天使の囁き

「知ってる?
〇〇中学校の噂」
「トイレの花子さんでしょ。
よくあるやつよね」
「違うよ。
あれは近所の小学生の悪戯だったでしょ。
教室のハルヒさんよ」
「なにそれ。
聞いたことないけど」
「あの中学校、もう廃校して百年経つのにまだ取り壊されてないでしょ。
補強工事もなしにあの大地震で倒れなかったのがハルヒさんの力だって言われてるの」
「確かに壊れてないけどハルヒさんは何なの?幽霊?
怪異?」
「それは分かんないわよ。
でも、噂では」

三年の教室の窓とドアを内側から全部閉める。
黒板側のドアを三回ノック。
「は……ハルヒさん。
ハルヒ、さん。
遊びま、しょう?」
「は、あ、い」
「ハルヒ、さん?」
真っ白なおかめの仮面に大人用の着物を引き摺ってる、細い子供。
「私が、ハルヒさん。
他の子も、直出てくるわ。
遊んでくれる?」
「なにをして、遊ぶの?」
「何がしたい?
教室で鬼ごっこはちょっと狭すぎるのよね。
他の子がぼーどげーむとか、とらんぷを持ってきてくれたの。
あなたは何がしたい?」
「え、えっ、と……」
「……意地悪してごめんなさい。
ほんとは知ってるの。
あなたがここへ来た理由。
独りは苦しかったでしょう?
大丈夫。
あなたもここで暮らしましょう」
「でも、私、門限あるから、七時には帰らないと」
「帰らなくていいの。
帰りたくないんでしょう?
そういう子しか、ここへは来れない。
ああ、寒い?
外は夏だったっけね。
気づくのが遅れてごめんなさい」
大人物の着物。
見た目は薄いのにふわふわしていて暖かい。
「五年ぶりくらい?
新しい子は数年に一度しか来ないの。
だから舞い上がっちゃった。
もうすぐ六時ね。
帰れないわよ。
帰りたいと本気で思った子しか、帰れないの。
……あなた、可愛いわね。
お面は要らないかしら。
欲しかったら言ってね。
せっかく可愛いのに顔を隠したがる子もいるのよ」
「ハルヒさんもそうなの?」
ハルヒさんの仮面の下は中学生くらいの女の子だった。
「私も可愛くなれるかな」
今までの大人ぶった声が急に幼くなった。
「ハルヒさんは、綺麗よ」
仮面の奥から気の抜けたような息が聞こえた。
鐘が鳴る。
「六時、ね。
ありがとう。
お休みの時間よ。
続きは起きてから、話しましょうね」
急に眠気が襲う。
周りで着物を着た子供たちが倒れこむ。
黒板の上の時計は針が巻き戻っている。
「心配しないでね。
ずっと二月の十七日から帰らなくていいの。
永遠に」

「目が覚めたら時計は七時を指してるんだって。
そして本当に永遠に二月十七日を繰り返すの」
「なんでそんなことが分かるの?」
「聞いたの。
行方不明になってた、あの子に。
三年経ってるのに見た目は全く変わってなくて、その代わり、ずっとハルヒさんについて話してるの」
「へえ。
じゃ「お待たせ。
やっと係の仕事終わったよ」
「え」
「あ」
「……誰?
なんで二人」
「……誰も来なくなると、寂しいもの」
おかめの仮面。
「広めておいてね。
ばいばい」
春の夕日に焼かれるように窓から飛び降りたその影は消えた。

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