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ふありのリハビリ作品 act.6

Make a Wish(願い事)


#6.母の愛

「…嘘…だよね…。ああ、僕…悪い夢でも見ているんだ。そうだよ…騎士と莉々りりがキスなんかするはず…無い…もん…」
言葉の終わりとともに、その場にふらりと倒れ込むまれくん。
「稀くんっ!」
あたしは、長身の騎士先輩の身体を押しやり、稀くんのもとに駆け寄り、上半身を起こす。
「ま…稀くん!しっかりして!稀くん、稀くんっ」
あたしは華奢な稀くんの身体に覆いかぶさり叫び続けた。
すると、
「…あはっ…大袈裟だなぁ莉々。別に死ぬわけじゃないし、あんな叫び声あげるほど僕が心配だったの?」
稀くんは、ニマニマと悪戯っ子のように笑いながら、細い腕をあたしの頬にピタリと当てる。
…まさか。
……まさか、
「…演技?」
ポツっと言葉が漏れる。稀くんの眸が、一瞬あたしのひとみをじっと真剣な眼差しで見つめると、くすくす再び笑い出す。
「だ〜まされ〜た」
あたしは本気で稀くんが失神するほど、具合が悪いのかと…思ったのに…。
騙すなんて…。
ポロポロ涙がこみ上げてきて、稀くんを突き放す。
「…あ…もしかして本気で怒っている?」
稀くんが声を落として、訊いてくるので、あたしは淡々と、
「…帰らせて頂きますっ!」
と、告げて玄関に向った。
マンションから出るのは、非常ベルを押し、セキュリティの人が、操作方法を教えてくれ、なんとかエレベーターから降りて、そのまま、セレブなフロントを抜け家を目指して走った。なんだか、別世界にいた気がする。そして、自分には…自分の性にはあわないな…とも。
家の扉を開けると、母の真莉まりが、
「心配したのよ〜。あなた、今迄何処に行っていたの?」
「今朝、風帆かほちゃんと一緒に来た王子くん?あんなに端正な容姿なのに、奢らず、謙虚で良い子ね。娘さんを下さいって言うから、一瞬ビックリしちゃったけど、娘が望むならお任せしますって言っといたわ」
幾つになっても、少女チックな母に、あたしはボソッと呟いた。
「…しない」
「ん?なあに?」
「あたしが好きなのはルーナだけだもの!ルーナ以外の人は好きにならない、なったりしたい」
そう断言して、あたしは2階の自室に駆け上がり、扉を開ける。見慣れた自分の部屋に落ち着いたら、再び涙がこみ上げてきて、ベッドに倒れ込んだ。
「…あんな顔、見たくなかった」
演技だと理解しつつも、稀くんの傷ついた蒼白な表情と、眸いっぱいの涙が、忘れられない。

その日から、一週間、ショックで寝込んでしまって、なかなか学校に行く気力がなく、ずるずる休んでしまっていた。一度、担任の先生が家を訪ねてきたけど、どんな顔をして会えば良いのか分からなくて、怖くて、ママに「会いたくない」と、訴えた。それ以来、学校からは何も音沙汰なしで、スマホのメールと電話の着信履歴が溜まっていく。あたしは、それを見るのが辛くて、スマホの電源を切った。ベッドの中で、寝返りを打つと、ドアがノックされママが入ってきた。
「あら、莉々那、起きていたの?お部屋の空気を入れ替えようと思ったの。今日もいい天気よ、風が心地良いわ」
そう言って、ママはベッドを横切り、窓を開ける。白いレースのカーテンがふわっとなびく。
「…ママ、どうして怒らないの?いい加減、学校に行きなさい!って」
開け放った窓から、風を浴びつつママが…そうね、と呟く。
「…ひとつじゃないから」
ママが、ふふっと笑みを浮かべながら言う。
「人間の生き方は、一つだけじゃないから。この世に沢山の人が居る分、生き方も同じ数だけあると思うのよ。ただ、学校に通って、大学で学んで、就職して、会社で働いて…そんな生き方は、生き方のひとつにしか過ぎないの。人間には、生き方の選択肢がある…そう思わない?だから、莉々那が、いくら学校を休んでも、あなたの人生なんだから、あなたらしく努力をして望む未来に向かって生きていけばいいと思うの。長い人生なんだから、時折、こうして羽休めをするのも大切なことだと思うわ」
あら、ちょっと窓を開けすぎちゃって、寒くなっちゃったかしら…と、ママはにっこり笑って窓を閉める。
「ねえ…ママ。訊きたいことがあるんだけど…」
「…なあに?」
白のレースのカーテンを閉めながら、ママが振り向く。
「…あたしが、朝逃げ出した日、風帆かほと…一緒にいた王子様みたいな子…ママは過去に面識とか…あったりする?」
あたしが、身を乗り出して訊くのが面白いのか、ママはクスクス笑って言う。
「あんな綺麗な子、一度会ったら忘れないわ。なあに、よくある親同士が決めた婚約者…とかでも思った?」
「…そう。そうだよね」
そうだ。親同士の決めた結婚に、『娘さんを下さい』なんて、言うはずない。
「じゃあ、ママはお夕飯の支度をしてくるわね」
にっこり微笑んで、ママは部屋を静かに閉めて、出ていった。
「…ママって、すごい…」
いつも、ふんわり綿菓子のようなママの人生論に感服してしまった。


#7、俺の女、へ続く

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