Jazz danceとは・・?歴史を探る ep3
18世紀終わりから20世紀初頭にかけて、Minstrel Showといったショービジネス、砂をまいて音を鳴らして踊るソフト・シューズ(タップダンスの元)、南部で発展したplantationダンスやcake walkとそのリバイバル・・こうした黒人によるパフォーマンスが全米で、またはヨーロッパでも人気となっていました。
ちなみに、この時代の雰囲気をより味わうために想いを馳せたいのが1900年のフランス・パリです。1900年には万博が開かれました。アニメ「ふしぎの海のナディア」のオープニングというか第一話のあの感じです。
アニメではナディアが相棒の赤ちゃんライオン・キングと一緒にサーカスでパフォーマンスをしていたように、実際別パヴィリオンではベリーダンスや黒人による超絶技巧のcake walkなどが披露され、注目の的でした。
【音楽のJazz】
ここで、ジャズといえばジャズ音楽、音楽がどう発展していったのかもみていきたいと思います。ジャズという名前が街でみられるようになったのは1917年という戦後の頃、それまでは綴りもJazとかJazzとか定まっていなかったようです。
そもそも演奏されていたのはragtimeを生み出したニューオーリンズからです。当時の演奏はとても野生味のある、ジャングルの中にいるような感覚に陥る演奏でした。(トランペットがゾウの鳴き声のようだとか)。
そんな中、1917年に人口が大移動する出来事が起こります。それが農業飢饉です。南部での仕事が少なくなってしまったため、多くの人々が工業化された北部へ移動するようになりました。
こうして、ニューヨークやシカゴにジャズの場所が移動したのですが、演奏スタイルも変わります。都市部の喧騒を表すかのような音色が響くようになりました。
また1917年といえば第一次世界大戦終戦の年でもあります。レコードというものが発明され、初めて多くの人が音楽を聴けるようになり、そして戦争中も敵同士でさえも同じ音楽を聴くことが可能になっていました。戦争が終わった希望や解放、自由の象徴、若者のエネルギー・・そんなシンボルをジャズは背負うことになるのです。
このように、ジャズとは非常に幅広いです。野生的な音、都会の喧騒、スウィングの登場、ミュージカルの曲(ガーシュウィン)、ネオジャズ、ファンク・・
【Jazz Dance】
そんな中、初めてジャズダンスと名付けられたムーブメントが起きます。音楽のジャズが名付けられたのが1917年とすると、ジャズダンスは1920年ごろになります。当時の解放・自由のイメージを持ったジャズの音楽に合わせて踊られており、多くは女性が一人で激しく踊るものでした。
次第にチャールストンといった新たなステップ、スウィングのステップ、リンドバーグ初フライト成功という出来事から生まれたステップ(Lindy hopあるいはJitter bug) 。。。この時代のステップの様子をyoutubeやアーカイブなどでみれたりするのですが、非常にアクロバティックでかなり速いステップです。床に叩きつけたりリフトを軽々してみせたり、スタミナがすごい。
【観る場所・踊る場所】
1930年代はハーレム・ルネッサンスと呼ばれる、ニューヨークのハーレムで黒人のアーティスト活動が活発になった時期でもあります。
またこの時期の前後、ジャズクラブが次々と建てられ、以前にもましてみんなが音楽+踊りのジャズを嗜むようになりました。コットンクラブなどです。
このコットンクラブでDuke Ellingtonついでcab Callowayが素晴らしい演奏を披露していたのです。
またタップダンス(ソフトシューズ)でもスターたちが誕生しました。小さな階段を使ったパフォーマンスで有名になったBill Bojangles RobinsonやBuck and Bubbles、Nicholas brothersなど。彼らのパフォーマンスをyoutubeでみてみると、その脅威の身体能力に度肝を抜かれると思います。
さて、どうでしょう。私もジャズダンスといえば黒くて細いパンツを履いて女性的なシュッとしたダンス・・というようなイメージを持っていたのですが、本来の意味のジャズダンスはこの頃踊られていたものを指すのですね。私たちがよくダンススタジオやイベントでみるジャズダンスは、モダンジャズの枠に入るわけです。
時代はアール・デコ、狂乱の時代あたりに入ってきました。ここからさらにアメリカでは多くの出来事が生まれてきます。これはまた次回に綴っていきたいと思います。
それでは、良い一日をお過ごしください。