なおったらいいな

前回、前々回のと同じコンクールに落ちたやつ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

   なおったらいいな

 冷たい牢にいた。
ずっと妄想に浸って、それを話す日々だった。

 青空の下を歩くのは、八年ぶりだった。
「今日からここで暮らそうね」
牢から出してくれたその人はそう言って、他の田舎にも行かないといけないからと、早々に旅立ってしまった。
背の高いお姉さんに「お話しましょう」と机を挟んで椅子に座らされた。
「ここはどこ?」
「ここはあなたのように差別されて育った子が社会に馴染めるようになるまで過ごせる施設。
ここは十八歳以下のための施設だけど、他の所にもいろいろ支援施設があるわ。
話したくないことは話さなくていいから、あなたのいた村ではどんなことがあったか、教えてくれる?」
「ぼ、わ、たしは」
「僕でいいよ」
「ぼく、は、小学校の、入学して、五月に連れてかれた。
『病気だ』って。
あそこの村では、せいべついわを持ってる人をかくりするんだって」
「難しい言葉を知ってるね」
「同じ牢に入れられてたお兄ちゃんと、隣にいたさちちゃんが教えてくれたの。
ご飯持ってきてくれるおじちゃんとかおばちゃんの何人かも文字を教えてくれたよ」
「お兄ちゃんとさちちゃんも病気って言われたの?」
「うん。
村の学校ではね、毎年五月に病気じゃないか検査されるの。
病気だったら追い出されるんだよ。
せいしんびょうだから、なおったら出してくれるんだって。
お兄ちゃんはぼくより長く牢にいたからなおった、って嘘吐いて出て行った人も見たらしいよ」
「お兄ちゃんは嘘吐かなかったんだ」
「うん。
病気じゃないから嘘吐かないって言ってた。
村の大人達の方がもっと酷い病気なんだって」
「そうなんだ」
「お兄ちゃんは別の施設に行ったの?」
「そうね。
お隣の施設にいるはずだから、お話が終わったら会いに行こうね」
「うん」
「牢に入れられてる間は、なにかされた?
叩かれたりとか、しなかった?」
「なかったよ。
時々掃除はしに来てくれるし、ご飯も毎日持ってきてくれたし、お風呂にも入らせてもらったよ。
閉じ込められてるの以外は、別になにもなかったよ」
「トイレはどうしてたの?」
「牢は広くてね、仕切られる?とこにあったよ家や学校のトイレと変わらなかったよ」
「風邪をひいたりはしなかったの?」
「そしたら隣に移されて看病されるよ。さちちゃんはよく隣にいたの」
「そう。
これからどうしたい?」
「さちちゃんとお兄ちゃんとお話しして、遊びたい」
「そっか。
夢はないの?
大人になったらこうしたいとか」
「大人にはなりたくない」
「どうして?」
「大人になったら女の子になるんでしょ?
お兄ちゃんがそうだった」
「女の子にならない方法はあるよ。
女の子じゃなくなる手術か男の子になる手術が受けられるの。
昔は大人にならないと受けられなかったけど、今では十歳を過ぎたらお医者さんの許可証さえあれば手術を受けさせてもらえるよ」
「本当?
女の子でいなくていいの?」
「うん。
その代わり大変なことが三つあるの。
まず、手術は麻酔をしてから受けるから痛くないけど、麻酔が切れてからすごく体調が悪くなるの。
そして、急に身体の性別を変えたら身体がびっくりしちゃうから、しばらくはいろんな薬を飲まないといけないの。
それからね、手術にはお金がたくさん要るの。
保険を使えれば少し安くなるけど、そのお金は働いて返さないといけないの。
それでも我慢できる?」
「できる」
「じゃあ、まずはお医者さんに許可証をもおうね。
今の身体が健康じゃないともらえないからね。
来月お医者さんが来るから、それまで元気でいないとね」
「うん」
「さちちゃんの所行こうね。
一緒にお兄ちゃんに会いに行こう」
「うん」

 冷たい牢にいる。
ずっと妄想に浸って、それを書き出す日々だった。
ご飯と一緒に持ってきてくれた紙に書き残してる。
おじちゃん、おばちゃん、文字をたくさん教えてくれてありがとう。
お兄ちゃんは、女の子なのが嫌で、嫌で、真っ赤になった。
怪我をして、動かない。
お兄ちゃんはどっかへ行っちゃった。
治ったから出してもらったのかな。
真っ赤になるくらい怪我したら治ったことになるのかな。
嘘つかなくてもいいのかな。
嘘はついちゃだめって言われた。
ぼくは、ぼくのことには嘘ついちゃだめって言われた。
出られるのかな。
さちちゃんは、熱が高くてどっか行っちゃった。
怪我か、病気になったら、出られるのかな。
今日、起きたら女の子になってた。
お兄ちゃんから教えてもらったから、分かった。
女の子になっちゃった。
大人になっちゃった。
ぼくも、なおりたい。
ちゃんと女の子じゃないぼくになおりたい。
真っ赤になったら、なおるかな。
これよりもっともっと真っ赤になって、お兄ちゃんがしてたみたいに。
ぼくは真っ赤になります。
この牢とはさようなら。
今までありがとう。
お世話になりました。
ぼくはこれからなおります。
さようなら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
直された彼は死にました
絶対に治ることはないけど、緩和されることを願って病院に通います
本当はちゃんと治してあげたかった
性別違和は精神病じゃない
ちゃんと身体を治してあげたかった
心を直すことばかりに気を取られて、そのために鋸に釘に金槌に工具ばかり使って傷を隠そうとする無能な天使どもとさよならしたい
針で毒抜きして、綿で糸で布で傷を縫い合わせて治そうとしてくれる優しい悪魔たちの元へ行きたい
天使のお飾り人形もガラスケースももううんざり
僕を暖かい裁縫で繕ってぬいぐるみに作りなおして。そうして抱きしめて。暗い地獄の底でいいから
地獄なら、天国ほど寒くないかな
地獄の業火は温かいかな

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?