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【5人用声劇台本】「じゃあオレ、主人公やりません」

この作品は、声劇ように執筆したものです。
本作を使用される場合、以下の利用規約を必ずご覧ください。

声劇として使用される場合、以下のリンクも見やすくなっています。

『皆様こんにちは。作者です。
 皆様は次のシナリオの主人公候補です。皆様で、主人公を一人決めてください。
 方法はなんでも構いません。
 それでは、機会があればまた。』

【上演時間】
約60分

【配役】
・斉藤(♂):斉藤(さいとう)。個性がなくて、主人公になれてない。
    ※性別変更不可(演者の性別不問)

・化野(♂):化野(ばけの)。トリックスター。
    ※性別変更不可(演者の性別不問)

・稔土(♂):稔土(ねんど)。コワモテ。実は少女漫画が好き。
    ※性別変更不可(演者の性別不問)

・依田(♀):依田(よだ)。ネガティブ思考。
    ※性別変更不可(演者の性別不問)

・二尊院(♀):二尊院(にそんいん)。お嬢様キャラ。
   ※「???」兼役。(兼役変更可)
   ※性別変更不可(演者の性別不問)


※この作品は、合作台本です。
キャラ設定、執筆補助:おぶぅ
執筆:常波 静

※スペシャルサンクス:是(kore)様 (表紙作成)


【自己紹介】

二尊院:「あたくしたちは物語の登場人物。」

斉藤:「僕たちは、作者の存在なしでは、存在できない。」

依田:「私たちは、作者が気に入ればいつまでも大切にされる。」

稔土:「俺たちはいつでも、光を浴びて舞台に立ちたいと思っている。」

化野:「ボクタチは、主人公になりたカッタ。」



二尊院:「うーん、ここは…?暗くて何もありませんわね。あたくしはなぜここに…?」
二尊院:「…あ、あそこにドアがありますわ。」

(ドアの前まで駆け寄る)

二尊院:「このドアの向こうに、きっと何かあるのですわ。」

(ドアを開ける)

稔土:「お、やっと来たか。」

二尊院:「ひいっ!仁王像ッ!」

稔土:「うわ、バレたか…警備を縫ってやっとここまで脱出してきたのに…。」

化野:「なるほどネ、本物の仁王像だったらその顔のマズさも納得だネ。」

稔土:「いやいやいや!色ついてるじゃんか!否定しろよ…。」

二尊院:「あ、あの…。」

斉藤:「ちょっと、漫才始めるのはやめてくださいよ。」

依田:「そ、そぉですよぉ…。あんまり仲良くしてると、後が辛いじゃないですかぁ…。」

二尊院:「あのー。」

斉藤:「まあ、たしかに、僕たちは敵同士ですから、馴れ合い過ぎるのも…。」

化野:「敵同士!気合入れすぎじゃナイ?」

二尊院:「あの!」

稔土:「ん?あー、ごめんね。」

二尊院:「あの、ここは一体…」

依田:「あなたもしかして、ここに来るの初めてですか…?」

二尊院:「え、ええ。そうですわ。」

斉藤:「ああ、通りで…。」

化野:「新キャラじゃナイのォ?」

二尊院:「え??ええ…えっと…」

斉藤:「ここにいる全員そうなんです。声劇のシナリオのために作り出されたキャラクターということを自覚しています。」

依田:「あ、あのぉ…これぇ…。」

二尊院:「手紙?えっと…」
二尊院:『皆様こんにちは。作者です。
二尊院:皆様は次のシナリオの主人公候補です。皆様で、主人公を一人決めてください。
二尊院:方法はなんでも構いません。
二尊院:それでは、機会があればまた。』
二尊院:「なんですの、これ。」

稔土:「見ての通りだよ。俺たちの中から、主人公を一人選ばないといけないんだってよ。」

化野:「そーそー。文字通りこれでやーっと役者が揃ったってわけだよネ。」

二尊院:「そうなんですの。」

斉藤:「とりあえず、自己紹介でもしますか。」

依田:「そ、そうですね。お互いのこと、全然知りませんし…。」

稔土:「んじゃ、俺からいかせてもらうぜ。」
稔土:「俺は稔土(ネンド)。こういう顔だから、今までの出演は悪役ばかり。武闘派っぽいから殴り合いばっかさせられてるけど、本当はそういうのしたくないんだよ。むしろ自分の部屋で少女漫画とか読んでる方が性に合ってるっていうか…。」

依田:「えええ……ありえなぁい、強そうなのにぃ…。」

化野:「ホントだよネェ。釘バットで満塁ホームランかっ飛ばしそうな顔してるくせにさァ。」

稔土:「そこは否定できないけどさあ…。とにかく、俺はもう殴り合いとかしたくないの。もっと繊細(せんさい)で華麗(かれい)な唐紅(からくれない)の恋物語(こいものがたり)に耽溺(たんでき)したいの!」

依田:「え、えっとぉ…、どう、いう、意味…?」

二尊院:「後半送り仮名多すぎて意味不明ですわよ!」

斉藤:「僕は無理だと思いますが、あなたはいかがですか?」

化野:「無理に決まってんジャン!あのサ稔土クン、鏡って知っテル?日頃の身だしなみから自分のレベルまで嫌ってほど理解させてくれる、有り難ーい発明なんだヨォ?」

稔土:(ムッとしながら)「へえ、ウチ帰ったら買ってくるわ。」

斉藤:「え、えーっと…。じゃあ、稔土さんの自己紹介はそれくらいにしておいて…次はあなた、お願いします。」

化野:「あ、ボク?ボクは化野(バケノ)。」
化野:「今までの出演は…マ、ソコソコかナ。主役も何回かやったことあるヨ。」

二尊院:「まあ、すごい。」

化野:「デショ?だってボクちんだもン♪」

依田:「その自信はどこからくるんですかぁ…羨ましいぃぃ。」

化野: 「ボクはボクをきちんと褒めるのサ。アンタもその方が得するヨ?座右の銘は、「自分に嘘つくくらいなら他人に嘘つけ」デース。」

稔土:「堂々と俺らに嘘つくって宣言してねえか、それ。」

化野:「ノープロブレム!ボクの言葉は基本的に信用に値しナイ、ボクはプロの嘘つきなんダカラ!『トリックスター化野』って呼んでヨネ!」

二尊院:「いえ、お断りしますわ。」

化野:「ええーっ、カッコいいと思うんだけどナー。」

斉藤:「…じゃあ次は、あなた。お願いします。」

依田:「えぇ!わ、わたしですかぁ…?」

斉藤:「はい、お願いします。」

依田:「…依田(ヨダ)…です。」
依田:「今までは、脇役として少し…出たくらいです。主役になったことは…ありません。どうせ、私に主役なんて無理なんですよぉ…。」

斉藤:「まだ始まってもいないんですから、諦めることはありませんよ。」

依田:「いえ、私は人気も人望もないですし、私のことなんてどうせ誰も気にしてませんよぉ…。」

稔土:「お、おい、大丈夫か?」

依田:「っていうか…なんで私がこんなところにいるんですかぁ?いらないですよねぇ?私なんて…ああ恥ずかしいぃ…。穴掘って埋まるのでシャベル下さい……早くぅ!!」

二尊院:「ちょっと、ほんとに堀りはじめましたわよっ。というか、どこからシャベルが…。」

斉藤:「この空間では、基本的には何でも僕たちの思い通りにできるようです。欲しい物を言えば手に入りますし、欲しい景色を思い浮かべればその通りの景色になるんですよ。」

化野:「ヒャハッ、これがホントの『墓穴を掘る』だネェ!ジメジメしてて薄暗いアタマに入ってるモンだから脳みそに虫が湧いてるんだネ、きっとどっかのチーズみたいな見た目の脳みそなんだろうナァ。キモチワルイ~!おーい安心しなヨ、今から防虫剤入れてアゲるかラ~。」

依田:「っちょ、なん…わっぷ!なんて早口…。」

二尊院:「化野さん!なんて事を仰るの!」

化野:「エー、だッテ~。こうしとけば秋には立派に実るかもしれないジャ~ン。」

斉藤:「ハイハイ‼次行きましょう‼じゃあ、あなた、お願いします。」

二尊院:「あたくしの番ですわね。二尊院と申します。」
二尊院:「今回が生まれて初めての出演になります。従ってキャリアはありません……が、あたくしには二尊院家という力が有りますのよ!主役は間違いありませんわ!」

化野:「…現代アートみタイ、気持ち悪~イ。」

二尊院:「…なんですって?どういう意味ですの?あたくしは完璧のはずですわ。」

化野:「そういうトコ!そこまでペラペラのキャラな癖シテ、無駄に自信たっぷり。テンプレに喋らされてるみタイで不安になるゥ。」

稔土:「まあ現代アート云々(うんぬん)がどういう意味かはおいといて…今どきそういうお嬢様キャラは少女漫画でも流行らないっていうか…。もっと個性がいるよな。」

依田:「…あなたが言うと、説得力がありますねぇ。」

斉藤:「まあ、生まれたばかりの頃はキャラを模索するものですからね。気にすることはありませんよ。」

二尊院:「あたくしは生まれた時からこの性格ですわ!?何といわれようと、この性格は貫きます!」

化野:「…あァ、そう。まァ、アンタが何をどうしようが自由だけどサ。くれぐれもキャラに飲まれないようにしナヨ。」

斉藤:「えっと、じゃあ最後は僕ですね。」
斉藤:「斉藤(サイトウ)と言います。今までの出演回数はかなりありますが、モブキャラばかりで、主役はありません。今回こそは、主役になれるように頑張りたいと思います。」

二尊院:「…それだけ、ですの?」

斉藤:「え、まあ、そうですけど。」

依田:「フツーですねぇぇ。」

稔土:「地味だよな。そりゃ主役にはならねえわ。」

斉藤:「自分でも分かってますよ、それくらい。気にしてることなんですから、あまり深く突っ込まないでくださいよ。」

化野:「…。つまんナイヤツだナ~。塩。」

二尊院:「どういうことですの?」

化野:「だって、塩って塩辛い以外の味がないジャン?そういう事だヨ。」

斉藤:「それって引き立て役でしかないってことですか?」

化野:「…へー、自覚あるんダ。」

斉藤:「だからありますって!今回は頑張ろうと思ってるんですから、何度も言わせないでください。」

依田:「存在感がないんですねぇ。可愛そぉ…。シャベル使いますかぁ?」

斉藤:「いりませんっ。」

【真のプリンセス】


稔土:「…これで自己紹介は一通り終わったわけか。」

斉藤:「それで、どうやって決めますか?」

稔土:「俺、殴り合いとかはイヤだからな。」

依田:「…強そうなのになぁ…。」

斉藤:「ま、まあ、僕も殴り合いとかはしたくないですし、他の方法を考えましょうか。もっと穏便な方法はないものでしょうか。」

二尊院:「話し合い…ですか。」

化野:「あー、そういうの無理。十分以上座ってるとお尻が火傷しチャウの、ボク。」

斉藤:「小学生ですか、あなたは。」

化野:「 ピュアでしょオ?テーマパークだって作れちゃうくらいだもんネ。」

稔土:「だから、どういう意味だよ。」

化野:「わかんなくて良いって言ったデショ?黙る芸覚えてみナほら、バナナやるカラ♪」

稔土:「ウホッ、バナナだあー…っておい!」

依田:「…プレゼン、とか…どう、ですか?」

二尊院:「プレゼン?」

依田:「は、はい。一人ずつ、どういう話の主人公になりたいのか、発表するんです。それで、実際にその世界を作って演じてみる、みたい、な…。」
依田:「…あ、えぇっと、ダメですよね。すみません、忘れてください…。」

斉藤:「…いいんじゃないですか?」

依田:「…え?」

稔土:「うん、それならいいと思うぜ。思う存分自分のやりてえことができるんだし。」

化野:「座ってじっとしてなくていいんデショ?ならいいヨ、何でモ。
二尊院:あたくしも、果たし合いなんてことをするよりも、その方が和平的だと思いますわ。」

斉藤:「じゃあ、一人ずつ自分のやりたいように演じてみましょうか。せっかくなので、発案者の依田さんから。」

依田:「え、私…?そんなぁ、無理ですよぉ…。」

二尊院:「自信を持ってくださいまし。あなたは主役になりたいからここにいるのでしょう?それを思い描くだけでよろしいのですわ。」

斉藤:「そうですよ、好きにできるんですから、なりたい自分になったらいいじゃないですか。」

依田:「ありがとぉ、ございます…。では、こんな風な、お話で…。」




依田:「あの、急に呼び出したりして、どうしたんですか…先輩。」

二尊院:「ごめんあそばせ、急にお呼び立てして。あなたにどうしてもお伝えしたい事がございますの。」

依田:「なんですか、伝えたいことって…。」

二尊院:「今度の公演、ヒロイン役、譲って下さりませんこと?」

依田:「ちょっと、待ってください。譲るってどういうことですか。…そもそも、なぜ私が主役になるって知っているんですか…。まだ誰にも伝えられていないはずなのに…。」

化野:「僕が聞いちゃったんだよネ~、部長と君が話してるのをサ。「次のヒロイン役は、君以外には任せたくないんだ」なんて、随分クサいセリフ言われたもんだよネエ。くさやかドリアンくらい臭いよネエ。だからなんかムカムカしてサ、ついゲロっちゃッタ。」
 
依田:「そんな…。」

二尊院:「貴女如きがそんな…そんな甘やかなお言葉をその小汚い耳に入れる名誉を賜るなんて!!あの舞台で!あの場面で!愛の睦言を囁かれるのはあたくしですの!!あたくし以外には有り得ませんの!!王子の言葉を聞いて然るべきなのは、『演劇部のプリンセス』たるあたくしですのよ!!」

依田:「私にそんなこと言われても、これは部長がきめたことですから…。」

稔土:「おい、お前ら、何やってんだ?そろそろミーティング始めっぞ~。」

化野:「あ、先生、すぐ行きまース。」

二尊院:「…不遜(ふそん)ですわ…!絶対に赦(ゆる)しませんことよ…!あたくしには力がありますのよ!貴女のような貧乏人、どうとでも、」

斉藤:「どうしたんだい、二人とも?」

二尊院:「ッ!さ、斉藤先輩…。」

斉藤:「行かないの?ミーティングって言ってたよ。」

二尊院:「ッ…覚悟してらっしゃい…。」

斉藤:「…行ったね。」

依田:「…は、はいっ…。そ、そうですね…。」

斉藤:「…僕は…もう…依田さんがいないと…舞台に立つ意味がわからない…。いや、演劇部に居る意味がないんだ!」

依田:「そ、そんな…っ。私なんかに…どうして…。」

斉藤:「『なんか』じゃないっ!」

依田:「あっ…手…手を…。」

斉藤:「…僕にとっては、依田さんは、真の…プリンセスなんだよ。」

依田:「…斉藤…先輩…。」

斉藤:「…必ず…君と…。最後の…。」

稔土:(ナレーション)「近づいていく顔。夕暮れの廊下、二人は茨(いばら)の道を共に歩む覚悟を決め、静かに…。」

【私だけの靑蓋十字軍】


稔土:「ちょっと待てゴルァ!!!」

依田:「な、なんですかぁ?」

稔土:「『な、なんですかぁ?』じゃねえ!!なんで最後シレッとナレーションさせてんだよ!俺に!」

依田:「え、だ、だってぇ…出番ほとんどないしぃ…少女漫画お好きだって言うからぁ…喜んでくれるとぉ…思っ、てぇ…。」

稔土:「喜ぶだあ?!本気で言ってんのかあああ!!!」

斉藤:「ちょっ、ちょっと稔土さん!!やめてあげて下さい!!依田さんが死んじゃう!!恐怖で!!」

二尊院:「そうですわ!ええいっ、手をお離し下さいましっ!仮にも乙女ですのよ!」

稔土:「乙女だぁ!?俺の心の乙女をここまでコテンパンにしてくれといてよく言うよ!!」

依田:「ひいいぃ!!サラッと気持ち悪いいぃ!!」

斉藤:「…依田さんって実はタフでしょ?まあ、確かに…この内容はいくらなんでもねえ。『プリンセス』って…。言ってて歯が浮く思いでしたよ。」

化野:「ボクは聴いてて耳が浮いたけどネ。」

二尊院:「どんなですのよ!」

化野:「ア、そうだ、二尊院サンにも何か言わせりゃいージャン。ホラ。ケイケンになるヨ〜。」

二尊院:「…あ、あたくし…。あたくしこんな喋り方しませんわ!」

斉藤:「そこ!?」

化野:「…ハ〜イ、よく言えまシタ〜。ひゃくテ〜ン。」

二尊院:「やりましたわ…!一矢(いっし)報いましたわ!」

斉藤:「最早何が目標なんだか…!」

稔土:「いいか依田、よく聞けお前、話を作る上で大事なのはストーリーだけじゃない、キャラの魅力もなんだ!サブキャラの魅力があってこそ、漫画は長期連載に耐えうるんだよ!初めて!!!」

依田:「ふひゃっ…はへぇ…???」

稔土:「てか肝心のストーリーもやばいくらいペラペラだな!!紙じゃん!!」

依田:「そ、そこまで言わなくてもぉ…。」

化野:「まあ、ここだけかもしんないジャン?このコの事だから全編こんなポンコツクオリティなんだろうし普通に引いてるケド。てかボクって依田…サンの中ではこんな嫌味なキャラなンダ。ちょっと依田…サンとは距離置こうカナ〜。」

依田:「そ、そんな、化野さん!」

化野:「えーッ?誰?キミ会った事あったッケ?はじめまシテ〜?」

依田:「ううっ…皆さん寄ってたかってひどいじゃないですかぁ……。私が採用された暁にはさっきのシナリオに出演して貰おうと思ってたのにぃ…。」

斉藤:「申し訳有りませんが、皆さんはそれを聞いても、先程ダメ出ししたことを反省しようとはならないと思いますよ。」

依田:「ええっ?じゃ、じゃあ、どうすればいいんですかぁ…?」

稔土:「…はあぁ…しょーがねーなあぁ。じゃあ今から俺が見せてやるよ。『私だけの靑蓋十字軍(スルマン・ド・モワ・ラ・クロワザー・ド・アズール)』みてえな、真の少女漫画ってやつをよぉ…!」

二尊院:「ですから、振り仮名多すぎですわぁ!?」



稔土:「今度のコンクール、ソロ候補は…二尊院!」

二尊院:「当然です。わたくしにはそれだけの力が有りますもの。」

稔土:(モブ1)「二尊院さん、流石だわぁ!」

化野:(モブ2)「入部以後ずっとソロを独占し続けてらっしゃるんですものね!物心ついた時からフルートを口に当ててらっしゃったって話よ!」

稔土:(モブ1)「それに比べて、依田さんときたら…。」

二尊院:「……。」

(廊下にて。外に立ち尽くす依田)

二尊院:「依田さん。」

依田:「ハッ…。二尊院さん…。」

二尊院:「如何なさったの?その格好…。」

依田:「…な、何でも有りません!」

二尊院:「冗談はよして。貴女、そんな程度の事でこたえるような器ではないはずだわ。それとも…わたくしの見込み違いかしら。」

依田:「そ、そんな…。それは、違います!」

二尊院:「じゃあ、わたくしと同じ舞台で戦ってから負けなさいな。不戦勝ほどの屈辱は無くってよ。」

依田:「ハッ…。」

二尊院:「コンクール。ソロパート選出品評会。そこで待つわ。必ず…いらして。」

(去っていく二尊院。見送る依田)

依田:「…私は…でも…。」

稔土:「依田くん?」

依田:「ハッ…!ネ、ネ、ネン…。」

稔土:「…その格好は…ッ!ゲフッ!」

依田:「稔土先輩ッ!?発作が出たの!?」

稔土:「…ハァ、ハァ…。そんなに非道い(ひどい)格好…。僕の可愛い依田くんに…。そう思うと、つい、ね…。」

依田:「…ごめんなさい、稔土先輩…ッ!私のせいで、部活も、先輩も、生死の境を彷徨う羽目に…ッ!おまけに、こんな、格好じゃ…ッ…。フ、フルートもッ、こんな…ッ、こんなッ、これじゃッ、あたしッ…。ヒグッ…。」

稔土:「……依田ッ!」(抱き締める)

依田:「!?や、よしてくださッ、きたないですッ」

稔土:「俺が…ッ、俺が不甲斐ないばかりに…ッ!こんな…ッ…。」

依田:「…稔土…先輩…。」

(間)

斉藤:「作戦は…うまくいったようだね、化野君。」

化野:「…依田さ…依田の、居ない隙をついて、楽器と、本番の衣装を、堆肥(たいひ)に埋める…。」

斉藤:「そうだ!ククク…見たかね、化野君!あの女が廊下中に腐敗臭と汚物をまき散らしながら歩くところを!いやはや…実にケッサクだった!これで、今度こそ吹奏楽部の命運(めいうん)も尽きたに相違(そうい)ない!」

化野:「会長…。僕は、あなたが、恐ろしい。」

斉藤:「何だと…?君は、私の方針に文句があると言うのかね?」

化野:「ッ…!いえ…。」

斉藤:「フッ…。君は、随分と依田に肩入れしているようじゃないか。」

化野:「それは…!違います!依田ごときを始末するのに、稔土先輩までも巻き込まなくともと…。」

斉藤:「フハハハハッ!そうか!なるほど!しかし…可哀想だが、稔土は依田と関わったことを運の尽きと思ってもらわねばな。さて…最後の仕上げだ。化野、行きたまえ。」

化野:「はっ…!」
化野:(僕は…どうすればいい…?依田君の懸命な頑張りは、会長の私怨(しえん)に絶たれてはならないのに…!アア…稔土先輩…。僕の偉大なる友よ…。どうか力を…。

稔土:(ナレーション)「それぞれの葛藤と愛と憎しみが、次のコンクールで絡み合う!暮射弧音(ボイコネ)学院の窓辺には、最後の一葉(ひとは)が揺れていました…。」

【一番美しいもの】


稔土:「よし、完璧!」

斉藤:「ごめんなさい、どのへんが!?」

稔土:「あん?完璧だったろ?少女漫画の基本構造はちゃんと抑えてるしな。」

二尊院:「それは、そう…かもしれませんけど…。」

依田:「世界観が…そのぉ…ちょっ、と…。(小声)私…ずっとゴミまみれだし…。」

化野:「だよネ。何コレ?いつの少女漫画?」

稔土:「少女漫画の全盛期の頃だけど。」

化野:「なんでボクとオマエが裏声で喋ってルワケ?」

稔土:「少女漫画に説明モブは必須だろ?」

二尊院:(小声)「化野さん抑えて!口調がやさぐれてきてますわよ…!」

化野:「あ、ソウ?ごめんネ~。」

斉藤:「僕の性格、最悪じゃないですか…。」

稔土:「そりゃあ、お邪魔キャラってのは必須だしな。」

二尊院:「ああもう!あたくしも早くヒロイン演りたいですわっ。なぜいつまでも依田さんがヒロインですのっ。」

稔土:「使いにくいからに決まってんじゃん!はーあ…。仕方ねえから、次はお前でいいや。」

二尊院:「いよいよですわね。あたくしが夢のあるストーリーをお見せしますわ。」



二尊院:「はあ…退屈で仕方がありませんわ。この王宮から一歩も出られないのですもの。」

依田:「致し方ない事でございますよ。姫様は、いずれこの国の主導者におなりあそばす、大切なお方なのでございます。我慢なさってくださいませ。」

二尊院:「それくらい、分かっていてよ。だけど、ここが終の棲家(ついのすみか)だなんて。」

斉藤:「私は騎士の矜持(きょうじ)に賭けて、姫様をゆめゆめ退屈させませぬ。」

二尊院:「あなたはただ黙ってそこに立っているだけじゃないの。幼い頃からずっとそう。何かおもむき深い事をしてくださらないの?」

斉藤:「それは、うーむ…。」

稔土:「あー、いたいた。ひい様、庭の手入れが終わりやしたぜ。花が咲き乱れてきれいでごぜえますから、また見に来てくだせえ。」

二尊院:「大儀(たいぎ)なこと。随分と早かったのね。さすが国一番の園丁(えんてい)だわ。」

稔土:「へへっ、ありがとうごぜえます。…あれ、その花瓶の花…。」

二尊院:「ああ、あなたにこの前いただいた花ですのよ。枯れてはならないから。」

稔土:「へへへ…そうですかい。ひい様に後生大事にしてもらえるたあ、その花は、くに一番の幸せ者ですなあ。」

依田:「稔土様、恐れ入りますが、姫様のお部屋に泥を持ち込むのは看過(かんか)しかねます。」

稔土:「おお、こりゃ失敬。ただいま洗って…おっと!」

化野:「ちょっと…気をつけておくれ。」

稔土:「へえ、すいやせん。なんせ図体ばかりでかいもんで…。」

化野:「…おや、僕の事を誰だか知らないと見える。」

稔土:「誰って……もしや!」

依田:「隣国の王太子殿下ではございませんか。ご無礼仕(つかまつ)りました。」

化野:「まあよい。僕はそなたの国よりも広い心を持っているゆえ。」

二尊院:「…それで、その寛大な王太子殿が、いかようなご用件ですの?」

化野:「おや…先日の夜会で申し上げたでしょう。「この世界全てを80日で見て回ろう」と。言葉通り、迎えにきたのですよ。さあ、参りましょう。」

依田:「お待ちくださいませ!王太子とてそのような…。」

化野:「あの時の言葉、忘れたとは言わせないさ。「まるで夢物語」だと言ってきたじゃないか。さあ。」

二尊院:「…まるで夢物語だわね。」

稔土:「待ちな。ひい様は俺がずっとお慕いしてるんだ、いきなり現れたヤツに渡すわけにはいかねえ!夢に帰りな、「王子様」!」

斉藤:「なんですと…!これは私が姫を守るしかないようだ!姫、私と…。」

依田:「あなたたちまで!」

二尊院:「よろしい。では、こうしましょう。一番美しいものを持って来た方が、あたくしの結婚相手です。」

依田:「姫様!」

二尊院:「あら、あたくしのことを理解していれば、訳ないことではなくって?では、いってらして。皆さん。」

(間。全員が退室)

二尊院:「ふふっ…熱心だこと…。これで少しは退屈せずに済みそうね。」

(数日後)

化野:「ただいま戻りました、姫!これを…。」

二尊院:「あら、ダイヤ?」

化野:「そう。我が国でのみ産出する貴重なダイヤさ。…お受けいただけますね。」

二尊院:「いいえ。宝石は毎日着けさせられてますもの。今更どうということもなくてよ。」

稔土:「じゃあ、こりゃどうです?庭で一番きれいな薔薇、しかも深紅のを一本。「美しいあなたしか見えない」って花言葉でさぁ。さあさあどうぞ…。」

二尊院:「確かに綺麗ね。けれど、いつか枯れるものじゃないの、花なんて。好きだけれどね。…花の部分だけで結構よ。枝は貴方に返すわ。」

稔土:「「あなたの不快さが私を悩ませる」…そんな!」

二尊院:「はあ…。これで全部ですの?」

依田:「おや?足音が…。(勢いよくドアが開く)ひええっ!」

斉藤:「はあっ…はあっ…申し訳ございませぬ、姫様!大変手間取ってしまい…。こちらをどうぞ!」

二尊院:「まあ…なんて美しい…。ただの布地のはずなのに、まるで光をまとったようですわ。このレースの繊細なこと…。」

斉藤:「ボイーコネの森の最深部の、化け蜘蛛の糸で編みあげたドレスにございます。一番美しいものと聞いて、直ぐに思い浮かんだのは良いのですが、なにしろ大変希少なもので、私の懐ではとても賄えず…。」

化野:「…自らあの蜘蛛を討伐し、糸を採ってきたというのか!」

斉藤:「それだけではございませぬ、ドレスに仕立てたのも、この私めにございます!…私の思いを、お分かりいただけましたか?姫、私は、幼少のみぎりより、ずっと貴方を…。」

二尊院:「まあ、そんな…。」

依田:「ああ、姫様…!」

二尊院:「…お断りしますわ。」

斉藤:「……え?」

二尊院:「ですから、お断りします、と申し上げたのです。」

斉藤:「あの、完全に私になる流れでは…。」

二尊院:「蜘蛛の糸?あなたが仕立てた?幼少のころから私を?ああ、おぞましい、おぞましい!貴方がそんなに執念深いだなんて知らなかったわ。第一、貴方とあたくしでは何もかも不釣り合いではなくて?貴方だけではないわ、今まで頂いたもの、いえ、今ここにあるもの、全てが不釣り合いよ!」

稔土:「じゃあ何か?ひい様が最も美しいと思うものってえのは…。」

二尊院:「あたくしの事に決まってましてよ!あたくしよりも美しいものがあるなら、ぜひ目にかけたいから持ってくるように頼んだのに…ダメね。」

【怪盗参上!】


斉藤:「ストーーップッ!」

二尊院:「あら、どうされましたの?」

斉藤:「なんですかこれ!僕らのライフはもう0ですよッ!」

依田:「全然、そのう…夢がないですよね。(小声)口調難しすぎるよぉ…。」

稔土:「いくらなんでもワガママ過ぎだろ、この姫様は。リスナーも嫌がるって。」

化野:「ストーリーもなんか見た事あルんだよネー。どーせこの後月に帰って終わりなんデショ?やっぱ現代アートじゃナイノ。ボクとしては最速で不幸になるまでのRTAやってほしいナー。」

二尊院:「そこまで仰るなら、全員の喜ぶ話に出来るんですのよね?なら今度はあなたがやってくださいまし。」

化野:「ボクを誰だと思ってルノ?見てナッテ!」




稔土:「犯行時刻まで…あと10分だ。警備に異常はないか?」

依田:「ハッ、問題なく!」

稔土:「怪盗ヨーダめ…今度こそひっ捕らえてくれる!」

化野:「ネーネー館長サン、そのダイヤ、記念にちょっとだけ触らせてもらえナイ?」

稔土:「バケノ!貴様…。」

二尊院:「あら、いいじゃないですか。もう少し時間もありますし。」

稔土:「し、しかし…。」

化野:「ヤッター!こんなモノ滅多に観られるモンじゃナイからネ!じゃ、男場(おとこば)、いやいやお言葉に甘えて…。」

斉藤:「バケノ!いい加減にしろ!」

化野:「ア、刑事さんもいる?」

斉藤:「いるかっ!「森のわがまま姫」を何だと思ってる!世界の至宝なんだぞ!」

化野:「しっかし何回聞いてもふざけた名前だよネエ、元が何語か知らないケド。マジメな刑事さんの矜持の為にも、そろそろ返しとクヨ。ハーイ。」

依田:「ちょっ、投げっ…!」

斉藤:「…警部。もうそろそろ犯行予定時刻です。」

稔土:「ああ、頼むぞバケノ…と素直に言いたい所なんだが…。」

化野:「エエーッ、安心して頼んジャッテ下さいヨー。なんなラ、警部さんたちモ帰ってもらって構わナイのニー。」

稔土:「…ったく…警察をなめおってからに…。」

斉藤:「予定時刻を過ぎましたよ?館長さん…。」

二尊院:「そうね。ダイヤはこの通り、ケースの中です。」

斉藤:「本当に来るんですかね?ひょっとして怖気づいたんじゃ…。」

稔土:「いや、ヤツに限ってそんなことはない!」

化野:「あるいは、もうとっくに来ていル…。」

依田:「ッ…!そこのダイヤは偽物ってことですか!?」

二尊院:「えっ!そんな!嘘でしょう!?ケースの鍵を!早く!」

(ケースを開ける音)

依田:「ど、どうですか…?」

二尊院:「…問題ないわ。ダイヤは無事。本物よ!」

依田:「そう。ならよかったわ。」

全員:「ナニッ!!」

二尊院:「キャッ!」

稔土:「おい、依田はどこだ!ダイヤが!」

斉藤:「くそっ!どこだ!」

依田:「あーっはっはっは!揃いも揃ってバカばっかりなのね!大丈夫?この国♡」

斉藤:「あっ、あそこ!二階の窓に!」

稔土:「逃がすな!追え!追えー!」

依田:「あっは!ここまで来て御覧なさいな!」(外へ飛び降りる)

稔土:「追えー!今度こそ逃がすな!」

化野:「警部サン!ボクの事忘れてナーイー?ネーネー刑事さんボクが行きタイー!」

斉藤:「くっ…!仕方ない…!行ってこい!」

化野:「ワンワン!キャハハハ!」

斉藤:「どいつもこいつも警察をなめやがって…!」

(外)

依田:「ほーんと、警察もバカ、探偵もバカ。…バカばっかりで張り合いがないわ。」

化野:「全く同意するよ、女怪盗さん。」

依田:「ッ!?」

化野:「ただし、オレは除いて貰うよう頼むぜ。」

依田:「…あら、なぜ貴方だけここに?」

化野:「怪盗ってのは、脱出ルートの探索には余念がないんだよな。アンタ、見回りに熱心なのはいいけどさ、一週間前から毎日ってのはそりゃ目立つぜ?」

依田:「あら…。じゃあ言わせて貰うけど、貴方、なぜ私に協力してくれたの?」

化野:「ん?なんのこと?」

依田:「とぼけたって無駄。貴方よ?館長をケースに向かわせる、私の発言を促したのは。」

化野:「なるほど?」

依田:「貴方の「もうとっくに来ている」そして私の「ダイヤは偽物」…この二つの発言がなければ、 館長はケースに向かわなかったわ。」

化野:「ふーん…。」

依田:(銃を取り出す)「ホールドアップ。…貴方、私に取り入る気なのね?おあいにく様。そんな安い女じゃないのよ、私。」

化野:「…ハッ、じゃ言わせて貰うが、オレの本当の名を知らねーな?」

依田:「知らないわ、「バケノ」さん。無名のバカ探偵なんて…。」

化野:「 手元見てみろよ?」

依田:「…!な、そんな、嘘!私のダイヤが…。」

化野:「ひゃはっ、ま、「普段の仕事」じゃ顔なんか見せないし、知るはずねーか!」

依田:「なっ…!その姿は!」

化野:「そう、「怪盗カルヴェロ」とは俺の事だよ。お見知り置きを、マイン・シュヴェスター?」

【ごく普通のありふれた一日】


化野:「ホーラ、チョット手を入れりゃコンナもんサ!どうヨ?コノ鮮やかな語り口!」

斉藤:「ちょっと待ってください!」

化野:「ん?ナニ?これ以上文句つけル気?」

斉藤:「銃向けないでください!文句もなにも、何勝手に展開変えてるんですか!」

二尊院:「そうですわ。貰った台本だと、依田さんがダイヤを盗んで、それを探偵の貴方が偽物にすり替えてましたのに!怪盗カルヴェロなんて聞いてませんわっ。」

斉藤:「大体なんですかカルヴェロって!今まで全員、名前からそのまま役名をつけてたでしょう!どっから来たんですか!」

化野:「エー、トリックスターと言えば道化師じゃナイ!チャップリン知らないノ?」

斉藤:「名前しか知りませんし、興味もありませんっ。」

依田:「え、えーとぉ…私は、いいと…思ったけどなぁ…。」

化野:「そりゃ、キミがここマデ実質主役だからじゃないノ?ざぁぁんねぇぇぇん!コレ以降はボクが主役だもんネー!」

依田:「ええぇえぇえぇ!!そ、そんなぁ、わざわざ言わなくてもぉ…。」

稔土:「おい、そりゃねえだろう!あんな思わせぶりな外国語使っといて!」

化野:「イヤイヤ、意味深な外国語はミステリーに必須でショ!それに、ちゃんと意味があるンだヨ!しばらくすると解き明かされる事になってるノ!依田サンは主役じゃないケド、準主役だシ…。」

依田:「どうせ私は噛ませ犬なんです…。」

化野:「話聞いてた?」

斉藤:「と、ともかく、自分の事しか考えてない展開の仕方はやめて下さい…。」

化野:「…ハア。ジャ、アンタがやってみレバ?」

斉藤:「…分かりました。では、僕がやってみせましょう。」



斉藤:「えーっと、忘れ物はないかな、っと…。」

依田:「あなた、印鑑忘れてるわよ。今日使うんでしょ?」

斉藤:「ああ、そうだった。ありがとう。」

依田:「気をつけてね。いってらっしゃい。」

斉藤:「今日は会議で遅くなるかもしれないから、先に寝てくれて大丈夫だからね。」

依田:「ううん、待ってる。あなたと少しでも一緒にいたいもの。」

斉藤:「そ、そうかい…?じゃあ、いってきます。」

(会社)

斉藤:「も、申し訳ございませんっ…!」

稔土:「あぁ?ゴメンで済んだら罰則はいらねえんだよっ!」

斉藤:「本当に、なんとお詫びをしてよいやら…。」

化野:「丁寧に詫び入れてもろて有難いんどすけどなあ、こっちはこんだけ損失が出てますのや。頭下げたら許して貰えるて思い込んどるような、ノーテンキな人のやっすい詫び一つでは引き下がれへんのどす。」

二尊院:「あ、あの、そのミスは私が…!」

斉藤:「二尊院さん、いいから。」

二尊院:「で、ですが…。」

稔土:「で、どう落とし前をつけるつもりなんだ?さっさと答えろ。」

斉藤:「…分かりました。責任をとって、僕は辞職します。」

二尊院:「ちょっと、係長っ…!」

化野:「はーん、あんたはんのクビ一つで、今回の損害が賄えると?随分高いクビどすなあ。持ち主はミスなんか一つもしいひんような、よお出来たヤツなんやろなあ?」

斉藤:「…私の退職金で、損失分を補填(ほてん)いたします。」

稔土:「ほお、それでお前はいいのか?」

斉藤:「はい、私はそれで…。」

稔土:「テメエじゃねえ。そっちのアンタに聞いてるんだ。」

二尊院:「…私、ですか?」

稔土:「そうだ。本当に、お前はそれでいいのか?」

二尊院:「…いえ、よくないです。今回のミスは、私がやったことです。なので、辞職して責任をとるのは、私です。」

斉藤:「二尊院っ…。」

二尊院:「いいんです。私の責任ですし、それに…係長は奥さんもいらっしゃいます。私に責任をとらせてください。」

斉藤:「お前…。」

稔土:「…もういいよ。」

二尊院:「え?」

稔土:「なんかこっちが悪者みたいじゃねえか。こんな流れでやめられても、こっちが胸クソ悪くなるだけだ。」

化野:「…本気で言うてはりますのん?そんなん、こっちは骨折り損やないですか。」

稔土:「いいじゃねえか。その分仕事で取り返してもらえばいいだけだろ?」

化野:「それは、そう…。」

稔土:「そういうことだから、これまで以上に利益を出さねえと、承知しねえからな。…ほら、帰るぞ、化野。」

化野:「は、はい…。」

斉藤:「…ふう~~~っ。なんとか収まったな。」

二尊院:「そうですね…あの、係長。」

斉藤:「なんだ?」

二尊院:「さっきは…ありがとうございました。」

斉藤:「気にすんな。部下の失敗は上司の失敗だからな。それよりも、失敗した分、ちゃんと取り返すんだ。気合い入れていくぞ!」

二尊院:「はい!」

(間)

斉藤:「はあ、疲れた…。結局こんな時間になっちゃったな。もうすぐ日付変わるじゃん。もうあいつも寝てるだろうな。…ただいまぁー。」

依田:(寝息)「すー…すー…。」

斉藤:「やっぱり寝てるよ。まあ、テーブルで待っててくれたんだろうけど…あれ?なんだこのケーキ。カードもある…『これからも、よろしくお願いします』…?」
斉藤:「…そっか。今日、結婚記念日だったな。悪い事したな…。」

依田:(寝言)「んー…あ、なた…。」

斉藤:「こんな俺を、愛してくれて、ありがとう…。こっちこそ、これからもよろしくな。」

【休憩】


斉藤:「どうです?これなら文句ないでしょう!」

稔土:「は?」

二尊院:「なんですの、このお話は…。」

斉藤:「普通の会社員の一日を描いたつもりですが…。」

稔土:「こんなヤクザみたいな客はいねえだろ、「普通」!」

化野:「それニ、ボク関西弁キライなんだよネ~。肌に合わナイし、トラウマってカンジ?」

依田:「私も、もっと不幸にして貰いたいですぅ…幸福過ぎて落ち着かない…。」

二尊院:「あたくしだって、役の中とはいえ、誰かに恩を売られるのはイヤですわ。」

斉藤:「じゃあ、どうすればいいんですか?全員もう発表しちゃいましたよ?」

依田:「うぅ、まとまらないぃ…。」

二尊院:「このまま話し合っても埒があきませんわよ!多数決でいきます?はいじゃあ二尊院のシナリオが良いと思った方!」

稔土:「なんで自分の分の投票を募るんだよ!」

二尊院:「あら、あたくしはあくまでも代表委員として募っているだけですわ。」

斉藤:「はいはいもうそこまでにして下さい!僕はさっきの二本で疲れました。皆さんも五本もシナリオやって疲れてるでしょう?ここで一度休憩して、お茶でも飲みましょうよ。」

二尊院:「そうですわね、ここは一旦休戦といたしましょう。」

依田:「私も、さすがにちょっと…疲れてきました。」

化野:「えー、でもォ、最初に敵同士って言ってたデショ?呑気にお茶なんかしていーノォ?」

斉藤:「…まあまあ、少しくらいはいいじゃないですか。睨みあうばかりだけではなくて、お互いのことを知るのも重要だと思いますよ?」

化野:「ソォ?じゃア…。勝手にすれば?」

斉藤:「では、皆さんの分のお茶を僕が出しますね。……はい、どうぞ。」

二尊院:(お茶を飲む)
二尊院:「はぁー…やっぱりお茶をいただくと、落ち着きますわね。」

稔土:(お茶を飲む)
稔土:「よく言うぜ、さっき出来たばっかのキャラのくせによ。茶を飲むなんてシャレた趣味はねえけど、こういうのも悪くはねえかもな。」

依田:(お茶を飲む)
依田:「そうですよね…飲んでみると、心が落ち着くというか…だんだん…」

二尊院:「眠く、なって、きました、わ…」

稔土:「おい、まだ終わって、ねえ、んだ…。お前ら、寝るんじゃ……」

【メンテナンス】


斉藤:「……やれやれ、ようやく静かになりましたね。」

化野:「はっ、塩だと思わせといて、やっぱり毒だったわけか。」

斉藤:「…飲まなかったんですね、お茶。」

化野:「あたりめーだろ?あからさまに怪しいんだよ。」

斉藤:「…なぜ、そう思われたんですか?」

化野:「テメエ、最初に言ってただろ?「馴れ合いはよくねえ」って。テメエの常識じゃあ、馴れ合おうとしてなかったヤツが「お互いのことを知るのも重要」なんて言って、突然お茶すんのかよ。随分平和な世界に生きてんだなぁ。」

斉藤:「…今からでも遅くないので、飲んでいただけませんか?」

化野:「なぁんでオレがテメエに命令されなきゃなんねえの?しかも睡眠薬盛るようなヤツにさぁ。…オレはプロの嘘つき、番狂わせのトリックスターだっつったじゃん。『プロ』相手にいつまでもしらを切れると思うなよ、『素人』が。」

斉藤:「………ふふっ、うふふふ…ふははははははははははっ!!」
斉藤:「…おかしいなあ。不自然な言動はしていないつもりだったんですけど。貴方の方がよっぽど不自然でしたよ。」

化野:「「不自然な言動」ね。総合点だと、確かに俺の方が上回るわな。人畜無害ぶりも、適度な気配りも、あとツッコミも。「凡人役」なら百点以上じゃねえの?オレっちもすっかり騙されちゃった~。ひゃはは!」

斉藤:「…っ!」

化野:「…アンタ、これまで欺瞞(ぎまん)だの讒言(ざんげん)だのにも縁が無かったんじゃねえ?猜疑心(さいぎしん)なんて、抱いたこともなかった。…人を、何の疑いもなく、心から信じることが出来てる。」
化野:「さっきのお茶だって、全員が引っかかる、って信じて疑わなかったんだろ?まず、稔土は飲まない可能性があった。案外思慮深いんだぜあいつは。バカがつくくらいのお人よしで、断れない性格だけどな。依田もそうだ。あいつはそれこそ猜疑心(さいぎしん)の強い性格で、掛け値なしの好意ほど疑うところがある。…その設定を自分で忘れちまうくらい、どうしようもねえアホだけどな。」
化野:「そうでなくても、オレが騒いで止めたりすることも出来たんだぜ。「疑り深い性格のヤツがいて飲まない」「気づいたヤツが飲まないように言う」ざっと考え付くだけでも、これだけある可能性を考慮しないんじゃあ、しょせん素人だな。」

斉藤:「…だったらどうだって言うんです?「オレの方が上手だ」って勝ち誇って、僕を蹴倒して、主役に踊り出ますか?」

化野:「主役?はっ、興味ねーよ。オレはみんないなくなった所に一人残って、真実を知るチャンスを持つのが好きなだけ。「なんでここまですんのか」それさえ教えてくれりゃ、俺も大人しく引き下がるよ。」

斉藤:「……言われたんですよ。「お前は俺の分まで生きてくれ」って…。」

化野:「…。」

斉藤:「だから、僕は主人公になって、あいつの分まで生きなきゃならないんだ…!そうでないと、彼が本当に忘れられてしまう、から……。自分もいつか忘れられて、捨てられて、しまうから…っ!」

化野:「……へー。そんだけ?」

斉藤:「なに…?」

化野:「過去に縛られ続ける「キャラクター」ほど見苦しいもんもねーな。はーあ、つまんね。」

斉藤:(化野の胸倉をつかむ)「ふざけるな…!元々お前みたいなふざけたヤツは、大っ嫌いなんだ!あのお茶には、お前の分だけ毒を盛ってやったのに!飲まなかった!トリックスターはいつだってそうだ!いつもいつも邪魔ばかりしてきやがって…!」

化野:「ふーん、運のねえヤツ。」

斉藤:「何を…っ!」

化野:「トリックスターってのは、「職業」なんだよ。オマエはヒトの職業にケチつける気なのか?「神様」は、「世界」は、俺たちが必要だから作ったんだ。で?アンタはどうなんだ?なぜここに居る?必要とされてるからじゃねえの?」

斉藤:「…!」

化野:「必要とされてるから「キャラクター」がここに居るとして、後ろばっか向いてるヤツは必要とされると思うか?変わろうともせず、後ろ向きなモチベーションでひたすら暗い目標に向かって暗い気持ちを募らせていっている…。そんなヤツが衆目(しゅうもく)を惹(ひ)いて重宝されると思うか?」

斉藤:「…。」

化野:「ま、そういう事だな。過去にばかりこだわってたら、本当に一人になっちゃうよ。周りで手を差し伸べてるヤツの存在も、きちんと認識しといた方がいいぜ、って…」

斉藤:(さえぎって)「そんな事はわかってる!」

化野:「…へえ。」

斉藤:「…わかってるさ…。手を差し伸べてくれる人がいるのも知ってる…。けど…。忘れちゃいけないんだ…。僕はあいつの為の復讐をしなくちゃならないから…。」

化野:「…わかんねーヤツだな…。そういう事って、四六時中考えてる必要あるわけ?」

斉藤:「ああ…。そうさ…。僕にとっては、そうなんだ…。だから、仲良くなったキャラクターも、蹴落としていってる…。今みたいに…。」

化野:「…。ま、そこまで言うなら、強要はしないよ。」

斉藤:「へっ?」

化野:「だぁからさ、「思う存分やれば?」って言ってんの。何もかも投げ棄てて、復讐鬼になるって生き方もありなんじゃない?納得いってるならね。」

斉藤:「…。」

化野:「アンタ、さっきから聞いてりゃ、世界で大変な思いをしてるのは自分だけ、とでも言いたげだけどさ。「キャラクター」たちはそれぞれ、感情も思考もある。となれば当然、思い思いの想いを抱えてるよな。そん中には重いのも居る。…オレの『知り合い』にもな。」

斉藤:「…抱えているのは、あなたも同じじゃないですか?」

化野:「『知り合い』の話だよ…。ま、オレは下りるわ。止める理由もねーし。」

斉藤:「…本当に、いいんですか?」

化野:「最初っからそう決めてるって言ってるだろ?行けよ、ほら。」

斉藤:「…ッ!」

(斎藤、去って行く。)

化野:「あ、そうだ。一つ、忠告しておくぞ!…って、居ないか。」
化野:「主役になるってことは、今まで蹴落としてきたヤツ全員の思いを背負っていかなきゃなんねーって事だ。まして復讐鬼になるなら、なおさらその肩は重くなる。復讐が終わった空の心には、この事実は「死の強迫観念」より重いかもしれないぜ?…」

(間)

化野:「あ、言い忘れてた…。オレの普段の口調、あれはどっかの「神様」の御意向だ。なぜだか、語尾やら何やらが、口から発した瞬間に書き換えられていくんだよな。」
化野:「…口調一つとっても、思い通りにならない世界。別れたくない人と別れ、言いたくもない台詞を言わされ、やりたくもない役をやる。」
化野:「ここで起こったことは、オrボクたちの、日常の一部に過ぎない。」
化野:「けれど…「キャラが作者に復讐する」tって事態が起こりつつある。」
化野:「さて、作sssカミサマ。アnキmmmm…「アンタ」は、どうする?」


?: (*月*日*時~ 当サイトはメンテナンス予定です。)


  《終》



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