「父は憶えている」

2022年キルギス共和国映画。言葉を含めて過去の記憶を失った父親役の主人公を監督自身が演じ、監督の息子が息子役で出演。中央アジア小国の山に囲まれた川が流れる小さな村。ロシアに出稼ぎに行き、戻って来ないまま23年。息子が、おそらくインターネット等を通じてであろう、父親を探し出し村に連れ帰ったところから映画は始まる。なぜ記憶を失ったのか、ロシアで何をしていたかの説明は一切ない。ただ、ひたすらごみを集めようとする姿からごみ収集の仕事についていたのではと推測は出来る。息子夫婦、孫娘、父親の同級生たち、戻って来ない夫と離婚し求婚されて村の高利貸しに嫁いだ元妻、親しかった村人、村のイスラム礼拝所、かつて主人公夫婦がデートをした盛りあがった根が特徴的な村の木立。孫娘は祖父と遊び、一緒にごみを拾い、若かりし祖父母の白黒写真に色を塗る。村の憩いには必ず自家製パンと紅茶。ちょっとしたお祝いには各種自家製パンが山のように積まれる。保守的な導師と異なり礼拝所で働く村人がイスラム教でも妻から離婚を要求出来ると妻に教える。盛り上がった根の木立は、映画の冒頭、元夫が戻り悩む元妻が歩く中盤、高利貸しと別れ戻ってきた妻の歌声を主人公が木にペンキを塗りながら聞く最後の場面に出てくる。夫婦の、村の、そしてキルギスの象徴なのかもしれない。たくましく根を張って貧しくとも地道に生きる。主人公は妻の歌声に聞き憶えがあるのか、耳をすまし、そして妻がしたように木立を見上げる。枝葉と青空が見える。


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