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Paris 16

 宿の裏口前で手巻きの煙草をヨナスと回しながら、ガブリエル・ペリの街に色を感じないのは天気のせいかもしれないと考えていた。朝の快晴はすでにはるか東へと飛んでしまっていた。灰色をした雲は重く、それは雨粒を地上に漏らすまいと堪えているようだが、時間の問題のように思えた。役所の周りをしばらく歩くと、スーパーに立ち寄って水を買い、宿へと戻った。大きいサイズのペットボトルの水の値段が1ユーロを大きく下回っていた。そうか、ここはバンリューだった。

 宿へと戻ると、そこには先ほどまではなかった日本人の姿があった。長髪のヒッピー風の青年で、挨拶をすると同い年だった。一年近く世界を旅していて、滞在先の街で路上美容師をしながら旅費を稼いでいるらしい。フランスに着いたときの資金が数十ユーロだったという話を聞き、出会い頭に度肝を抜かれる。なるほど、彼の語り口は軽妙だが、芯の部分にはどこか常軌を逸するタフさが潜んでいることが数分の会話からでも感じられた。しばらくして彼が出かけてしまうと、私も駅へと向かうことにした。今いるのはパリの北端の外れだが、1時間後には南東の端のベルシーに着きたい。そこで友人と落ち合う予定だった。宿を出て、職安通りをまっすぐ南へと早足で引き返す。時間に追われて急いだのではなかった。直感的に嫌な雰囲気を感じた地域を通り過ぎるときの、身に染み付いた癖だった。

 ちょうど飛び乗った車両の中に先ほどの彼がいたので、少し嬉しくなって声をかけた。これから市街地の路上で美容師の仕事をするという。途中まで一緒だったので、しばらく他愛もない話をした。パリのメトロで日本語を話すなんて何年ぶりだろう。もしかしたら初めてかもしれない。途中の駅で彼と別れると、南東方面へと行く路線に乗り換えた。ベルシーまでが、少し長く感じられた。

続く

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