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石上真由子&中恵菜&佐藤晴真

出演:石上真由子(ヴァイオリン) 中恵菜(ヴィオラ) 佐藤晴真(チェロ)

プログラム:
◯A.ヴェーベルン:弦楽三重奏曲 op.20
◯ F.シューベルト:弦楽三重奏曲 第1番 変ロ長調 D471
◯ A.シェーンベルク:弦楽三重奏曲 op.45
◯ L.v.ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 第1番 変ホ長調 op.3

2023年1月にHakuju Hallでのリクライニング・コンサートで初めてトリオを組んだお三方が、弦楽トリオを本格始動、今回が旗揚げ公演とのこと。

ヴェーベルン作品…点描による書法で、個々の音に込められるドラマの密度が濃い。ほんの僅かアンサンブルが乱れかけた瞬間があったように思ったけれど、すぐに立て直された。3人の間のコミュニケーションが必要十分にはかられていて、ボールの巧みな受け渡しが実に小気味良い。

シューベルト作品…第2楽章を書き始めてまもなく作曲が中断され、完成したのは第1楽章のみ。聴いてみると、確かにここで終わってよかったかとも感じる。いかにもシューベルトらしい平明なふしが展開されていくのだけれど、比較的小さくまとまるベクトルで、最初の楽章までで音楽としての力が尽きた感がある。

シェーンベルク作品…きちんと聴いたことがなかったため、たまたま手近にあった音源を予習のために聴いてから会場へ赴いた。ところが、実演に接すると、録音とは響き方が全く異なっていることに驚く。響きが複雑で激しく、一度ではとても消化しきれなかった。生演奏で聴くべき作品だと感じる。終始厳しい音楽が展開していくのだけれど、途中に挟まれる二つの「エピソード」や最後の第3部などでは非常にロマンティックな楽想もあらわれる。初期の作風に回帰したのではなく、この作家の素の顔があらわれたのではないか。あくまで19世紀の人だったということではないか、そんなふうに感じた。

ベートーヴェン作品…本作を作曲していた頃、ベートーヴェンはまだボンで暮らしていたらしいけれど、出版されたのはウィーンだった模様。6つの楽章から成り、ディベルティメントの建て付けとのことである。第4楽章アダージョの穏やかさ、第5楽章メヌエットⅡの軽やかさはこの作曲家の柔和な一面をあらわす。他方、第2楽章主部の主題は8分音符3つのアウフタクトを持ち、「運命の主題」のリズムを含んでいる。同時期の木管六重奏曲Op.71や七重奏曲Op.20にも同じリズムがあらわれる。お気に入りのリズムだったことは間違いない。こうして室内楽でさんざん温める中でシンフォニーの構想にも繋がっていったのかもしれない(六重奏曲と七重奏曲は学生時代に少しだけ演奏したことがあり懐かしくなった)。
貴族の社交の場を飾る実用音楽の体裁なのだけれど、いずれのパートも高い技量を要する作品である。だが、お三方は極めてかっちりと、しかも難なく、本当に楽しそうに弾いていて、聴いているこちらの気持ちも和らいだ。

今更ながら、弦楽三重奏は弦楽四重奏とは根本的に性格が異なると強く感じた。三重奏は各自の独立性が高く、誰かが完全に「裏に回る」シークエンスはごく限定的である。その分、アンサンブルとしての均衡を保つのが難しいと想像される。三者の技量が絶妙に揃っていることはもちろん、互いにちょうど良い心理的距離を絶えず保っている必要があるのではないか。

四重奏ならば、各自に課される負荷がもう少し軽減されるのではないだろうか。一方、三重奏は三者が直接にぶつかり合う分、互いをすり減らす部分もかなりあるのではないかと想像する。お三方はとても相性が良いことが確かめられたがゆえに今回の旗揚げ公演に至ったとのお話があった。ぜひ無理のないペースで長く続けていただきたいと思った。(2024年9月12日 Hakuju Hall)

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