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Paris 29

 暗くなるころにガブリエル・ペリへと戻ると、友人が荷物をまとめるのを待った。近くでヨナスが寛いでいた。「モデル事務所のオープン・コールには行ったのかい」と話しかけると、渋い表情をしていた。「明日には行く」。これは行かないやつではないか。

 友人と共に宿を出ると、職安通りを駅へと向かった。すでに陽は沈み、街は深夜の表情だ。友人の乗るバスは、来たときと同じベルシー駅からロンドンーー確かユーストン駅だったと思うーーへと行く深夜便だった。ガブリエル・ペリからベルシー駅まではメトロで30分以上かかる。

 「ベルシー駅まで送ってくれるんでしょ」と、さりげなく友人が言った。

 「なんで? ガブリエル・ペリまで送るよ」

 「いやいや。一人でこの時間メトロでベルシーまで行くの怖いじゃん」

 なるほど確かに、それなら送ろうと思った。ベルシー駅まで行って友人を見送っても、終電の一本手前くらいでガブリエル・ペリまで戻ってくることはできるだろう。私はそうすることに決めた。

 「いや、ガブリエル・ペリの改札までだな。チケット買うわ」

 おいおい勘弁してくれ、と友人が嘆いている。確かに、初めてのパリで深夜のメトロに一人で乗るのは気が進まない。券売機の操作に慣れていない友人の代わりに、私がチケットの購入をした。人数の確定でさりげなく二人分を選択すると、一枚を友人に手渡して、私は一緒に改札を通った。

 乗客の少ない夜のメトロが揺れる。がらんどうの静寂に、パリで過ごした5月の日々が頭の中を駆け巡る。確実に、旅の終わりに向かっていた。いつまでも続くと思っていた日々がこれ以上は続かないことを意識した。

 深夜のベルシーのバスターミナルには、むせかえるような濃い旅の空気が充満していた。若いバックパッカーが圧倒的に多い。彼らもまた旅をしているのだな、と思った。皆がこういった旅情の中にあるのだ。皆、何を感じているのだろう。

 友人の乗るバスがターミナルに乗り入れてくると、固く握手をして肩を抱き合った。私は翌日の便でアジアへと飛び、彼はこの先もロンドンに滞在し続ける。次に会うのはいつになるのだろう。時の流れに意識を向けた。きっと、あっという間なのだろう。友人の後ろに並ぶイタリア人風の若い女の子が、涙ぐむ私たちを、微笑みながら眺めていた。とびきりの美人だった。それを友人にはあえて伝えることなく別れると、私は人気のないベルシー駅へと向かった。

続く

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