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Paris 17

 ベルシー駅でメトロを降りると、雨だった。高速バスのターミナルまでは数分ほど歩かなければいけない。私は駅前のカフェのテラス席で雨宿りをすることにした。気温は少し肌寒くて、ちょうどコーヒーを一杯飲みたい気分だった。

 コーヒーも飲み終えてしまい、雨が勢いを失うタイミングで席を立とうと待っていたが、雨足は徐々に強まるばかりだった。そろそろ友人の乗るバスも着く頃だろう。仕方なく、その日は雨に濡れることにした。煙草を吸い終わるとギャルソンにラディシオンを頼んだ。

 エスカレーターを上ってターミナルに着くと、数台のバスが発着しているのが見えた。近づいて友人の姿を探したがみつからず、駅舎の中でしばらく時間を潰した。利用客は多く、構内は混雑している。ここは鉄道の駅も兼ねているため、その客と高速バスの客とが半々くらいなのだろうか。再びコーヒーを買って、キオスクの立ち席でそれを飲みながら、バスの到着時刻の情報を探していた。

 それからしばらく待っていたが、友人には出くわさなかった。何台かのバスがターミナルに着くたびにそれを見に行ったが、知らない顔ばかりだった。おかしい。私は自分の認識に誤りがある可能性を疑い始めた。もしかしたら友人が到着する予定のベルシーのバスターミナルというのはここではないのではないか。そんな憶測がふと頭をよぎると、私は雨の中を別の方向に歩き始めていた。

 ベルシーで他のターミナルなど見当もつかなかったが、とにかく歩き回った。すると旅行客の団体が道を駅の方面に向かって歩いているのが見えた。これに違いない。私は彼らが来た方向に向かって早足で進んだ。しかしどれだけ進んでも、そこには友人も、高速バスの姿もなかった。その先は高架下の暗いトンネルだった。途方に暮れながら、仕方なく引き返した。雨は降り続けていた。

 雨に濡れ続けて思考も停止していたのだろう。私はもう、どこに行けばいいのか分からなかった。予定の時間から一時間近くが経とうとしていた。とにかくコーヒーでも飲もうと最初に訪れたターミナルへと戻ると、そこには見知った顔があった。なんだ、やはりここだったか。遅れたことを詫び、話してみると、些細な情報の行き違いがあったことが分かった。とにかく無事に事が済んでよかった。友人との久しぶりの再会に、とりあえず一服でも、と煙草を巻き始めると、急に物陰から三人目の男が現れて、私たちの輪に入ってきた。

 そのジャージ姿の体格の良いスキンヘッドの中年の白人は、フランス語で話しかけてきた。見るからに、パリの街の薄暗い外れによくいるチンピラ崩れだ。金銭の恵みを乞うような言葉を発していたが、その表情や姿勢はもはやただの強請りだ。こういうときはその地の言語できっぱりと言ってやると良い。下手に英語など話さない方が良い。うやむやに流さず、一言目できっぱりと意思を伝えるのだ。なぜなら、深夜の路地裏で銃を突きつけられているわけではないからだ。

 「すまないけど、俺らはお前より若いし、旅してて金ないんだよ。別を当たれ。分かるだろ?」

 「俺はお前に言ってない。こっちのやつに言ってる」

 姑息な男は、私が強気に出ると今度は友人に向かい始めた。

 「彼はフランス語話せないんだよ。俺も彼も一緒だから。あげられるような金は持ってないよ。悪いな。悪いけど、絶対に払わない」

 くだらないやりとりが数回ほど往復した。この手の人間にしては珍しくその男は粘り強かったが、駅舎の前で人目もあり、しばらくすると諦めてどこかへと去っていった。友人にはさっそくのフランスの洗礼となったが、それすらも過ぎてしまえば面白かった。さあ、あとは宿へと帰って酒を飲むだけだ。帰りの電車は、あっという間だった。

続く

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