを能動的に聴取することを前提とする。が、必ずしも最初から最後まで「熟聴」することを求めるわけではない。基本的には音楽とともに、もしくは音楽の中にいて、任意の時点で集中して聴取するポテンシャルを確保しつつ聴くこととなる。
 他方、アンビエントは聴き手に能動的聴取を必ずしも求めない。もちろん、集中的に聴取することを拒むものではないが、そういう聴き方を前提とした建付けではないだろう。主語に立つのは作品なのだが、その居ずまいは基本的にごく控えめである。音楽は聴き手とともに、さりげなくそこに在る。
 イーノの立ち位置はアンビエントである。その軸足は揺らぐことがない。だが、近作では、音楽自体が環境となったり(THE SHIP)、観客が変化への気づき(AHA)を持つことを前提としたり(Face to Face など)と、微妙にミニマル的な領域に足を踏み入れていると感じた。イーノの音楽は、これからどんな方向へ進化/深化していくのだろう。引き続き注視したい。(2022年6月3日-8月21日 京都中央信用金庫・旧厚生センター)

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