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Paris 14

 翌朝に目が覚めると、やはり私以外のルームメイトはすでに出かけているか、支度を終えようとしているところだった。旅人の朝は早い。それは旅の興奮からであり、限られた日程を有意義に使うためであり、宿によって定められた朝食やチェックアウト時間の縛りによるものであるだろう。相部屋ならば誰かがベッドに入れば自然と消灯するし、宿によっては深夜の外出が難しいところもある。旅人の生活リズムは、実は極めて規則正しいのだ。その点で私は旅人に向いていない。夜になれば覚醒し、毎朝の起床は苦痛以外の何物でもなかった。

 ヨナスという男もまた、旅人に向いているかと言われれば首を傾げたくなるような男で、朝寝をして自動的に延泊になることはしょっちゅうである。しかしこの朝は、彼の姿もフロント前のチェックアウトを待つ列の中にあった。互いにチェックアウトを終え、コーヒーを飲みながら一服すると、どちらからともなく宿を出た。

 「先に言っておかなければならないのだが、今から向かう宿には日本人しかいない。異邦人の客はおそらく前例がないんじゃないかな」

 その点には、さすがに多少の心配があった。わざわざ日本人宿を好んで泊まるような連中がそこにいるとしたら、ヨナスにとっても、彼を連れてきた私にとっても、空気は完全にアウェーになるかもしれない。

 ただし、心配以上に期待の方が大きかった。何か平凡ではない楽しい化学反応が起こるに違いない。新しい遊びを企むときの心境だったことを私は告白しなければいけない。それに、海外に出たものの語学力が十分ではないために外国人との交友に踏み切れないでいる日本人も多いのだろう。そういう人ならこの状況も受け入れてくれるだろう。そこまで考えると、心配など犬の餌にくれてやるーーパリには本当に犬が多いーーと、新たな目的地に向かうときの純粋な期待だけが私の心の中に残った。

 連日の気持ちのいい天気だった。公園で思い思いに過ごすパリの人々を横目に通りへ抜けると、アンヴェール駅からメトロに乗った。プラス・ド・クリシー駅で降りて、そのまま別のホームへ。ここは混雑しているのが常だ。北へと向かう二種類の路線から、目的地のガブリエル・ペリ駅を通る方の電車に乗る。しばらくすると、電車が地上へと出た。風景から色が減り、団地が目に見えて増え、郊外の様相へと移っていく。パリを囲う環状線の外側だ。車に乗らずに環状線の外へと出るのは初めてだった。そこは行ってはいけない場所だと、10代の頃から大人たちに教えられていたからだ。

続く

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