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ふありのリハビリ作品 act.5

Make a Wish(願い事)


#5、騎士先輩
 
 パタンとまれくんの部屋の扉を閉めると、あたしの身体はずるずると下がり、ペタンと床に座り込んだ。
「…あたし、こんなにもお人好しだったっけ…」
あたしは、両手で頬を包み、呟く。
ああ、でも今はゆっくり考え事をしている場合ではない。
あたしがのろのろと立ち上がると、ガチャと、何処かで音がした。
え?なに…?
誰かが、迷うこと無くこちらに向かっている。あたしは、その場に立ち竦み、謎の人物が誰なのか怖くて視線を床に落とした。
「白雪、そこで何をしている?」
……。
……騎士先輩?
「ええっと…」
あたしが、朝、家を飛び出してから現在に至る実状を、どう説明したら良いか迷っていると、騎士先輩が呆れたようにハーッとため息をつき、
「そこをどけ。稀に直接訊く」
「だっ、駄目です!今、もう眠ったかもしれないし…」
「?」
「あ、あの。あたしと稀くん、雨に濡れてしまって…稀くんが雨宿りのために、公園の近くの自宅に…ってここですけど、連れてきてくれて。それで、あの…稀くん熱を出してしまって、熱冷ましアイテムや、栄養つける料理の為にスーパーに行こうと…あの勝手にごめんなさいっ」
それを聞いた騎士先輩が、あたしの腕を掴み、ドアの前から離すと、
「分かった。白雪の気持ちは感謝する。なんにせよ、弱った稀を放って置く事は出来ないからな。白雪はドラッグストアなり、スーパーなり行ってくれ」
そう、語る騎士先輩を、見上げる。
すると、先輩はあたしの顔をまじまじと見つめていて、びっくりした。
「栄養をつける料理って、何を作るんだ?」
「え?あ…あたし、人に出せる手料理の数少なくて、でもカレーライスとかならお肉やお野菜たくさんだから、力がつくかなって…母親譲りの白雪家のカレーなんですけど…」
両手であれこれ、身振り手振りしながら伝えると、騎士先輩は神妙な顔をして、眸を閉じ、やがて頷く。
「そうか…。助かる」
「いえ、お礼を言われるようなことはしていません」
左右に首を振り、再び正面を見据えると、すぐ側に騎士先輩の顔があって驚いた。
「…変わった女だな。特別付き合っている奴でもないのに、そこまで面倒を看てくれるなんて…稀の身体、成長期の男にしては、あまりにも細身…痩せこけているだろう」
騎士先輩が、痛々しそうに言う。
「あの…稀くんのご両親とは何かあるのですか?騎士先輩がいるから安心できますけど、まだ10代の身で親御さんと離れた…」
「黙れ」
ずしっと、騎士先輩の怒りの籠もった発言に、心が竦む。
「す、すいません」
慌てて謝罪の言葉を口にすると、騎士先輩があたしの首を掴みぐっと力を入れる。
「気遣ってくれるのはありがたいが、お節介にならない程度にな」
そして、あたしの耳元で、
「稀は俺の従兄弟だ。下心のある女なら、俺が許さない。お前の行動が、純粋な善意かなでなく、ただのミーハー女の行動なら、今すぐ帰れ。稀一人、俺が十分面倒みれる」
つまり、騎士先輩はあたしを、稀くんに近寄るミーハー女子なのかと査定しているんだ。
「だったら…だったら、先輩こそもっと栄養の高い食事を用意して下さい!ご自分で、面倒が見れるなら、それくらい当たり前でしょう。今の稀くんが可哀想です!」
そう叫ぶと、あたしは広いホームズの居間まで走り、ぐるぐる見回しながら、小さなキッチンの入口を見つけ躊躇ためらわずに飛び込む。
「えっと、えっと、冷蔵庫…」
あたしは、真新しい冷蔵庫を見つけ、扉を開いた。
まあ、まともな料理はしていないのだと推測していたので、食材はきっと少ないのだろうと思っていたが、
「…な…なにこれ」
冷蔵庫の中は、外国産のミネラルウォーター数本と、栄養補給の飲むゼリーがいくつか。
「食事は3食家政婦が出来立てのを運んでくる。そもそも、この家に冷蔵庫なんて飾り物でしか無い」
いつの間にか、淡々と語る騎士先輩に、向っ腹が立ってきた。
「嫌い。大嫌い!ロボットみたいに…心の無い人間みたいで、結果が良ければその過程なんてどうでもいいみたいな…そんな冷たい先輩なんて大嫌いっ!」
大粒の涙をボロボロ流しながら、あたしは先輩のお腹をポコポコ叩く。
「おい。白雪…落ち着け…白雪!」
騎士先輩が、あたしの両肩を掴み、前後に揺する。
風帆かほも、可哀想。こんな冷たい人間なんか好きになって…中身の無い見た目だけの人…好きになる価値ないっ!みんなみんな、外見に騙されているんだっ!」
「……みろよ」
騎士先輩の冷たい低い声があたしの言葉に挟まれる。
「?」
「だったら、俺と付き合ってみろよ。それでも、ロボットだとか、冷たい心の無い人間だとか…。本当に俺がお前の言う通りの人間なら、土下座でも何でもしてやる」
思ってもいない言葉に、あたしは瞠目した。その言葉に、一気に我に返ると、眸を、パチパチするあたしに、
「俺の女になってみろよ」
そう言って騎士先輩が、長身を曲げてキスをした。
音がした。
ハッとしてその音の方に、視線を向けると、お水の入ったコップを床に零した稀くんが、青ざめた表情でこちらを見ていた。その表情は、蒼白で涙の雫を眸いっぱいに潤ませていた。


#6、母の愛、に続く



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