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Paris 26

 深夜の散歩は楽しいものだ。学生時代の私に煙草の巻き方を教えてくれた大学の先輩のKさんは、井の頭公園のはずれの店のカウンターで、東南アジア仕込みの慣れた手つきで甘いバニラ香の洋モクを巻きながらこう言った。

 「夜中に散歩に行くときは二本分を繋げた長い煙草を巻いて、自分で作ったお気に入りのプレイリストを聴きながら、人のいない街を歩くのが最高なんだ」

 堪らないな、と私は酔った。その光景を想像しながら初めて自分の手で巻いた煙草は、不恰好だったが、それまでに吸ったどの煙草よりも美味く感じた。

 それから数年が経ち、私はもう目を瞑ってでも煙草を巻くことができるようになっていた。パリの街外れの暗闇でも、二本分が繋がった煙草を瞬時に綺麗に巻くのは容易なことだった。煙草に火を点けながら、ふとKさんの言葉を思い出した。長い巻き煙草、音楽、深夜の街と言っていたっけ。近くの物陰から、低音の効いたビートと、男たちの不気味な低い声が聞こえる。これだ、Kさんが言っていたのは。しかし何故だろう? 生きた心地がまったくしない。

 先を歩いていたヨナスが、即座に音の出所を探し当てた。後ろからついていくと、いかにもな風貌の輩が三人ほど溜まっていた。ヨナスが英語で何事かを話しかけている。先ほど教えたフランス語はもう忘れてしまったのだろう。

 要領を得ないような顔をして戻ってきたヨナスを促すと、私たちはきびすを返した。時刻は一時を回っていた。これ以上肝試しを続ければ、きっと本物の何かに遭遇してしまっただろう。リビングに上がると、そこではまだ数人の旅人たちが一日の名残りを味わうように飲んでいた。

 ワインを口にしながら旅の話をしているうちに、自然と夜は深まり、ひとりまたひとりと寝室へと消えていった。眠気は感じなかったが、私もベッドに入って体を休めることにした。長い一日だった。パリの色々な表情を見た気がした。そんなことを考えながら目を瞑ると、肝試しから解放された安心感からか、あっという間に眠りに落ちてしまっていた。

続く

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