9/6 高橋アキ ピアノ・リサイタル2021

ヨハン・セバスティアン・バッハ:主よあわれみ給え(マタイ受難曲より“アリア”)BWV 244[編曲:高橋悠治]
フランツ・ペーター・シューベルト:ソナタ ハ長調(レリーク)D 840(1825)
小杉武久:インターセクション ─ピアノと光電子システムのために─(1983)[技術協力:村井啓哲]
石田秀実:Mosses in a Snow Garden(雪の庭の苔たち)(2005)[ヴァイオリン:甲斐史子]
武満徹:閉じた眼Ⅰ(1979)

昨年4月に脱臼骨折した右手小指の状態が芳しくないとのことで、最後に予定されていたクセナキス「エヴリアリ」が武満徹「閉じた眼I」に差し替えられた。どうぞお大切に。
バッハ…マタイ受難曲の最も有名な曲の一つか。こういう時期はなんだかとてもしみじみした気分になるけれど、演奏は内声部の動きも実にクリアで、作品の構造がよくわかる。
シューベルト…凡庸な演奏だと本当に取り止めがなくなってしまうのだろうなと思いながら聴く。高橋アキさんという人は「現代音楽のスペシャリスト」ではなくて「ピアニスト」としての矜持をはっきりと持った人なのだと改めて感じる。愚直なまでにきっちりとした弾き方から、この作曲家のことを本当に大切にしていることが伝わる。第1楽章の素朴を通り越して無骨なふし、今にもバラバラになりそうな第2楽章と、大変形にしづらく厄介なつくりの曲だと思われる。しかしそれでも作品がきちんと成立していく。じっくりと味わうことができた。
小杉作品…太陽光パネルを貼り付けた小さな箱型のデバイスが、ピアノの鍵盤上の最高音域と最低音域に1つずつ置かれており、それぞれが音源と繋がっている。前者はテレミンのような要領でピアニストが手をパネルにかざして上下左右に動かすと、右チャンネルから流れている電子音の音色が変化する。後者は手で遮ると左チャンネルのパルス音が止む。曲の前半では2つのデバイスの間の鍵盤で上下する半音階を奏でながら、両デバイスを少しずつ動かして近づけていく。両者が鍵盤の中ほどで接すると、デバイスのみの操作がしばらく続く。そして両者の間を再び少しずつ開けていきながら、自由な即興が始まる。単純な仕組みであるし、音もアナログ感が強いのだけれど、紡がれる音たちはとても自由で楽しい。奏者の動きがそのまま音になるところが味になっており、特に中間部がおもしろかった。
石田作品…ヴァイオリンとピアノの二重奏曲で、限られた素材によって綴られていく。時折舞曲らしきものの断片が聴こえる。つまらなくなりそうでいて、いつのまにか聴き手を曲の中に取り込み、しっかり聴かせてしまう。個々の音の配置や全体の設計が緻密になされているためだろう。思いがけず佳品に出会った。甲斐史子も好演。
武満作品…昔から慣れ親しんだ武満トーンに再会した思いがする。音の響きの美しさに決して淫することがない、切れ味の鮮やかな演奏である。だが、どれほど強奏であっても音が尖らず、まろみを失わない。

アンコールに「ゴールデン・スランバー」、ケージの「ノクターン」、サティ「ジムノペディ第1番」(豊洲シビックセンターホール)

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