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「あんた…まだ「山本和智」なんか聴いてるの……?」

プログラム
◯前口上
◯飼い主を伴った犬四重奏とライヴエレクトロニクスのための『あふれる夜の鳩』(2020、世界初演)
◯トランペット、アコーディオン、飼い主を伴った中型犬のための『預金残高』(2021、トリオ版世界初演)※トロさんが出演
◯飼い主を伴った犬四重奏とライヴエレクトロニクスのための『あふれる夜の鳩』(2020、再演)

出演
ヨタロウ(オス・9歳)
やまと(オス・10歳)
トロ(メス・8歳)
シェリー(メス・9歳)

曽我部 清典(トランペット)
大田智美(アコーディオン)
有馬純寿(エレクトロニクス)
山本和智(作曲家)

主催:パレイドリアン
協力:和光大学表現学部芸術学科、株式会社しろばら百藝社
助成:公益財団法人かけはし芸術文化振興財団、公益財団法人川嶋みらい文化芸術財団

山本和智氏がコロナ禍の間に作曲した2作品の披露。

「前口上」で山本氏は、学生時代に知り合った全盲のピアニストが、足音のみで知人が近づいてくることを感知したという逸話を披露、聴覚が視覚に対して優位になる世界があることに強い衝撃を受けたという。そこから聴覚というものに強い関心を抱いたとのこと。山本氏は、可聴域外の音が聴こえると感じることがあると語る。犬は人間には聴こえない音が聴こえるので、一種の「レシーバー」として作品に参加してもらうことを考えたとの由である。聴こえない音がその場に存在するか否かを確認したければ、オシログラフを使えば良い。が、それでは「音楽ではない」と語る。ここでめざしたいのはそれとは異なるとのことだった。

しかしながら、結局、曲の中で犬を鳴かせられるか否かに終始した感があるのが残念だった。犬が鳴くことをもって、人間には聞こえない音の見える化とするのなら、オシログラフと大きな差はない。加えて、そもそも犬にとって、ある音が「聴こえる」ことは、「鳴く」確率を高めこそすれ、必ずしも「鳴く」ことを伴うわけではないだろう。

大勢の人間が注視する前に登場した4頭の犬たちはいずれも本当に魅力的だった。飼い主さんが大好きなのだろう、じいっとその顔を見上げるさまがなんともいじらしい。曲の途中にはおやつタイムがあり、無心にパクつく姿も愛おしい。だが、特に「初演」では、有馬氏の繰り出すエッジの効いた電子音が鳴り響いても、飼い主さんの足元で寛ぐ犬たちはどこ吹く風といった雰囲気であった(「再演」では、録音された犬の鳴き声にやまとさんが激しく反応、隣にいたトロさんとほんのいっとき乱闘っぽくなった)。

正直に言うと、演奏を聴いているうちに、人間中心の催しのように感じられてきてしまった。犬はあくまで犬のロジックで行動している。人間の家で生活しているのも、かろうじて人間の行動と交差するところで双方が譲歩しつつ(たぶん犬のほうが多くを負担して)共生しているのだと思う。一緒に暮らしているだけでもなかなかに大変だろうに、こういう催しにまで駆り出されるのは気の毒に感じる。

どうすれば聴こえない音を可視化できるかという問いは理解できるし、魅力的である。が、今回は問いと答えが噛み合わなかった。可視化のツールとして犬を使うのは、最適解ではなかったように思う。わんこたちは本当にかわいかったし、問いの探究のために山本氏が綴った音たちも極めて魅力的だっただけに、尚更もったいなかったという感が強い。

会場付近の当日の最高気温は14度ほど、換気のため窓を開放したガラスハウスという条件の中、曽我部氏、大田氏は繊細な音たちを巧みに紡いで好演。(2023年11月11日 岡上営農団地(神奈川県川崎市麻生区岡上))

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