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Paris 27

 目を覚ますと見事な晴天だった。顔を洗い、煙草を吸いに宿の裏口から外へと出た。彩度の低いガブリエル・ペリの街は、パリの陽射しに照らされて、中東の街のように乾いて光っていた。

 友人と二人、まず向かったのは凱旋門だった。その日は彼がパリで過ごす最後の日であり、凱旋門、エッフェル塔あたりは目にしておこうという話になっていた。順に観光しながら散策をすればセーヌ周辺を回る良いルートになる。プラス・ド・クリシーで乗り換え、シャルル・ド・ゴール=エトワールでメトロを降りると、凱旋門がすぐ眼前にそびえ立っていた。

 放射状に広がる通りの中心に位置する凱旋門を間近で目にするのは、久しぶりだった。何度かパリを訪れていても、このあたりに足を運ぶことはあまりなかった。それを一目見ておこうと思ったのは、翌日に私もパリを、いや欧州を離れる予定になっていたからだ。次にこの凱旋門を拝むのはいつになるだろうか、考えながら眺めていたが、そんなことは分からなかった。その日は突然にくるのだろう。そしてまた同じ問いを繰り返し、いつかは最後のときが訪れる。

 遠回りのルートでエッフェル塔の方へと向かう道すがら、大通り沿いにデリをみつけて、店内の席で昼食をとった。私と友人とはロンドンで交友があった仲だったため、自然と話題はロンドンとパリの食の比較になる。「パリは天国だ」と友人は言った。そう、パリは食の天国だ。私は強く頷いた。そしてロンドンは魔界だ。「ロンドンでは美味しさという概念はビールと紅茶とエスニック料理にのみ存在している」、そんな冗談を言いかけたが、これから友人が帰るのはまさにロンドンではないか。出かかった冗談を飲み込むと、私は代わりに「パリは天国なのだよ」と、もっともらしくつぶやいた。

 セーヌ近くに下りてくると、エッフェル塔へと続く緑道を歩いた。自転車で巡回中の警官とすれ違う。彼らは男女のペアで、職務中とは思えないほどの朗らかな笑顔で談笑する様子は、まるで日中のサイクリングを楽しむ中年夫婦のようだった。ベンチには多くの老夫婦や子供連れの家族の姿があった。イタリア語やアメリカ英語も聞こえる。時期は少し早いが、バカンスだ。本物のバカンスの風景の中を、私は歩いていた。緑道は穏やかな木漏れ日に飾られて、揺れるように光ると、優しい風が肌を撫でていった。初夏の陽射しの祝福が降り注ぐパリの街を、誰もが楽しんでいるようだった。

続く

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