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荒れる学校の荒れていない生徒たち

 実業高校の3年生の進路は、ほとんどが専門学校か就職。 
 つまり、10月頃には卒業後の身の振り方は決定します。自動車学校やアルバイト、思い出つくりに精を出し、学校生活・学業への意欲は低下します。内定・合格を勝ち取り、無敵の人となった8名の授業妨害や威圧行為はエスカレートします。しかし、荒れる生徒の影響力は大きくても数で言えば少数派。多くの生徒たちは、真面目に暮らしています。

卒業対策という言葉

 高校は義務教育ではありません。退学・留年・卒業延期などがあります。
 卒業するための要件は3つ
 ①学費
 ②出席
 ③成績 
 このすべてをクリアして卒業認定です。しかし、この3つをクリアすることが難しい生徒さんが、学年の2割くらいます。
 学費については、事務室で担当してくれました。経済的困難による未納については、救済措置を取ります。問題は、支払いの意思がない、あるいは、意図的な拒否です。自宅謹慎中の学費を返せとか、あんな学校に払いたくないとか、赤点を消してくれたら払うとか、まぁ言いたい放題。
 でも、こちらは事務に任せ、私は出席と成績とのクリアに取り掛かりました。
 問題は、「出席」です。
 学校の休みを「欠席」、授業の休みを「欠課」と言います。
 たとえば、1日学校を休むと、「欠席1,欠課6」になります。
 欠席ではなくても、遅刻・早退すると、その分の授業は「欠課」になります。保健室とかも「欠課」になります。
 この累積が、1/4~1/3を超えると、出席不足となり、進級・卒業の認定ができません。単位制の学校ではありませんから、1教科でも欠課時数を超えると、卒業を認められないのです。
 そんなわけで、少し前までは、入試時点では倍率が一倍以上あり、入学時点では1クラス40名の定員を満たしている学校でも、3年生になる頃には1クラス30名まで減っていました。「学ぶことより働くことの方が価値が大きい」という土地柄ですから、生徒さんも学校に未練がないのです。中退して、漁師になってマグロを手土産に持ってくるとか、海の幸で新商品を作って自分の店で売って大儲けするなんてことも多かったです。そういうたくましさは、尊敬に値すると思っていました。
 しかし、この頃、生徒さんも保護者も、「学校に関する依存と反発」に方向転換していました。要するに「学校をやめても居場所がない、働きたくない、やめる勇気もない」ってこと。厳しい言い方ですが、そういうことなんです。「勉強はしたくないし、学校には来たくないけど、卒業はさせろ」ってこと…です。

荒れていない生徒たちの状況

 荒れていない生徒たちにも二種類います。
 学校のルールを守れる生徒と、守れない生徒。
 10月以降、後者の生徒さんたちの欠席・欠課が目立ち始めました。これが、学年全体の約2割。その中には、たとえば国語の授業をあと4回休むと出席不足になる=卒業延期が決まるという、かなり土俵際の生徒もいます。
 就職は決まったし、学校に行っても8名が暴れているから行きたくない。 
 学校に行くの面倒くさい。
 ゲームにはまって昼夜逆転して、朝起きれない。
 アトピー性皮膚炎が悪化し、夜眠れず、朝起きれない。
 いろいろいました。

 出席日数の不足について、当時の一般的対応は以下のようなものです。
①学年末の卒業・進級認定会議で、出席日数の不足が提示される。
②該当生徒に対し、不足分の補習を行うかどうかが審議される。
③会議で補習が認められた場合、年度内をめどに補習を行う、内容が認められた場合、進級・卒業を認める。
 この対応の欠点は、不足日数・不足時数・不足科目が多い場合、年度内では物理的に時間が足りないことです。しかも、こういう生徒さんは、成績(赤点)も抱えていますから、さらに時間がたりません。その多くは、不足を解消できず、中退を選択します。この状況に対し、教務主任は、
 生徒に対しては「自己責任」(それは否定しません)
 担任に対しては「生徒の欠席・欠課を改善できなかった無能な先生」
 というのが見解です。
 
 教室に目を戻すと、暴れる生徒は休みません。欠席・欠課ではひっかからないのです。何せ、学校以外に居場所がないので。
 一方で、荒れてない生徒に、欠席・欠課でひっかかる生徒が増えてきました。これだと、正直者がバカを見るというか…、学校がそういう社会になってしまいそう。これをいかんせんです。

教務主任を巻き込んで解決のプランを進める

 私は、解決プランの作成と教務主任との交渉を進めました。私と教務主任には、こんな関係性がありました…。
 私がこの学校に赴任して3年生の授業を担当した時、3学年主任は、その先生でした。3年生が卒業後、教務主任になって現在に至ります。教務主任は地元の出身ですが、大学は都内の私大。学年の授業や進路をどうするかを相談するだけでなく、東京のことなど少しプライベートな会話もできる関係でした。そういう意味で、私は教務主任が厳しいこと(指導が威圧的で暴力的でもある)ことは…ですが、先生としては優秀であることを知り、その人間的な部分にも触れながらの関係性を持っていました。しかも、教務主任の奥様は東京出身で、私の高校の先輩でした。高校時代に面識はありませんが、話を聞くと私が1年生の時の3年生。ご自宅に招かれて食事をごちそうになり、それ以降時々「奥さんが会いたがっているんだけど、飯食いに来ない」ということが。東京から遠く離れた知り合いもいない田舎町で、共通の先生の話題、小田急線あるある、母校あるあるで盛り上がりました。
 そんなわけで、教務主任は、周囲の先生に対し強迫的な圧力をかけることも多いのですが、私に対する接し方は少し違いました。私も、教務主任の力量は認めていましたし、筋道立てて説明すれば理解を示してくれることもわかっていました。要するに、味方にすれば最強の人なんです。
 そして、こんなプランを教務主任に提案しました。

欠席・欠課の補充の実施プラン

 従来の価値観は、「休ませないように担任が働きかける」「欠席・欠課を予防する」です。 
 この価値観を、「休んでもよい」「その代わり、休んで不足が生じた場合は、学校で補習を行う」に転換しました。ただし、補習を学年末にまとめて行うのは無理です。時間が足りません。しかも、就職が内定している生徒たちは、3月中から研修が始まります。
 そこで、2学期までの不足分は、冬休みに補習する。3学期までの不足分は、卒業式までの補習するとしました。
 教務主任の納得を引き出すために、「過ちを犯した生徒に対するセカンドチャンスを提供する」という理念も明示しました。その代わり、この補習に取り組まなかった場合、生徒さんは無条件降伏、つまりラストチャンスということも明記しました。
 授業を担当する先生ひとりひとりにお願いして、10月末日段階の欠席・欠課状況を聞き出し、一覧にしました。成績会議資料のひな型、補習の時間割案なども作成し、あらゆるシミュレーションを立てました。意識したのは、「裁判になった場合でも勝てること」。つまり、生徒の人権への最大の配慮です。これを前面に立てることで、「学校・先生による威圧的指導」を回避できるはず…そういう計算もありました。
 もちろん、実際に補習授業をするのは、各授業を担当する先生です。その中には、義務を果たさない生徒に対する「手厚い指導」への疑問や、教務主任に対する反感を持つ先生もいます。わかります。気持ちは私も同じです。
 でも、義務を果たさない生徒に対して、「セカンドチャンス=ラストチャンスを提供すること」は、やさしいようで、実は一番厳しい教育であること。教務主任への反感を持つ先生に対しては、「生徒の人権に対し、最大に配慮した指導であること」を伝え、協力を求めました。
 並行して、教務主任には非公式に原案を提示し、この方針で進めることの可否、アドバイスをもらい、進行状況の報告もマメに行いました。いわゆる「根回し」ですね。「俺は聞いていない」が一番危険な人なので…。
 教務主任の机の隣には、教頭がいます。校長には私から説明しておくからと協力を申し出てくれました。ありがたい。しかも、こういうやり方で生徒の学校生活を支援する、卒業を導く発想は、今の時代にとてもよくあっていると思う。このシステムを本校独自のものとして確立して、県内教務主任の研究会で発表したらどうか…と言って教務主任をおだてます。
 そうなると、教務主任の機嫌は上々です。そして、教務主任が認めたことは、この学校のルールになります。毒を持って毒を制すと言ったのは、私ではありません。教頭です。念のため。
 そして、2学期の成績会議で、この補習プランは認められ、冬休みに実施されました。集まった生徒さんの中に、8名の暴れるグループに所属するものはいません。そのせいか、補習は順調に進み、全員の授業不足は解消されました。
 しかし、3学期の初日、JRから電話が入ります。
                       続く…
         

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