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Paris 19

 リビングから聞こえる生活音で目が覚めた。寝起きのままで寝室を出ると、同じように起きたばかりの宿泊客たちが食卓を囲んでいた。前夜から続く合宿のような気分。日本の片田舎に来たようだった。朝食を軽く済ませ、煙草を吸いに屋外へ出て、そこがパリ郊外の街であることを再認識した。雨は上がっていた。

 宿を出る頃、ようやくヨナスが起きてきた。一緒にパリ市内まで行くかと尋ねたが、なぜか即答で断られてしまった。休息日なのだろうか。確かに宿は居心地が良く、何人かは昼までの時間をリビングでゆったりと過ごすようだった。この宿では、それも良い選択だろう。かつて訪れた石垣島のゲストハウスの雰囲気を思い出していた。そこでは時間の流れもゆっくりと感じられたものだった。

 この日最初にメトロを降りた駅は、パリの中心にほど近い2区にあるブルス駅だった。ここで降りるときはたいてい用事は決まっている。友人の持ち込んだ外貨をユーロへと両替するため、私たちはメルソン両替所で有名な古くからの金融街へと足を踏み入れると、目についた店で両替を済ませた。数週間前に見た空港のレートを思い出し、思わず笑ってしまった。良いレートでの両替はいつだって少し嬉しくなるものだ。

 工事中のヴィヴィエンヌ通りをセーヌ方面に向かって南下すると、陽射しから逃れるように、左手に見えるパサージュへと入った。ギャルリー・ヴィヴィエンヌと呼ばれるこのパサージュは、パリ土産を買い求めるにはお薦めの場所だ。書店の店先にはイヴ・サンローランのポートレートのポストカードなどが大量に並び、薄暗い店内では日本で買い求めるのが難しい古い書籍などにも出会えるだろう。そして何より訪れるべきは、パサージュの南端に店を構えるルグラン・フィーユ・エ・フィスだ。100年以上の歴史を誇るこの老舗に、この日の私は用があった。

 昼食どきだったので、私たちはまずパサージュ近くのビストロに入ることにした。若く元気な女性のギャルソンが卓上に看板を運んでくると、私は牛タンの赤ワイン煮を選び、そしてそれに合わせたグラスの赤ワインをギャルソンの彼女に選んでもらった。しばらくし、その申し分ない味に私と友人が舌鼓を打っていると、頑固そうな親父がカウンターから顔を覗かせていた。私は料理人の顔を想像しながら料理を味わうのが好きだが、あまりにもイメージにマッチしたその親父の風貌を見て嬉しくなった。良い店を選んだな、と満足するときはこういうときだ。しっかりと礼を伝えて店を後にすると、食後のコーヒーを口にするため、私たちは近くのカフェへと向かった。

続く

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