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8回目:「神技」を一旦忘れて

3回目でも触れてみたが、古代の民間の武装集団は、武器の改良にはあまり資金面や政治面の投資ができないから、逆に良い武器に頼らない技を磨くしかいないのではないかと推測してみた。その技の磨きには、伝承の手段(拳譜、秘伝)と絶えない実践(山賊などからの自衛)以外、もう一つ不可欠なのは、優秀な選抜制度だと思う。

「科挙」という文化人の制度があるこそ、中国は二千年あまりの皇帝制度を維持できた。それは、皇帝本人はどんなに優秀であっても、一人だけでは、こんな広大な国を治めることができない。優秀な官僚集団がいないと。その武人版は、各民間の武装集団にも力を発揮してきたのではないかと思う。

官僚の中で、地方の試験をパスした「挙人」、その上に国の試験をパスした「進士」、さらに皇帝の前で試験をパスして、トップを取った「壮元」など、いろいろレベルが分けて、最終的に官僚のシステムに編入される。上に行けば行くほど、憧れの存在になる。一国の宰相になれたら、「一人の下、万人の上」という立場になり、すごく魅力的で、有志はみんなそれを狙っている。だから、たくさんの優秀な人が集まり、官僚制度が成り立つ。

「見せる」という言葉、違う漢字を当てると「魅せる」になる。人に見てもらうためには、やはり、その見せるものの魅力を感じさせなければならない。それは武装集団も同じである。

古代の武装集団では、より選抜制度を活かすためには、たくさんの弟子入り候補者を集めなければならない。そのために、「いいものあるよ」と魅せなければならないため、「神技」をたまにはみんなの前で披露する必要がある。もちろん、それは実戦で披露できれば、敵にも威嚇になるし、仲間にも慕われるし、一石二鳥だが、それだけに頼ると、敵が攻めて来なければ、なかなか披露する機会がない。さらに、敵との対峙は、前述のように、基本死活問題だから、「神技」を出すよりは、どんな技でも勝てばいいので、出せたとしても、余裕もない。「パフォーマンス」的な観点から、そこまで効果がないかもしれない。

では、どうする?

それは、実戦のような対峙の形とちょっと変わった手合わせの形をつくること。「生死」というよりは「勝敗」にもっとフォーカスできる形。そして、対敵ではなく、対仲間だから相手の体を破壊する技も禁止される形。さらに、より「神技」を出しやすい形。これらが合わせて、太極拳では、実戦という「散手」から、内部の人間の対峙に使う「推手」という形が導入されたのではないかと理系人の私が推理した。

前述のような制限が導入されることで、技術の高い武装集団の長は、より余裕で自分が持っている「神技」を披露することができる。これは本物の「神技」もあれば、偽物の「神技」もある。偽物の「神技」は、どこかの新興宗教の教祖が披露する「奇跡」とあまり変わらないだろう。これは、失伝の危機にすでに陥った集団の長がやりがちなパタンだと思う。だって失伝したら、魅せるものがなくなるから、悪循環に陥る。しかし、武術の技は、相手がいる。相手と一緒にみんなを騙さなければならないから、絶対いつかバレる。そのため、ちゃんとした集団では、長としてこの「神技」をうまく披露するために、より自分の技術を磨いて常に上に進まなければならない。しかし、生理学的には、体の各機能は40代がピークに達し、その後は下り坂になる。集団の長は、その不利な条件をどうクリアするか、課題であった。スポーツ選手が引退してコーチになると同じ感じで、集団の長が40代で引退し、ご意見番になるのが多いかも(まあ前述のように、古代の平均寿命が30代だったから、ピークを向かう前に死んでしまうのが普通かも)。そこで、太極拳というものが、年齢の制限を超えて、この「神技」の披露には、とても適していることがわかる(なんで年齢の制限を超えられるかは、後の回で説明するが、ここはとりあえずこの設定にしよう)。年をいくつになっても、身体能力や若さに依存しない「内けい」(この言葉も後の回で説明するが)を磨き続けることができる。そして、この実戦と違う内部の勝負の形「推手」は、ある程度若さや身体能力に頼る人間の乱暴さを遮断できるから、より年取っても「神技」を披露できる環境を作ってくれる。

この「推手」の練習によって、実戦にも良い影響を与えられるはずだが、「推手」は実戦そのものではない。言い換えると、「推手」がうまいから、実戦でも必ず勝つというわけではない。なぜなら、実戦には、「推手」で培った「内けい」の運用以外、距離感や目と手の強調(動体視力と反射神経)や対人作戦の心理準備なども鍛える必要があるのだ。特に心理準備は意外に重要だ。

例えば、現代人のあなたに聞く。躊躇せずに人の顔にパンチできるの?二度と歩けないように人の膝関節を一蹴りで折らせるの?考えてみてみよう。答えは明らかでしょう。

Jiří PohlídalによるPixabayからの画像

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