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他者批判、自己批判〜病と闘う友のこと〜

 かつての職場で、直属の上司に熱烈な片思いをしていたことがある。彼には社内に長いつき合いの愛人がいて、その愛人のガードが固く、全く割り込む隙がなかったのだが、仕事を頑張るモチベーションになっていた。
 当時自分は離婚の痛手から立ち直ろうとしていて、その上司への思いを支えにしていた。彼の下で自分が現場を任されていた部署には、プライベートでも仲の良かった年上の部下・Tさんがいて、彼女に自分の報われない思いについて相談していた。
 Tさんはかつて、名の通った全国規模の企業で新人教育担当のかなり上層のポジションにいた人で、颯爽と各地を飛び回っていたのだが、交通事故に遭って重傷を負い、障害が残ると同時に、難病を患って仕事を辞めてしまい、鬱でひきこもりのご主人とも別居中、という状況だった。自分とは人を介してたまたま知り合って、彼女の滲み出る有能さと経験の豊かさに惹かれて声を掛け、中途で入ってもらったのだった。

 彼女はいつも親身に優しく話を聞いてくれる人だったが、自分の上司への片思いについてだけはいつも辛辣で、全く理解がなかった。理由は「仕事の場に恋愛感情を持ち込むべきではない、恋愛は仕事とは関係ない場ですべき」というもの。
 それは彼女のポリシーであり、彼女はたまたま職場ではなく趣味の場でご主人と知り合ったのだが、出会いは趣味の場だけではない。職場恋愛や職場結婚や職場不倫なんて世の中にはざらにある、ありふれた現象だ。それを批判されても困る人は沢山いるだろう。
 彼女の否定的態度はかなり強硬で、彼女も自分もその会社を辞め、プライベートのつきあいだけになってからも、自分のかつての上司への片思いを蒸し返しては「あれはよくなかった」としつこく言ってくる始末。
 自分は転職して新しい世界に生きていて、上司への実らなかった片思いのことなどすっかり忘れていた。当人が忘れているようなことについて、彼女が口を極めて批判を繰り返す理由(動機)が、長いことわからなかったのだが、最近ようやくわかった。

 彼女は結局鬱から立ち直れないご主人と離婚した。ご主人には鬱だけでなくマザコン傾向もあり、病院も受診せず社会復帰もしようとしない息子を庇い、無責任に甘やかす毒老母がいたのだ。周囲からやめておけ、そんな旦那は捨ててしまえと言われながらも、彼女はご主人とのよかった頃が忘れられず、いつか夫が立ち直ってまた一緒に暮らせる日が来ると信じていたが、彼女の望みはついえたのだった。
 報われない片思いをしていた自分が、夫に対して望み薄な未練を抱いているわが身と重なり、近親憎悪を抱いたのかも知れない。周囲から言われなくても、客観的にわが夫が男として失格だということは、彼女ほどの人ならわかっていたはずだ。そんな夫に未練を抱いていることで、自嘲する思いもあっただろう。
 昔の失恋をネタに、友人をチクチクと責めるなんて悪趣味だと、少なからず傷ついていたのだが、彼女の心の傷がそうさせていると気づいて以来、気にならなくなった。彼女はそういう形で、私に甘えていたのだ。

 彼女は今、後遺障害と持病をだましだまし、一人で暮らしている。引っ越す前に会いたいと連絡したが、病気で人相が変わってしまい、驚かせたくないから、と断られてしまった。それでも、メールや電話のやりとりは続いている。
 下がりがちなメンタルを自ら叱咤激励しながらの日々だと思うのだが、彼女は本当に素晴らしい人なのだ。素晴らしいと尊敬しているからこそ、自分が批判されているのが近親憎悪ゆえということにも、気づけなかった。
 自分だけでなく、多くの人々が彼女の温かい人柄に支えられて感謝しており、彼女を案じていることを、忘れないで欲しいと思う。


 
 

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