賢木⑳諒闇明けの新年
🌷桐壺院の喪明け
年明けて桐壺院の喪が明け、宮中は華やかさを取り戻した。
🌷宮中行事の準備の華やかな噂
十四日夜の男踏歌 や 十六日夜の女踏歌、下旬の内宴 などの宮中行事の準備の賑わいのことが御耳に入る。
🌷悲哀
院の御在世中は、踏歌は、帝の御前から院と中宮の御所、春宮御所を廻って、明け方に宮中に戻ったものだった。
しかし御出家の今となっては、中宮のおられる三条宮には宮中の華やかな行事も遠いこととなり、人生の悲哀が御胸に迫られる。
🌷勤行生活
中宮は、ひっそりと勤行に打ち込んでおられる。
後世をお思いになるにつけて、出家を遂げて源氏の求愛を遠ざけられたことに安堵しておられる。
三条宮で、今迄の御念誦堂とは別に、
西の対の南側の少し離れたところに御堂を新築あそばして、厳しい勤行をお続けである。
🌷白馬の節会
正月七日、源氏が三条宮に参賀に上がった。
宮の内には、新年らしさもなく、人気も少なく中宮職の親しい者だけが心なしか寂しげに出務している。
ちょうど白馬の節会の日で、これだけは中宮の三条宮にも廻って来た。
女房たちが見物した。
桐壺院の御在世中は所狭しと伺候していた上達部が、今は右大臣家方を憚り、中宮の三条宮を避けて、向かいの右大臣邸に集まっている。
世の中とはそうしたものではあるが…
と寂しくお思いのところに、源氏だけは中宮の三条宮に参った。
源氏は一人で千人にも当たる華やかさ煌びやかさで光彩を放ち、
藤壺院は涙ぐまれる。
訪れた源氏は、室礼の清閑の御様子を見回して何も言えない。
お住まいの御様子はすっかり変わった。
御簾の端も御几帳も青鈍色で、隙間から仄見える女房たちの薄鈍色や袖口の梔子色などは、却って優美にゆかしく思い遣られる。
こう無常な世にあって世離れあそばす方のお庭であっても、
一面に溶けかかる池の薄氷や岸の柳の芽吹きにはまた同じ春がめぐってきているのだと、たまらないような気持ちになる。
心ある海女(尼)が住む という歌をひっそりと口ずさむ。
📜音に聞く松が浦島 今日ぞ見る むべも心ある あま は住みけり
(後撰集)
その姿はまた、他になく優美である。
源氏から申し上げる。
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物思いに沈んでおられるお住まいかと思いますと、涙に暮れずにいられません。
ながめかる あま のすみかと見るからに まづしほたるる松が浦島
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祭壇に場所をお譲りなので、宮の御座所は少し廂にお近いようである。
お返事がある。
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浦島の言い伝えのように知る人の跡形もないようなこの頃ですから、立ち寄る方も珍しうございます。
ありし世の なごりだになき浦島に 立ち寄る波のめづらしきかな
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取り次がせる宮のお声が仄かに聞こえる有様が悲しくて、こらえきれなくなって涙がこぼれる。
世を棄てて悟り切っている女房たちに見られるのも体裁が悪いので、源氏は言葉少ななまま、御前を退出した。
「なんてご立派におなりなのでしょう」
「何ひとつ不足なく世に栄えておられた頃には、凡庸な者たちの機微などはおわかりになるまいと思われたものでしたが」
「今はお考えも深くなられたようで、ちょっとしたことにも細やかなお気持ちをお見せになるのですもの」
「何だかお気の毒な気もしてしまいますわよね」
御前に控える年寄りたちが、新たに陰翳の沿ったようにも見える源氏を、涙ながらに褒めるのをお耳に入れながら、
宮も思い出されることも多いのだった。
Cf. 男踏歌
Cf. 女踏歌
Cf. 白馬の節会
✒️ながめかる あま のすみかと見るからに まづしほたるる松が浦島
📌ながめ(長布(海藻)、眺め(物思い))
📌かる(刈る、離る)
📌あま(海女、尼)
眞斗通つぐ美