僕とスプラトゥーン ①序章

こんにちは、なな菜です。
今回は私がメインゲームとしてやっている「スプラトゥーン」のお話をしていきます。

時は遡り、ポケットモンスターサンムーンの時代。
巷で”スプラトゥーンというイカのゲームが流行っているらしい”と
噂を聞き調べてみるとインクがスプラッターなおしゃれなゲームが。
映像を見てみても面白そう!
…でもWiiU…????
そもそもほぼ携帯機しかしてこなかったし
当時学生の自分には高いよなぁ。ということで購入を断念。
せこせこポケモンのレート戦にのめりこみ
メガリザYからのようりょくそせいちょうフシギバナの裏に
バンギ+すなかきドリュウズの晴れ砂両展開パーティを組んでいたのであった。(早口)
ちなみに3DSの着せ替えはやったことないのにスプラトゥーンだった。

そして時は流れなんとポケモンがSwitchで出ると言うではないか。
ということでなんとしてでもSwitchが欲しい!と
当時新婚ほやほやの私は嫁に頼み込みなんとかSwitchをゲット。
なので私のSwitchは実はピカブイ仕様のSwitchである。
ピカブイをクリアしたあとレート戦がないので途方にくれていると
”スプラトゥーン2”がSwitchで発売されていることを知った。

「あの時は本体もなかったけど今はSwitchがある!」ドン!!

と中古ショップに殴り込みソフトを購入。
「やっぱりこういうのはスナイパーで抜くのが一番気持ちいい」ニチャア
というくそ陰キャオタク精神のもとチャージャーを持ち、
日々YouTubeで勉強していたが、敵に当たらない。
心が折れた私はネットで「初心者はローラー持っときゃなんとかなる」との
情報を得た。使ってみるとキルがとれていい!!
ローラー時代を生き抜くも潜伏をほぼせずガンガン突っ込む
大戦犯ローラームーブをかましていた。
でも当時はゲーム性を十分理解していなく、
またチャージャーで取れなかったキルが十分に取れていたので
なんでキルとってんのに勝てへんねん!って思っていた。
たのしーと思っていた時間も束の間で
B帯で第1のスプラ人生を閉じることとなった。

そんな私に訪れた転機は2020年4月。
新型コロナが日本に上陸し、非常事態宣言が出されたとき。
あつ森しかやることがなかった。
四六時中島クリエイトをして、ひと段落したら洋服デザインに精を出した。

特捜戦隊デカレンジャー
平成仮面ライダーたち

これ作ったのすごない??
ちなみに主人公は仮面ライダーダブルこと左翔太郎がモチーフ。
これも自作である。
しかしながらやれることにも限界がきた。

そんなときにまた再び輝いたのが「スプラトゥーン2」である

つづく


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