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【短編小説・1人用朗読台本】無機質な世界より、アイをこめて。 ④Word

この作品は、声劇用に執筆したものです。
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以下のリンクも見やすくなっておりますので、ご参照ください。

https://taltal3014.lsv.jp/app/public/script/detail/4155

ある日、世界は私だけを残して、止まってしまった。
これは決して比喩ではない。文字通り、止まったのだ。
当たり前のように、目を覚ますと止まっていたのだ。
これは、そんな世界で生きた、一人の愚かな人間の手記である。

『アナタに、ワタシの気持ちが、分かりますか?』


【上演時間】
約10分

【配役】
ワタシ(男):この手記の書き手。時間が泊まった世界に生きている。
    ※性別変更可

生徒(男): 中学校の生徒。話すのは苦手だが、思いを伝えることを誰よりも大切にしている。
    ※性別変更可
    ※「私」と兼役

※このシナリオはシリーズ台本です。単体でもお楽しみいただけますが、シリーズを通してご覧いただいた方が、より楽しめるかと思います。



ワタシ:世界がワタシだけを残して止まってしまってから、一ヶ月。
ワタシ:だれとも話すことのできない生活にも慣れてきた。いや、元々慣れていたのかもしれない。
ワタシ:だが、ワタシはあれから、この世界であらがってみようと試みた。ケータイ、パソコンなどの通信機器が使えないものかと試してみた。テレビやラジオでなにか情報は得られないかと試してもみた。このようなことはまっさきにやるべきなのだろうが、ここにきてやっと、ワタシはあらがい始めた。
ワタシ:けれども、いずれもかんばしい成果は得られなかった。順調に続いていることといえば、こうして手記を書くことくらいだ。


ワタシ:なぜ手記なんぞ書いているのか。理由は三つある。
ワタシ:一つ。記録として残しておきたい気分になったから。
ワタシ:二つ。ひまだから。
ワタシ:三つ。言葉を使わなければ、わすれてしまうから。


ワタシ:この世界では言葉を発する機会がない。
ワタシ:なにせ、人と話す機会もなければ、文字に起こしてだれかに伝える機会もないのだ。
ワタシ:何もしていないと、本当に一言も発さず、一文字も書く機会がない。
ワタシ:ここ最近物わすれがひどく、言葉をわすれていってしまうのではないかと考えてしまう。
ワタシ:言葉をわすれた人間なんて、人間ではないと思う。もはやただのサルだ。それはさすがにまずいと思ったのだ。
ワタシ:だが一方で、受け取る相手がいないこの世界で言葉が必要とされないというのは事実である。
ワタシ:自分の心情や思考を伝達したいと思うからこそ、言葉がある。
ワタシ:だから一人の世界では、言葉を使わなくても生きていけるのだ。生きていくことが出来てしまうのだ。



ワタシ:近くの中学校へ行くことにした。この世界で生きている他の人間がいるのだとしたら、放送設備でよびかけられないかと考えたのだ。
ワタシ:外へ出る。やはり人々は止まっている。言葉をかけても応えないことは分かりきっているから、もう声をかけたりはしない。
ワタシ:もし、このままずっとだれとも話すことが出来ないとしたら。ワタシは正気を保っていられるのだろうか。
ワタシ:頭にそんな不安がよぎったが、わすれることにした。こういうときは、物わすれがひどくてよかったと思う。


ワタシ:中学校の放送室へ入り、機械をいじる。しかし、機械はうんともすんとも言わない。やはり使えそうにはなかった。

ワタシ:――はあ、やっぱりダメか…

ワタシ:予測していたことではあるが、落ちこまずにはいられなかった。

生徒:――あ…あ、の…

ワタシ:その声に顔を上げると、そこには制服を着た男子生徒がいた。体は小さく、うつむいて目を合わせようとしないその生徒に、ワタシは気弱な印象を受けた。

ワタシ:――君、は……

ワタシ:自分以外に動く人間を見つけられたことに、ワタシはうれしさとおどろきを感じた。特に、この男子生徒に出会えたことはとてもうれしいことのように感じた。

生徒:――な、なに、か。…こ、まっ…てる、の?

ワタシ:どもりながらカレはそう言った。話すことはあまり得意ではないらしい。だれかから心配されたのは、いつ以来だろう。

ワタシ:――…どうなんだろう。ボクにも分からない。何にこまっているのか、何にあらがおうとしているのか。そもそもあらがうべきなのか。分からないんだ。

ワタシ:カレは、不思議そうな顔をしてだまりこんでしまった。とても助けにはなりそうになかった。ため息をついて、ワタシは立ち上がった。

ワタシ:――ごめん。なんでもないよ。じゃあね。

生徒:――………ささっ、…さび…し、いっいの?

ワタシ:――…っ!

ワタシ:放送室から出ていこうとしたワタシに向かって、カレは言った。ワタシはカレの方へ向き直った。さびしい。そう言ったのか?

ワタシ:――さびしい…?ボクが?

ワタシ:カレはゆっくりとうなずいた。ワタシはその先をうながすように、だまってカレの言葉を待った。

生徒:――…ボっボクと、……おおっ、おんなじっ……。ボボっクも、…ひー…とり。

ワタシ:カレはこちらをチラリと見た。ワタシは、自分がさびしいだなんて考えたことがなかった。だがたしかに、ワタシはいつの間にかだれかに会いたいと、そう願っていた。これがさびしさというものなのだろうか。そのような感情さえ、ワタシはわすれかけていた。

ワタシ:――たしかに、ボクはさびしさを感じているのかもしれない。…キミもひとりなんだね。ボクがここに来たことに気が付いて、ここへ来たの?

ワタシ:ワタシがそう言うと、カレはブルブルと首を横にふった。

ワタシ:――じゃあ、なんでここへ来たの?

ワタシ:ワタシがそうたずねると、カレは言いづらそうにしていたが、こう答えた。

生徒:――…っアアっナウ、…ンサー…に、…なりったたいから…れっ、れん、しゅう……

ワタシ:――アナウンサーに、なりたいの?

ワタシ:そう聞くと、カレははずかしそうにうなずいた。どう考えても、カレにはむずかしい夢だった。しかし、そのことはカレも理解しているようだった。カレは『かつぜつ練習』と書かれた本を持っており、その本にはたくさんのふせんがはられていたのだ。

ワタシ:――…そうなんだ。せっかくだし、ボクもその練習に付き合っていいかな?少しは助けになるかもしれない。キミが夢をかなえられるように、毎日ここで練習をしよう。

ワタシ:カレは口を開けておどろいてみせた。その顔のままうなずいた。それがなんだかおかしくて、ワタシはくすりと笑った。



ワタシ:それから、ワタシとカレはアナウンサーになるための練習を始めた。カレのどもりはなかなか直らなかった。しかし、カレと練習する日々は、目的も持たずにただ過ごす日々よりも、気分の良いものだった。

ワタシ:――なんで、アナウンサーになりたいの?

生徒:――こと、ば、を。つたっえるのが、すき、だか、ら…

ワタシ:――…そっか。

ワタシ:この世界では、言葉を伝えるということはなくなるだろう。しかし、カレはそれでも言葉を伝えようとしている。その言葉で、カレはだれに何を伝えるのだろう。少し気にはなったが、ワタシはわざわざ聞くことはしなかった。しかし、それが分かったときにはもうおそかった。

ワタシ:ある日、ワタシはビデオカメラを持って放送室へ行った。練習に役立つだろうと思ったのだ。
ワタシ:ほどなくして、そこへカレもやって来た。

ワタシ:――やあ、今日は良いものを……あれ、いつも持っている本はどうしたの?

生徒:――…なく、した…

ワタシ:――そっか…。

ワタシ:カレがいつも大事そうに持っている練習用の本をなくした。引っかかりはしたものの、ワタシはそれ以上追求しなかった。

ワタシ:次の日。カレは目をケガしていた。
ワタシ:ワタシがどうしたのかと聞いても、ただ「転んだ」と言うだけで、それ以上のことは言おうとしなかった。
ワタシ:その次の日も。また次の日も。カレは姿を見せるたびに、ケガをしていた。
ワタシ:ワタシはさすがにカレを問いつめた。

ワタシ:――ねえ、本当にどうしたの?何があったの?

生徒:――…なにも、な、ない……

ワタシ:――こんなに毎日毎日ケガをして、何もないわけないだろう!ボクはキミの力になりたいんだ。だから…教えてくれよ。

ワタシ:カレは長い時間だまっていたが、目をそらした。

生徒:――…なにも、……な、い…

ワタシ:――っ!……そうか。ボクのことを信用してくれないんだね。ボクになんかたよりたくないんだね。なら、もうボクもキミのことを信用しない。…じゃあね。

ワタシ:ワタシはそう言い残すと、放送室を出ていった。カレの顔は、見なかった。



ワタシ:数日後、ワタシはビデオカメラを置いてきたことに気付き、取りにいくことにした。もうカレもいないだろうと思った。
ワタシ:放送室にあるはずのビデオカメラは、見当たらなった。カレもいなかった。
ワタシ:学校中をさがすと、屋上にカメラが置かれていた。それには一つの録画記録があった。


生徒:――…っあの。この、前はっ…ごめ、ん、なさい。キミ、に…心配、を…か、けた、くなっ、くて。言えっ…な、かった。
生徒:――…アナ、ウンサ―、っに…なるっ…ていっ、たら、…みんな、に…わら、われた…。イジ、めっ……られた。お、前…み、た、いな…やつっが…生きて、っても…ムダって…。死んっだ…ほう、が…マシだ、って……。
生徒:――…だからっ、…もう、おわ、かっれ…
生徒:――…キミと……話せ、て…よか、った…。
生徒:――あり、が、っとう……。さよ、な、ら……。


ワタシ:ビデオはそこで終わっていた。カレの笑顔だけを残して。

ワタシ:――…これが…これが。キミの伝えたかった言葉だったというのか…!

ワタシ:ワタシはそのビデオテープを持ち帰らずに、屋上に置いたままにした。



ワタシ:言葉というものは素晴らしいものだ。
ワタシ:自分の気持ちをだれかに伝えることが出来る。
ワタシ:だが、言葉を使う人間はどうだ。
ワタシ:相手の気持ちを理解することはできない。
ワタシ:相手をきずつけることしかできない。
ワタシ:だとしたら、もうだれにも関わらず、だれも信用せず、
ワタシ:ひとりで生きていくべきではないのか。
ワタシ:どんなに言葉にしても、ワタシの気持ちはワタシにしか分からない。


ワタシ:アナタに、ワタシの気持ちが、分かりますか?


                 《続く》


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