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C×C 作曲家が作曲家を訪ねる旅Vol.6 酒井健治×クロード・ドビュッシー

クロード・ドビュッシー:「牧神の午後への前奏曲」(1894/2014/パオロ・フラディアーニ編曲版 日本初演) cond. fl. ob. cl. hr. hp. 2vns. va. vc. cb.
ドビュッシー:「ピアノのための12の練習曲より」(1915)pf.(三浦氏)
 ・第10番「対比的な響きのための」
 ・第6番「8本の指のための」
 ・第11番「組み合わされたアルペジオのための」
酒井健治 :「青のリトルネッロ」(2018) fl. ob. cl.
酒井健治 :「青と白で」(2022/神奈川県民ホール委嘱作品・初演) cond. fl. ob. cl. fg. hr. pf.(三浦氏)
 Ⅰ 夜明け前 Ⅱ  天国への道 Ⅲ 青と白で
ドビュッシー:「白と黒で」(1915)  pf.(三浦氏、田中氏)
酒井健治 :「ピアノのための練習曲より」(2011~) pf.(田中氏)
 1.グルーヴ 2.エコーズ 
 3.Scanning Beethoven    4.ハーモニー 
 5.無限の階段 6.Sonnet for Lek & Sowat    
 7.夕べの調べの様に 8.トッカータ 
 9.死の舞踏
酒井健治 :ジークフリートのための3つのスケッチ(2023/2024) cond. fl. ob. cl. fg. hr. hp. pf.(田中氏) 2vns. va. vc. cb.
 Ⅰ ジークフリートの幻影(2023)
 Ⅱ 海の記憶(2024) 
 Ⅲ 海辺のジークフリート(2024)
(神奈川県民ホール委嘱作品・初演)

森脇涼(指揮) 上野由恵(フルート) 金子亜未(オーボエ) 金子平(クラリネット) 長 哲也(ファゴット) 福川伸陽(ホルン) 福井麻衣(ハープ) 三浦友理枝(ピアノ) 田中翔一朗(ピアノ) 尾池 亜美(ヴァイオリン) 須山暢大(ヴァイオリン) 三国レイチェル由依(ヴィオラ) 山澤慧(チェロ) 長坂美玖(コントラバス)

監修·作曲:酒井 健治
県民ホール·音楽堂 芸術参与:沼野雄司
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(劇場·音楽堂等機能強化推進事業(劇場·音楽堂等機能強化総合支援事業)) 独立行政法人日本芸術文化振興会
主催:神奈川県民ホール[指定管理者:公益財団法人神奈川芸術文化財団]
サントリー芸術財団佐治敬三賞推薦コンサート

歴史的な作曲家の作品と、現代の作曲家の作品を出会わせるシリーズの6回目。

牧神の午後…編曲の巧みさ。原曲に比べて、聴いた時の「不足感」がほとんどないことに驚く。原曲がそもそも室内楽的で和声の厚みも少なめということでもあるか。奏者たちの高い技量が示された。

練習曲より…選ばれた3曲はいずれも調性感が希薄ないし移ろいやすいものだった。3曲目が印象的。冒頭のふわふわっと舞うようなフレーズが美しい。

青のリトルネッロ…フランス近代の作家は、ドビュッシーはもとより、少し時代が下るミヨー、イベール、プーランクらも木管楽器のための優れた作品を多数残している。本作を聴きながら、林光氏の若い頃の作にも木管の曲がいくつかあるのを思い出した。フランスのかの時代を思わせる佇まいながら、光さんは各楽器に歌わせることに主眼があり、歌の人だと改めて認識した。一方、酒井氏は旋律線よりも音色に関心があり、対照的。本作は聴きやすいけれど、決して聴き手に阿るようなことはなく、3つの楽器の特性を巧みに活かした佳品である。

青と白で…アンサンブルが見事。福川氏の音色が素晴らしい。呼吸がよく合うのは、6人の奏者のうち4人(上野氏、金子氏、福川氏、三浦氏)が長く協働する「東京六人組」メンバーであるためか。プーランクの「六重奏曲」と同じ編成だけれど、雰囲気は全く異なる。プログラム・ノートにはスペインのサン・セバスティアンの風景を「そのまま」描いたとあるけれど、各楽章それぞれの構成感のほうが勝ると感じる。本作も聴きやすい作品ではあるが易きに流れないのは、響きの美しさによる。3楽章のピアノは高速かつメカニカルな動きを見せ、高難度と見受けられたが、三浦氏がすんなりとこなして快演。

白と黒で…お二人とも堅実な弾きぶりで好演だったと思う。けれど、それぞれが紡ぐ音の方向性が僅かに、しかし明確に異なっていた印象がある。タイミングなどの問題ではない。三浦氏の音色が外に向いているように感じられるのに対し、田中氏の音には収斂していくようなベクトルを感じた。お二人の方向性の違いは、ドビュッシー・酒井氏それぞれの「練習曲」にはっきりとあらわれていた。互いに寄せ合おうという姿勢が感じられたものの、方向性の違いは最後まで解消されず、完全には溶け合わなかった。

練習曲…田中氏の、冷たい情熱とでもいうべき想いのこもった演奏が光る。いろいろな作曲家の有名作の断片があらわれる。演奏技術の鍛錬であると同時に、作品研究のための「エチュード」(“study”)でもあるのだろう。第5曲であったか、「展覧会の絵」(ムソルグスキー)の「バーバ・ヤーガの小屋」を思わせる上行音型の連続がおもしろかった。

ジークフリート…1曲目はワーグナーの「ジークフリート牧歌」、2曲目はドビュッシーの「海」が素材として用いられる。いずれも実に巧妙に構成された(※美術の領域でいうところの)アプロプリエーションで、おもしろく聴ける。そして3曲目ではワーグナーとドビュッシーが“出会う”。ただし、両者を安易に混交させるのでなく、例えば「海」の響きの中から「ジークフリート牧歌」がふっと顔を出してきたりする。望むらくは、その場面で、あたかもドビュッシーの皮を食い破ってワーグナーが出現するような暴力性があってもよかった。若い頃にワグネリアンと袂を分かったドビュッシーであるが、本作で両者を対置したことにより、本質的なところでワーグナーに通ずる男性性がみてとれることが顕になった。そういった問題をさらに攻める方向もありうるのではと感じる。

酒井氏の作品では、しばしば引用あるいはアプロプリエーション的な技法が採用される。こういったアプローチにあたっては、何を狙うかというコンセプトが勘所となる。今回取り上げられた二人の作曲家の関係性は依然掘り下げる余地があるように感じた。次の手を期待して待ちたい。

今回の演奏者はいずれも手練、誠実な演奏で深みのあるプログラムを聴かせた。(2024年5月11日 神奈川県民ホール・小ホール)

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