STILL ALIVE 国際芸術祭あいち2022『スティーヴ・ライヒ〜スペシャル・コンサート』
ピアノ・フェイズ(1967)
ヴァーモント・カウンターポイント(1982)
ディファレント・トレインズ(1988)
エレクトリック・カウンターポイント(1987)
ダブル・セクステット(2007)
出演:
中川賢一(ピアノ)
若林かをり(フルート)*
石上真由子(ヴァイオリン)*
島田真千子(ヴァイオリン)
早田類(ヴィオラ)
福富祥子(チェロ)*
山田岳(エレクトリックギター)
上田希(クラリネット)*
畑中明香(ヴィブラフォン)*
有馬純寿(エレクトロニクス)
*= アンサンブル九条山
監修:スティーヴ・ライヒ
協力 名古屋市芸術創造センター
ピアノ•フェイズ…有名曲なのだけれど、生の演奏に接するのは初めてである。第二ピアノは終始一定のテンポで演奏し、第一ピアノがユニゾンで弾いたり、わずかずつずらして弾いたりすることで、さまざまな短いフレーズが浮かび上がっては消える。音源のみではわからなかった構成がわかって面白かった。
ヴァーモント•カウンターポイント…曲の持つ爽やかな響きがよく表現されていた。欲を言えば、録音されたアルト•フルートの音量がもう少しあっても良かったか。
ディファレント•トレインズ…あらかじめ録音された3組のカルテット•パートはリズム•セクション、そこに舞台上のカルテットがリズムを重ねて際立たせたり、汽車の警笛を鳴らしたり、また、インタビュイーのことばの一節を「弾い」たりする。あまりにもドラマティックな建て付けという印象があって敬遠していた曲なのだけれど、実演に接すると、意外にすんなり耳に入ってくる。警笛も作り物感が無い。
エレクトリック•カウンターポイント…出だしのコードによるパルスはフェード•イン/アウトがややぎごちなく、心配になったけれど、曲調がメロディックに転換してからは安定、最後の急速な部分は自然なグルーヴ感が立ち上がっていた。
ダブル•セクステット…クラリネット奏者がコロナ陽性となったため、当該パートのみ事前の録音で振り替えたとの由。この曲の演奏も、あらかじめ録音してあったもう一つの六重奏との合奏なのだけれど、二つのグループそれぞれの独自性が聴取できず、最後まで「ダブル」にした意味合いがよくわからなかった。
どの曲も、レベルの高い好演、ピアノの中川賢一による巧みなリードの賜物だろう。
「ピアノ•フェイズ」の作曲者自身によるプログラム•ノートに、自身がピアノを弾いたテープ•ループに合わせて弾いてみた経験のことが記されている。「楽譜を読む必要もなく、ひたすら聴くことに没頭しながら演奏するという、新しく、非常に満足のいく体験」だったという。この経験が「ピアノ•フェイズ」を嚆矢とする一連の作品を生み出すきっかけとなった。この発言に、ライヒの作曲に対する基本姿勢があらわれていると感じた。つまり、ライヒの音楽において、聴衆に聴かせるためというのは二次的な側面で、本質的には、奏者自身がー自らが奏する音はもちろんー聴こえてくる音全てを深く聴取するためのものなのだ。聴衆はいわば傍らでそのさまを目撃し、聴こえてくる音の中に身を置く、という関係性である。このスタンスは現在に至るまで一貫しているのだと思う。
深い聴取という行為は、「ディファレント•トレインズ」において、インタビュイーの発言の一部を、各奏者がフレーズとして弾く趣向にもあらわれている。何気なく発された言葉の中に音楽としてのフレーズを聴き出すのである。これは初期のテープによる作品“It's Gonna Rain” "Come Out" 以来のことでもあるだろう。
ただ、今日の演目の中での最近作「ダブル•セクステット」は力強い響きで、創作意欲がいまだに健在であることを窺わせるものの、先述の通り趣旨が今一つ不明確な点に不満が残った。(名古屋市芸術創造センター•ホール)
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