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新株予約権が消滅すると利益は増える?

日経新聞(9/12’23)にラクスルの特別利益についての記事が掲載されていた。

記事によれば、

「従業員向けに導入した、信託型と呼ばれるストックオプション(株式購入権、以下、SO)を放棄すると発表した。新株予約権の消滅により2023年8〜10月期に1億2200万円特別利益を計上する。同日、24年7月期の純利益が9億〜10億円(前期比32%減〜25%減)になる見通しだと発表した。」

ラクスルの「第 15 回新株予約権(信託型ストックオプション)の消滅に関するお知らせ」より

https://ssl4.eir-parts.net/doc/4384/tdnet/2336506/00.pdf


信託型ストックオプションとは


信託型ストックオプション
(信託SO)は、有償SOの一種とされる。

SOにはいくつか種類があるが、例えば、付与時に(付与対象者から)対価を払うかどうかによって無償(対価を払わない)、有償(対価を払う)に区分される。有償SOは、付与対象者が会社から一定の金額でSOを購入する仕組みだ。また、税制の取扱いによって税制適格SO(要件を満たすと課税の繰り延べなどの税務上のメリットがある)と税制非適格SOに区分される。

ここではSOの詳細については記載しないが、有償、無償SOにはそれぞれメリット・デメリットがある。有償SOについていえば、

有償ストックオプションのメリット

個人に対するメリット

・税制面での優遇の可能性
 新株予約権の購入は有価証券の取得と考えられるため、権利行使時には課税されません(株式売却時の利益に対する税率は20%が適用)。ただし、新株予約権の公正な価値よりも低い金額で新株予約権を取得した場合は、その時点で経済的な利益を得たとして課税される。

・短期間での権利行使
 税制適格SOの要件を満たすには付与時点から権利行使まで2年末必要があるが、有償SOではそのような制約はない。

・会社にとってのメリット

・役員等のモチベーション向上
有償SOの場合は、自身がお金を支払って購入する分、意味をしっかり理解し、また株価向上への意欲がより一層高まる。

・機動的な発行
有償SOは、公正な価値での譲渡であれば取締役会での決議が可能となり機動的な発行ができる(非公開会社は株主総会による特別決議が必要)。無償SOは、第三者に対する著しく低い価格、つまり株式の有利発行に該当する場合、株主総会での特別決議が必要となる。

また、有償SOでは社外の関係者に対しても適用可能だ。

一方、無償SOと比較した場合の付与対象者にとっての最大のデメリットは、有償SOの取得時の資金負担だろう。

そして、有償SOの活用形として「信託型ストックオプション」がある。有償、無償に限らずストックオプションでは、付与時点で付与対象者と付与割合を決定する必要がある。付与時点以降の役員や従業員の業績に対する貢献度合い等によって付与割合を決定できないというのがネックと言われる。信託SOは、付与時点からの付与対象者や付与割合の変更を可能する等、有償SOの使い勝手を改善した制度とされる。

さて、本題に戻る。

新株予約権が消滅すると利益が増える?

新株予約権が消滅すると何故、利益が計上されるのか?だ。

信託SOは、「ストック・オプション等に関する会計基準」(企業会計基準第8号)に基づいて会計処理を行うと考えられる。しかし、そもそも会計基準が信託SOのようなスキームを想定しているわけではないので、当該会計基準をそのまま適用するのかどうかはっきりしない。


有償ストックオプションの会計処理

そこで、ここでは有償SOの会計処理をベースにザックリと説明する。

新株予約権の付与時、つまり、付与対象者が新株予約権の対価を会社に支払った時に、会社は、

借)現金預金 ××× 貸)新株予約権 ×××

という会計処理をする。

例えば、新株予約権の払込額:100円(=付与時のSOの公正な単価とする)、行使価格:500円とすると、

新株予約権の付与時(払込時)には、

借)現金預金 100 貸)新株予約権 100

という会計処理する。

信託SOにおいては、信託が(オーナー等からの出資による資金で)会社から新株予約権を有償取得する場合に該当する。

なお、新株予約権の公正単価>払込額の場合は、その差額について費用(株式報酬費用)処理する。当該差額部分が実質的に付与者に対する報酬に相当するという意味だ。

したがって、最終的には、付与時点におけるストックオプションの公正単価に基づく価額まで新株予約権が計上されることになる。

その後、新株予約権が権利行使された場合には、

借)現金預金 500  貸)資本金 600

  新株予約権100 

となるが、権利を行使せずに行使期間が終了するなど、権利が失効すると、新株予約権は損益として計上することになる。

借)新株予約権 100 貸)新株予約権戻入益 100

ラクスルのケースでは信託による権利放棄だが、内容的にはこれに該当すると思われる。

利益の正体は!?

要するに、オプション料が行使されずに無効となった分がいわばキャンセル料として会社の(特別)利益として計上されることになる。

ところで、ラクスルは、新株予約権の消滅の理由として、「2023 年5月 29 日に行われた国税庁と経済産業省による課税に関する説明会において、行使時の経済的利益は給与課税の対象との見解が示され、想定したインセンティブ効果が得られないことが明確となったこと」と説明している。

ラクスルの新株予約権消滅の背景にあるもの


ストックオプションに対する課税(Q&A)

https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/230428/pdf/01.pdf

問③が信託SOに関する部分だ。

注目すべきは☟

「役職員が当該ストックオプションを行使して発行会社の株式を取得した場合、その経済的利益は、給与所得となります(所法 28、36②、所令 84③)。」なお、発行会社は、上記の経済的利益について、源泉所得税を徴収して、納付する必要があるとも。

従来、というか、信託SOの触れ込みとしては、 信託が役職員にSOを付与していること、信託が有償でストックオプションを取得していることなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たらず、「給与として課税されない」という点をメリットとして普及してきた経緯がある。

Q&Aはこれを真っ向否定し、「 実質的には、会社が役職員にストックオプションを付与していること、役職員に金銭等の負担がないことなどの理由から、上記の経済的利益は労務の対価に当たり、「給与として課税される」こととなります。」

としている。

今さら感が否めない。

そんなことスキーム開発時に事前照会していなかったのかなあ、

という疑問については、日経新聞(6/12’23)に当事者の見解が掲載されている。

当事者の見解

日経新聞によれば、信託SOの導入企業数は約800社、対象人数は約5万人に上るという。

実際の経緯はよく分からないが、梯子を外された印象を持つ会社もあるのではないだろうか。いずれにせよ、信託SOに当初想定したメリットが期待できないとなった以上、ラクスルのような対応の会社は今後も出てくるのではないだろうか。

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