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「おとなになる」ということ

はじめに

「#子育て支援の改悪反対
 少し私の話をさせてください。20歳です。生まれてから成人した現在まで、両親揃っています。共働きで、借金もありません。でも、家族で過ごした記憶はほとんどありません。子供が良く育つには、充分な金と愛が必要です。所得制限をかけて、親を限界ギリギリまで働かせて、子供との時間を削るということは、充分な金と愛を満たすでしょうか。たしかに、働けば金はあるし、子供のために働くということは愛に他なりません。けれど、子供として、「お金なんていらないから、もっと一緒に過ごしてよ」と言いたいときもありました。親だって本当はそうしたかったはずです。
 電車に乗って窓の外を見たとき、縁側で電車を眺めている親子を見ました。子供にはそういう記憶が必要なのに、私を含め多くの人にそういう記憶がありません。親が働きに出ているからです。親は何も悪くありません。
 政府は、お金を配るつもりでいるかもしれません。しかし多くの人にとっては、受け取るものはお金ではなく、子供と一緒に過ごすことができる時間になるのではないでしょうか。政府と、子育て世帯の見解がずれています。所得制限をかける必要はありません。日本の生活水準を上げましょう。国が、親子が共に過ごすことができる時間を支給しましょう。子育ては贅沢ではありません。」(2022年3月 尾崎みちる @bbzlattack_no1)

 バイト帰りの電車の中でババっと書いた上記の文章が1万以上のいいねをもらった。驚いた。想像以上にこの世は同士で満ちていると思った。反対の意見、なかには単なる誹謗中傷とも思える引用リツイートもあったが、今回この文について、筆者の見解をより詳しく説明したい。なお筆者は政治に全く詳しくなく、子育てもしたことがない20歳の国文科学生で、拙い点があることをご了承いただきたい。

名前のない弱者の話

 はじめに筆者自身について少し紹介しよう。2001年9月、愛知県名古屋市生まれ。18歳の時に進学で中国地方へ来て、3年目。公立大学の国文科で小説を書きながら、母性保護論争の研究をしている。好きな作家は山本周五郎、尾崎翠。ハムスターを飼っていた。
 上記の「#子育て支援の改悪反対」ツイートをしたきっかけは、今となっては思い出せない。たった2か月前なのに、という驚きと、この2か月、とくに直近1か月で起こったことが多すぎるのだという納得。この直近1か月で、「子育て支援拡充を目指す会」の活動に微力ながら協力し、代表の工藤健一さん(@kntrs)はじめ多くのお父さん・お母さんのお話を聞いてきた。そのなかで筆者自身が「大人になるということ」について考えてきたことを述べながら、今後の政治に求めることを定めていこう。

「はじめて所得制限の壁にぶつかったのは、高校から大学へ進学する時、2020年の3月ごろです」と、前述の工藤さんや朝日新聞デジタルの中井なつみさん(@natsuminakai)など、多くの方にお話しした。しかし、今考えてみれば、もっと前に直撃していたように思う。あれは中学2年生のときだった。
 当時吹奏楽部に所属し、それなりの大会でそれなりの評価を得ていた私の異変にはじめに気が付いたのは、副顧問だったと思う。私の左手首から前腕にかけて、かなりの深さの切り傷がある。それをきっかけにスムーズに児相に繋いでもらったことを、今ではとても感謝している。児相の役員、市役所の女性子ども課の職員は、私ではなくまず真っ先に母親にカウンセリングを行った。カウンセリングから帰って来た母が一言、「離婚してないから生活保護は受けられないよね」。この頃の母は、生活費を渡されない、自由に使えるお金を認められないなど、父から経済的DVを受けていた。
 高校は私立に入った。授業料などが無償の、特待生だった。偏差値30前後の、自分の名前の漢字も間違えるような子たちがほとんどだった。その中で唯一の進学クラスに寄せ集められた偏差値50前後の私たちは、世間一般で見ればお世辞にも頭がいいとは言えない。そんな私たちの担任は、仮にT先生として、3年間同じだった。T先生、1年生の1学期、はじめて顔を合わせた私たちに一言。「どうして勉強するのか考え続けて3年間を過ごしなさい」と。今考えれば、T先生のその言葉は非常に重い。

 大学に進学する直前に給付型奨学金を申請した。落ちた。2020年4月のことだ。お察しの通りコロナに直撃して、父が働く工場は大打撃をくらった。にもかかわらず、私は給付型奨学金に、落ちた。大学にまともに通っていいと大学から通達が来て初めて入構した2020年の9月、私は格差を見た。
 友人、仮にRさんとして、その子は4人きょうだいの長子。末の弟には知的障害があり、両親は離婚している。その子の部屋は、本やゲーム、アニメのグッズでいっぱいだった。「給付型(奨学金)があるけんね」と言ったあの子の声を、筆者は忘れることができない。貰ったお金を趣味に費やす学生がいることを、日本学生支援機構(JASSO)は知っているのだろうか。それはまあいい。私は羨ましかったのだ。本や服を買うお金があること、「給付型(奨学金)があるけんね」と言えること。コロナ禍でも働ける両親、安定はしないけれど国が定めた最低ラインギリギリを保つ収入。コロナで経済的に大打撃を食らった私は、本を買わなければ食べていけたし、趣味を全部やめれば家賃を払えた。国文科のオタク学生、メンタルは死んだ。

 国民民主党の矢田稚子先生(@wako0501)をご存じだろうか。「求心力のある議員」と一定の支持を得ている話題の参議院議員だ。筆者は、矢田先生の考え方は特に子育て支援向きであると考える。
 筆者が、ある大学教授のドキュメンタリーを見ていたときのことだ。マイナスなことを書くので名前は出さないが、その方も子育て支援をメインに活動しておられる。対象は「10代未婚の母」「暴力被害に遭ったお母さん」。寒気がした。この人は、名前の強固な弱者しか助けてくれない。私はそのドキュメンタリーから「殴られていなければ被害者とは言えないよね」「成人した立派な大人が産みたくて産んだんだから、助けてもらえないのは当たり前だよね」というメッセージを受け取った。そんなことは言われていないし、そんな人でもないだろうことはわかるけれど、当時の筆者はそう思ったのだ。私のお母さんは誰にも救ってもらえない、と。
 そう思ったことを思い出したのは、先日polipoliさん(@polipoli_vote)のスペースで矢田先生のお話を拝聴したときだ。「高所得者なんて名前がダメ。そうやっていうから、誤解されて支援が遠ざかる」と、要約すればそんなことを仰っていた。ようは、「シングルマザー」や「低所得者」、「生活保護」など名前が強固であれば人は可哀想がって手を差し伸べるけれど、徴税されると生活がギリギリになるようないわゆる「高所得者」には誰も手を差し伸べない。それはどうなの?ということだ。胸の奥がキリキリと痛んだ。
 こうした「名前のない弱者」のことを、私は「法の穴の住人」と独自に呼んでいる。「法の穴の住人」こそ、隠れて見えないだけで多く存在するのではないか。筆者はそう考えており、筆者自身もまた「法の穴の住人」の2世である。そこに目を付けられる矢田先生の活動が実を結べばきっと「法の穴の住人」だけでなく、筆者のような2世、そしてその先へと繋がっていくのではなかろうか。子育て支援は、持久力が肝要だ。矢田先生やその周辺の方々だけでなく、多くの議員がここに目を向けてくれたらと思う。

「お父さんがいなければ」と思ったあの日

 名前が強固な弱者しか守られない。そのことには、中学2年生の段階で気づいていた。「離婚していないから生活保護が受けられない」。私の食費や衣服代、当時不眠などで通っていた心療内科の診察費などはすべて、母が払っていた。だったらお父さんなんていなくていいじゃないか。でも離婚していないから生活保護が受けられない。中学2年生だった私がたどりついた結論は、「お父さんがいなければ」というところだった。

 私立高校で必死に勉強していたあるとき、リストカットがやめられなくなった。「私が生まれてしまったから、お母さんは苦しい」と思い込んで、死ぬ練習をとめられなかった。中学2年生の段階で習慣化していたそれは日を追うごとに悪化し、高校3年生のときはじめて、病院で処置を受けた。通っていた診療科はいつの間にか心療内科から精神科に変わっていた。しかし病名が出ないから診断書がもらえない。休学ができないから療養もできない。大学1年の夏、12針縫った。不思議と痛くなかった。ただただ、病名が付いたら休めるのにと思っていた。
 名前のない弱者に、初めてなった。病名がないから、誰も救ってくれない。休学したい、と休学届の書式を見ても、「診断書を同封」との記述。名前がないから誰にも守られない。その時初めて、どこにも頼りに行けない母の気持ちがわかったような気がした。

「お父さんがいなければ」――お母さんはシングルマザーになって、それなりの支援を受けられる。シングルマザーは楽ではない。けれど、名前のないうちのお母さんにも、政府の手助けが欲しい。誰かの支援が欲しかった。名前がないから、一切助けてもらえない。やるせない思いを抱えたまま高校を卒業し、大学に入った。

「おとなになる」ということ

 本当にお父さんがいなければよかったのか?と改めて自分に問いかけたのは、つい最近の事だ。2022年3月、冒頭のツイートが1万いいねを獲得し、「子育て支援拡充を目指す会」の大人たちから色々教えてもらいながら、改めて政治について再確認した。まず結論として、お父さんはいなければよかったわけではない。
 「どうして勉強するのか考え続けて3年間を過ごしなさい」というT先生の言葉を思い出してほしい。これは、高校1年生の1学期、1日目に言われた最初の言葉だ。高校3年生、卒業式のあの日、マスクを着けたみんなに向かって、T先生はこう言った。
「学ぶことがつらくなっても、あのときああして頑張れた、と思うために、みんなは19人のこのクラスで、3年間がむしゃらにやってきたんだと思う。知りたくないことに直面したときや、知ることにつかれたとき、この3年間を思い出して踏ん張ってほしい」
 3年間の担任がT先生でよかったと改めて思った。18歳の私は――そのときは成人年齢は20歳で――まだ子どもだったけれど、その言葉を噛みしめたつもりで大学生になった。今思う。今こそあの言葉を噛みしめているのだと。そしてこの先何年もあとに、再び同じことを思うのだろう。
「お父さんがいるから生活保護を受けられない」という事実を知った時点で大人だと思うのは大間違いだった。その先には、なんとしても搾取しようとする政府、納税してよかったと思わせる気のない国会、頑張って稼いで納税しても「名前の強固な弱者」に賄賂みたいなお金配りをするおじさんたちの姿がある。だから本当にいらないのはお父さんじゃない。何を排除したらいいのか今の私にはまだわからないけれど、お父さんがそれでも私たちを捨てなかったことを感謝している。渡さなかった生活費は私の学費になった。
 成人したいま、リストカットという「死ぬ練習」はやめた。お母さんが苦しかったのは、私が生まれたからではないことを知ったからだ。ときどき、まだ死にたくなる。それでも、「私のせいじゃない」と言い聞かせて早く寝るようにした。幸い酒には弱い。ほろよい1缶で翌朝まで記憶を飛ばせることに感謝している。死ななければ、帰ってこられるところまでなら逃げていいと思う。
 おとなになるってどんなことだろう。筆者は「知ること」だと考える。知るのがつらいことも、知って腹が立つであろうことも、すべて知ることだと思う。その先に待つ真実に出会うことだと思う。知識はピクセルだ。多ければ多いほど、世界は鮮明に見える。

さいごに

 私が日本の政治に求めることは2つ。
 1つは、子どもが罪悪感やプレッシャーを覚えることなく、よく生きる環境を整えること。「私が生まれてこなければお父さん/お母さんはこんなに苦労しなかったかもしれない」と自分を傷つける子どもが1人でも減るように。「弟/妹のために公立大学に行かなきゃ(行きたい専門は諦めなきゃ)」と夢を捨てる子どもが1人でも減るように。つい先日、中井なつみさんの取材をTeamsで受けた際、ある方の娘さんが言っていた。「下に兄弟がいるから、公立大学に受かるよう頑張らなければいけない。誰にも言われなくても、プレッシャーです」と。胸が締め付けられる思いだった。私より3学年下の子がそんな風に考えていることが、つらかった。筆者は公立大学でやりたいことを見つけて、楽しくやっている。けれど、筆者が大好きなネイルや、興味のあったブライダル関係に、公立の大学はない。このままやりたいことをやれない子どもが増えたら日本は死ぬ。それ以上に、やりたいことを諦めた子どもの心が死ぬことが、筆者は心配でならない。彼女や、彼女と同じ境遇の子どもが公立の大学に進学するとして、そこでやりたいことを見つけられたらと思う。
 もう1つは、子どもが子どものうちに学ぶ機会を平等に得られる環境を整えること。学芸員資格の法的必修科目に「生涯学習概論」という科目がある。筆者も履修している(去年落とした)。いつ学んだっていい。何歳で高卒認定を受けても、大学に入学しても、それはその人の人生だ。知り続けることは人生を潤沢にする。けれどやはり、筆者のなかには「もっと早く知っておけば」と感じた経験が存在する。学びたい子が学びたいと思ったときに学べない、そんな状況はダメだ。学び始めるタイミングが自由なら、15歳で高校に入学して、18歳で大学に入学するという敷かれたレールに乗ることだって、自由であるべきだ。政府がそれをうまく支えられない限り、日本は死ぬ。まずはすべての高校から無償化するべきである。ステップを踏んで安心して学び続けられる環境を整える、その第一歩に高校を選択するべきであると筆者は考える。
 日本の性的同意年齢は13歳。成人年齢は18歳に引き下げられた現在もなお、20歳の筆者に「親の所得や資産額は?」とたずね、そこで奨学金の線引きを行なう。それでいいのか。「育てられる者」として、国に振り回されている感覚しかない。もうこの際、私たち平成生まれはいいから、令和生まれの子たちに平等な支援を行ってほしい。性的同意ができるとして13歳に責任を負わせ、大人として18歳に責任を負わせるなら、責任を負えるだけの知識を得る機会を、全ての子どもに平等に与えてやってほしい。そうすれば責任は負えるから、自由にしてやってほしい。筆者はそんなことを考えている。

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