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【5人用声劇台本】バクとゆうやけ。

この作品は、声劇用台本として執筆したものです。
本作品を利用する際には、必ず下記の利用規約をご覧ください。

声劇で使用される場合、以下のリンクが見やすくなっています。


皆さんは、なぜ夕焼けが温かいオレンジ色になるのか、知っていますか?
ひょっとしたら、それは、一匹のバクの子どもが理由なのかもしれません。

【配役】
・バク(♂)……バクの子ども。
   ※「こども」と兼役
   ※性別変更可

・語り手……物語の書き手
   ※性別不問

・若ヤマアラシ(♂)……血気盛んなヤマアラシ
  ※「緑インコ」と兼役
  ※性別変更不可(演者の性別不問)

・青インコ(♀)……かわいいインコ
  ※「おかあさんバク」「おばあさんガメ」と兼役
  ※性別変更不可(演者の性別不問)

・おじいさんガメ(♂)……優しいおじいさん
  ※「おとうさんバク」「先生ヤマアラシ」と兼役
  ※性別変更不可(演者の性別不問)      


スペシャルサンクス:是(kore)様 (表紙作成)  



語り手:皆さんは、なぜ夕焼けが温かいオレンジ色になるのか、知っていますか?
語り手:ひょっとしたら、それは、一匹のバクの子どもが理由なのかもしれません。

語り手:(タイトルコール)『バクとゆうやけ。』

語り手:あるところに、バクの夫婦がいました。
語り手:バクというのは少し変わった動物で、皆さんが寝ている間に見る夢を食べて生きています。
語り手:その中でも悪い夢しか食べないものですから、バクの夫婦は他の動物たちからとても好かれていました。バクの夫婦はそうして他の動物たちの役に立てることに、とても誇りを持っていました。
語り手:ある時、そんなバクの夫婦の間に子どもができました。
語り手:夫婦はその子どもを、とてもとても可愛がりました。
語り手:しかし、その子どもには少し変わったところがありました。
語り手:そのバクの子どもは、夢ではなく、愛を食べなければ生きていけない体だったのです。

バク:「おなかがへったよう。なにかおくれよう」

語り手:バクの子どもは育ち盛りで、いつもお腹を空かせていました。
語り手:バクの夫婦はそんな子どものために惜しみなく愛を与えました。
語り手:しかし、いくら愛情を注いでも、バクの子どもはお腹いっぱいにはなりません。それどころか、大きくなるにつれて、よりたくさんの愛を求めるようになりました。
語り手:そしてバクの子どもはついに、バクの夫婦の愛情を食べつくしてしまいました。
語り手:そのため、バクの夫婦はバクの子どもに冷たくあたるようになってしまいました。

バク:「おとうさん、おかあさん、おなかがへったよう」

語り手:バクの子どもがそう言うと、バクの夫婦は嫌な顔をしました。

おかあさんバク:「もうおまえのめんどうなんてみられないよ。おまえにあげられるアイはもうないんだ」

語り手:バクのお母さんはそう言って顔をそむけました。

おとうさんバク:「おまえはアイをたべてまわりのどうぶつたちをふこうにしてしまう、のろわれたこだ。たのむから、もうでていってくれ。」

語り手:バクのお父さんはそう言って目をそらしました。

バク:「…わかったよ。おとうさん、おかあさん、げんきでね」
語り手:バクの子どもは悲しくて悲しくて仕方がありませんでしたが、ひとり家を出ていくことにしました。

【若ヤマアラシと先生ヤマアラシ】

語り手:歩き続けていくと、バクの子どもは山の奥深くに入ってしまいました。もう帰り道は分かりません。

バク:「はあ……はあっ…。ずいぶんとあるいたなあ。あしがいたくって、もうあるけないや。すこしやすもうかな」

語り手:バクの子どもは、大きな木の影で少し休むことにしました。すると、岩かげから声が聞こえて来ました。

若ヤマアラシ:「おい。おまえ、どこのもんだ?」

バク:「え?」

語り手:バクが岩かげを覗いてみると、そこには針のような鋭い毛をたくさん生やした若いヤマアラシがいました。なんだか少し怒っているようです。

バク:「こんにちは。ボクはずっとずっとむこうからやってきたバクだよ。あるきつかれたから、ここでやすんでいたんだ」

若ヤマアラシ:「やすんでいただと?いったいだれにことわってそんなことしてるんだ?かってなことをするんじゃねえ!」

語り手:ヤマアラシは身体の毛を逆立てて言いました。

バク:「ご、ごめんなさい…」

若ヤマアラシ:「ごめんですむか!オレのなわばりにかってにはいってきや
がったんだ。いたいめにあわせてやる!」

語り手:ヤマアラシはカンカンに怒って、逆立てた毛をバクの子どもに向けてつっこんできました。

バク:「うわあっ!」

語り手:バクの子どもは恐くなって目をつむりましたが、しばらく経ってもなんともありません。
語り手:不思議に思ったバクの子どもはゆっくりと目を開けました。すると、目の前にもう一匹大きなヤマアラシが立ち、その鋭い毛で、若いヤマアラシの攻撃から守ってくれていたのでした。

先生ヤマアラシ:「これはまた、なんのさわぎだ?」

若ヤマアラシ:「せんせい、じゃまをしないでください。そいつはふしんしゃですよ!」

先生ヤマアラシ:「バカモノ!ふしんしゃだろうがなんだろうが、よわっているものにいきなりはりをむけるやつがあるかっ」

語り手:先生と呼ばれた大きなヤマアラシは、若いヤマアラシにうなり声をあげて、身体の毛を逆立てました。それを見て若いヤマアラシはしぶしぶと後ろへ引き下がりました。

バク:「ありがとうございます。たすかりました…」

先生ヤマアラシ:「まだふしんしゃであることにかわりはねえぞ。だが……」

語り手:大きなヤマアラシは振り返ってジロリとバクの子どもを見つめました。

先生ヤマアラシ:「アンタ、あしをいためているようだな」

バク:「えっ、なんでわかるんですか?」

若ヤマアラシ:「せんせいはとてもえらいシンキュウシなんだぞっ」

バク:「シンキューシ?」

若ヤマアラシ:「はりやおきゅうを使ってからだをげんきにするおいしゃさんのことさっ」

バク:「ハリ…?オキュウ…?」

先生ヤマアラシ:「ひゃくぶんはいっけんにしかず。じっさいにやってみるのがいちばんだろう。アンタ、こっちにきな」

語り手:バクの子どもは地面に掘られた巣穴の中へと案内されました。中は広々としていて、落ち葉で作った寝床もあります。
語り手:バクの子どもをそこに寝かせると、ヤマアラシの先生は自分の身体から細くて鋭い毛を一本抜き取りました。

先生ヤマアラシ:「このけをからだにさすと、けがのなおりがはやくなるんだ」

バク:「え、それっていたそう…」

若ヤマアラシ:「だいじょうぶだよ。せんせいをしんじろって」

語り手:そう言っているうちにもヤマアラシの先生はバクの子どもに鋭い毛をつき刺しました。

バク:「あれ、ぜんぜんいたくない…?」

若ヤマアラシ:「だからせんせいをしんじろっていったろっ。つぎはおきゅうだぜ」

語り手:自慢気にヤマアラシが語っていると、ヤマアラシの先生はどこからか枯れ葉を固めたものを石にこすりつけて火をつけました。

先生ヤマアラシ:「これをいたいところにおくときぶんがよくなるんだ」
バク:「…ほんとだ。じんわりとあたたかくなって、なんだかきもちよくなってきた…」

語り手:疲れていたことと、お灸が心地よかったことで、バクの子どもはいつの間にか眠ってしまいました。



バク:「うーん…ここは…」

若ヤマアラシ:「お、めをさましたか」

バク:「ごめんなさい、ボクねちゃったみたいで…」

若ヤマアラシ:「きにすんなって。オレもせんせいがちりょうするところ、ひさしぶりにみれたしさ」

バク:「そういえば、そのせんせいはどこに?」

若ヤマアラシ:「いまはたべられるものをさがしにいってる。『あのバクはオレのかんじゃだから、つかれがとれるまでゆっくりやすませとけ』ってさ」

バク:「そっか。あのせんせいにもおれいをいわないといけないな」

若ヤマアラシ:「…ところで、なんであしがそんなになるまであるいてきたんだ?」

バク:「えっと、じつは…」

語り手:バクの子どもは自分が愛を食べないと生きていけないこと、そしてそれが原因で家を出てきたことを話しました。

若ヤマアラシ:「こんなひどいはなしがあるかっ!オレ、おまえのこと、よわくてじぶんかってなやつってきめつけてたけど……おいはらおうとして、わるかったな」

バク:「わかってくれたならいいよ。きにしていないもの」

若ヤマアラシ:「そうか。…オレ、おまえのこときにいったぜ!ひとりでもいきていこうとするところなんか、せんせいみたいでカッコイイじゃねえ
か」

バク:「せんせいみたいって、あのせんせいにはキミがいるじゃないか」

若ヤマアラシ:「それはそうなんだけどよ。せんせいは、まわりからはもうちゅうもくされてねえんだ」

バク:「どういうこと?」

若ヤマアラシ:「もともとせんせいは、ケンカをしたらまけなしといわれたあらくれもののリーダーだったんだ。つよくてやさしいせんせいのしたには、たくさんのおとうとぶんがいた。オレもそのひとりさ」
若ヤマアラシ:「けど、さいきんやってきた、ふとったヤマアラシとケンカしておおけがをしたんだ。それでせんせいはケンカをすることをやめちまった。『もういいとしだし、しおどきだろう』っていってさ」
若ヤマアラシ:「そんで、ここでよわったどうぶつたちをなおしてる。そうなってからずっと、ふとったヤマアラシがこのあたりでのさばっていやがるんだ」
若ヤマアラシ:「おとうとぶんたちもそのふとったヤマアラシについていって、のこったのはオレだけさ」

バク:「そうだったんだ…」

若ヤマアラシ:「オレはくやしいんだ!なんでせんせいじゃなくて、あのふとったヤマアラシばかりにみんないっちまうんだ!せんせいはまだまだやれるし、よわくなんかない」
若ヤマアラシ:「ぶっきらぼうでつたわりずらいが、せいかくだってすごくやさしいんだ…」

語り手:若いヤマアラシは、体をわなわなと震わせて言いました。バクの子どもはその様子を見て、とても他人事とは思えず、何とかしてあげたいと思いました。

バク:「ボクに、なにかできることはないかな?」

若ヤマアラシ:「きもちはありがたいけどよ、オレやおまえにできることなんて……あ、そうだ!」

バク:「え、どうしたの?」

若ヤマアラシ:「あんたがあのふとったヤマアラシのまわりにいるやつらから、アイをくえばいいんだよ」

バク:「ど、どうして?」

若ヤマアラシ:「あいつらからアイをくえば、あいつらはふとったヤマアラシにきょうみをもたなくなるだろ?そしたらせんせいのところにまたあつまってくるはずさ」

バク:「そっか。じゃあさっそくやってみるよ。ボクもちょうど、おなかがへっていたところなんだ」



語り手:こうしてバクの子どもは、太ったヤマアラシの周りにいた動物たちの近くまで行って、動物たちがまとっていた愛を食べました。
語り手:愛を食べられた動物たちは太ったヤマアラシへの興味を失い、ヤマアラシの先生のところへ戻って来ました。
語り手:動物たちはヤマアラシの先生に「もう一度このあたりのリーダーになって欲しい」と言いましたが、ヤマアラシの先生は断り続けました。

語り手:そしてある日のことです。休んで元気になってきたバクの子どものところへ、ヤマアラシの先生がやって来ました。

先生ヤマアラシ:「ぐあいはどうだい?」

バク:「はい、もうすっかりよくなりました」

先生ヤマアラシ:「そうかい。ならよかった。……ところで、ひとつきいてもいいか?」

バク:「なんでしょう?」

先生ヤマアラシ:「さいきん、やたらとどうぶつたちがやってくるようになったんだ。まさかとはおもうんだが…それ、アンタのしわざか?」

バク:「あはは、バレちゃいましたか。たしかにボクがやったことです」

語り手:バクの子どもは、ヤマアラシの先生が注目されるように愛を食べたことを話しました。きっとヤマアラシの先生は喜んでくれるだろうと思ったのです。

先生ヤマアラシ:「つまり、すべてアンタのちからでやったことなんだな…」

バク:「はい、そうです。おどろいたでしょう?」

先生ヤマアラシ:「…よけいなことをするんじゃねえ」

バク:「え?」

先生ヤマアラシ:「よけいなおせわだといったんだ…!そんなひきょうなことをしてちゅうもくされたって、うれしくもねえ」
先生ヤマアラシ:「それにあいつらにはオレにたいするアイもかんじられね
え。そんなれんちゅうにかまうほど、オレはおちぶれちゃいねえよ」
先生ヤマアラシ:「そんなれんちゅうにチヤホヤされるひまがあるんなら、いっぴきでもおおくのどうぶつをたすけるさ。なにかかんちがいしているのかもしれねえが、おれはそれでまんぞくなんだ」
先生ヤマアラシ:「たとえちゅうもくされなくても、ほんとうにオレのそばにいたいとおもってるやつがひとりでもいりゃあいい」
先生ヤマアラシ:「…どうせあのバカがいいはじめたことなんだろうが、よけいなおせわだ。アンタにはわるいが、ぐあいがよくなったなら、もうでていってくれねえか」
先生ヤマアラシ:「もっとほかのほうほうで、だれかのためになることをかんがえな」

バク:「…わかりました。やすませてくれて、ありがとうございました。おせわになりました」

語り手:バクの子どもはお礼を言うと、トボトボとヤマアラシの住んでいる穴から出ていきました。

【青インコと緑インコ】

バク:「うう…ノドがかわいたなあ」

語り手:バクの子どもは、木がまばらに生えた草原にやってきました。空気が乾いていて、ノドはもうカラカラです。

バク:「はあ…どこかにみずはないかなあ」

語り手:バクの子どもがあたりを見回すと、遠くに水たまりのようなものが見えました。

バク:「あ、みずたまりがあるぞっ!」

語り手:バクの子どもは水たまりへ行きました。近くに来ると、とても大きな水たまりです。バクの子どもはガブガブと水を飲み、それが終わると水浴びを始めました。

バク:「ふう~いきかえるなあ~」

青インコ:「うふふふ」

語り手:どこからかかわいらしく笑う声が聞こえてきました。ふと見ると、すぐ近くの木に一匹の青いセキセイインコが止まっているではありませんか。
語り手:バクの子どもは恥ずかしくなって、顔を赤らめました。

青インコ:「ごめんなさい。わらうつもりはなかったのだけれど、あまりにもはしゃいでいらっしゃるから、つい」

バク:「ここしばらく、のまずくわずだったんだ」

青インコ:「このあたりはみずやのみものがあまりないから、きをつけたほうがいいですよ」

バク:「そうなんだ。おしえてくれて、どうもありがとう」

青インコ:「すこしだけ、しょくぶつのたねをたくわえてあります。おもちしましょうか?」

バク:「ありがとう。でも、ボクはアイをたべないとおなかがふくれないんだ」

青インコ:「まあそうなのですか。ちからになれなくて、ごめんなさい」

バク:「いいんだよ。こうしておはなしをしてくれるだけでもうれしいんだ」

青インコ:「なら、あしたまたここへきますわ。そうしたらまたおはなしがでますでしょう?」

バク:「そうだね。またおはなししよう」



語り手:それから、バクの子どもと青いインコは毎日のようにお話をするようになりました。
語り手:お話に飽きると、バクの子どもは水たまりで泳いでみせました。青いインコは、恥ずかしそうに歌を歌いました。

青インコ:「あなたはおよぐのがおじょうずなのですね」

バク:「そういうキミは、うたうのがじょうずだね」

青インコ:「そんなことありませんわ。わたくしなんてほかのみなさんにくらべたら、さえずるのはへたですし、はねをひろげておそらをとぶことだって、じょうずにできないのですよ」

バク:「そうなの?ボクにはそんなふうにはみえないけどなあ」

青インコ:「ほかのみなさんはもっとこえがきれいですし、はねだってもっとうつくしいいろをしていますわ」

バク:「そうかなあ、もっとじしんをもってもいいとおもうけど…」

緑インコ:「こんなところにいたのか、さがしたよ」

青インコ:「おにいさま…」

語り手:そこへ突然一匹の緑色のインコが飛んできました。引きしまった体と大きな羽を持ち、その緑色の羽をはばたかせる姿はとても美しいものでした。

緑インコ:「こんなところへきていたのか。どうしたんだい、またほかのみんなにイジめられたのかい?」

青インコ:「ちがうわ、おにいさま。わたくしはバクさんとおはなしをしていただけですわ」

緑インコ:「そうだったのかい。こんにちは。いもうとがおせわになってるね」

バク:「ど、どうも。こんにちは」

緑インコ:「いもうとがじぶんからだれかにはなしかけにいくなんて、めずらしいことなんですよ。どうかなかよくしてやってください。おそくならないうちにかえってくるんだよ」

青インコ:「はい、おにいさま」

語り手:緑色のインコはそう言い残すと、飛び去ってしまいました。

バク:「すてきなおにいさんだね」

青インコ:「ええ。でもそれでこまっているのよ」

バク:「こまっているって、どうして?」

青インコ:「さっきもいいましたでしょう?わたくし、さえずるのもはばたくのもへたなものだから、ほかのみなさんにバカにされるのです」

青インコ:「おにいさまはさえずるのもはばたくのもおじょうずなのに、わたくしにかまってばかりいるから、おなじようにほかのみなさんとなじめずにいるのです」

バク:「それはかんがえすぎなんじゃないかな?」

青インコ:「そんなことはありませんっ。わたくしにかまったりしなければ、きっとおにいさまは、もっとたのしくすごせるとのです。わたくしにかまわないようにできないものでしょうか……」

バク:「ボクはアイをたべることしかできないけど…」

青インコ:「そういえば、そうおっしゃってましたね。…あなたにおねがいしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

バク:「おねがい?」

青インコ:「ええ。おにいさまのアイを、たべてくださいませんか?」

バク:「どうして?」

青インコ:「おにいさまのアイをたべてくだされば、おにいさまはわたくしにかんしんをなくして、かまわなくなりますでしょう?」

バク:「そうかもしれないけど…キミはそれでいいの?」

青インコ:「かまいません。それで、おにいさまのためになるのなら」

バク:「…わかった。やってみるよ」

語り手:バクの子どもは、緑色のインコがむかえにやってきたとき、こっそりまとわりついている愛を食べてしまいました。
語り手:すると緑色のインコはなぜここに来たのかと、不思議そうに首をかしげて戻っていきました。
語り手:青いインコはそれを見て少しホッとしていましたが、その日から青いインコは元気がなくなっていきました。

語り手:そしてついにある日、水たまりにやってきた青いインコは泣いていました。これにはバクの子どもも心配になりました。

バク:「いったいどうしたの?」

青インコ:「ううっ…おにいさまが、おにいさまがっ…」

緑インコ:(被せるように)「おーい、どこにいったんだー」

バク:「ほら、きっとしんぱいしてさがしにきてくれたんだよ。おにいさーん、ここですよ~」

青インコ:「や、やめてっ…」

バク:「え?」

語り手:バクの子どもがそう聞き返したのと、緑色のインコが大勢のインコを連れて下りてきたのと、ほぼ同時でした。

緑インコ:「お、そこにいたんだ。まったく、ほんとうにめいわくばっかりかけるいもうとだよね。なあ、みんなもそうおもうだろ?」

青インコ:「おにいさま…ごめんなさい。わたくし、もっとれんしゅうして、きれいにさえずりができるようになります。はばたきかたもおぼえます。だから、ゆるしてください…」

緑インコ:「そういってなんどもれんしゅうしてきたよね?しってるよ。だってボクがずっとつきっきりでれんしゅうにつきあってきたんだもの」
緑インコ:「でも、それでもキミはぜんぜんじょうたつしなかった。もうだめでしょ。そんないもうと、いらないよ」

青インコ:「ま、まだやれます…」

緑インコ:「へえ、なら今すぐここからきれいにとんでみせてよっ」

語り手:緑色のインコはジリジリと青いインコにに近寄っていくと、青いインコをくちばしでつつきはじめました。それを見ていた周りのインコたちも一緒になって、青いインコをつつきました。
語り手:青いインコは黙って耐えていましたが、次第につつく力が強くなり、青い羽はボロボロになっていきました。そしてとうとう、青いインコはバランスを崩し、水たまりに落ちてしまいました。
語り手:それを見ていたバクの子どもは急いで青いインコのところへ泳いでいき、助けだしました。

バク:「インコさん、だいじょうぶ?」

青インコ:「ケホッ…ケホッ…おにいさまはみなさんとなかよくなってから…いっしょになってわたくしにつめよってくるようになりました……」

バク:「そ、そんな。おにいさんのことを思ってアイをたべたのに…」

青インコ:「しかたがありませんわ…。わたしができないのがいけないのです。それに、おにいさまはずっとがまんしてくださっていた。だから、こうなってもわたくしは…」

バク:「しかたなくなんてないよっ。こんなのあんまりじゃないかっ」

緑インコ:「やあ、バクくん。いつもいもうとがせわになってるね。けど、そのいもうとにはちょっときびしくおしえないといけないみたいなんだ。ほおっておいてくれるかな?」

バク:「こんなのおかしいよっ。よってたかってこんなにきれいなインコさんをいじめて…」

緑インコ:「これはきょういくだよ。これくらいできないなら、どのみちこのさきいきぬいていけない。あまりボクたちにくちをだすようなら、キミもタダじゃすまないよ」

語り手:バクの子どもはそれでも青いインコをかばいました。それを見た緑色のインコたちはバクの子どもをつつきました。バクの子どもの体はたちまち傷だらけになりました。

青インコ:「バクさん、わたくしのことはおいてにげてください!あなたもしんでしまいますっ!」

バク:「でもっ…でもっ…!」

青インコ:「わたしのためをおもうのなら、にげてくださいっ。あなたがしんでしまったら、くやんでもくやみきれません…。青インコ:「…わたくしはだいじょうぶですから、あなたはあなたのいくべきばしょへむかってください。………ごきげんよう…」

バク:「あっ!」

語り手:青いインコはバクの子どもの手から抜け出すと、フラフラと飛び立ちました。他のインコたちはすぐさまそれを追いかけます。
語り手:バクの子どもはポツンと立ち尽くし、インコたちが飛び去っていくのを見守っていましたが、やがてコソコソと逃げ出すように水たまりを離れました。

【ウミガメのおじいさんとおばあさん】

語り手:バクの子どもはそれからまた歩き続けましたが、もう心も体も疲れ果てていました。

バク:「あ、うみだ…」

語り手:海辺に座り込んで海を見ていたバクの子どもの近くに、一匹の年老いたカメが海からやって来ました。

おじいさんガメ:「おや、おわかいの。こんなところでなにをしているんだい?」

バク:「おじいさん。ボク、ひとりでたびをしているんだ」

おじいさんガメ:「ほう、ワシとおなじじゃのう…」

バク:「おじいさんと、おなじ?」

おじいさんガメ:「ワシはウミガメだからのう。うみをおよいであてもなくたびをしておるんじゃよ。つまにもさきだたれてのう。もうここなんねんもひとりじゃ」

バク:「そうなんですか…。おじいさんは、さびしくなりませんか?」

おじいさんガメ:「そりゃあ、さびしいとも。ばあさんとのおもいでは、わすれたくてもかんたんにはわすれられんからのう」

バク:「おじいさんは、おばあさんがだいすきだったんですね」

おじいさんガメ:「ああ、そのとおりじゃ。つらくなるほどに、いまでもあいしておるよ」

バク:「そうですか…。おじいさん、ボクにもわすれられないくらい、たい
せつなあいてができるでしょうか?」

おじいさんガメ:「おぬしはまだわかい。あきらめなければきっとあらわれるじゃろう」

バク:「でも、ボクはきらわれものなんです。ほんとうにあらわれるか、ふあんになってきました」

おじいさんガメ:「ふむ…そうか……」

語り手:おじいさんのカメは何か考え込んでから、ゆっくりと口を開きました。

おじいさんガメ:「のう、おわかいの。これからとあるしままでいくつもりなのじゃが、いっしょにいかんかね?」

バク:「しま、ですか?」

おじいさんガメ:「そうじゃ。そのしまには、あるいいつたえがあってのう。……しんだもののたましいがかえってくるばしょ、といわれておるんじゃ」

バク:「えっ!じゃあ、もしかしてそのしまにいくのって…」

おじいさんガメ:「しんだばあさんにもういちど、どうしてもあいたくてのう。としよりのさいごのわがままじゃよ。ふふふ…」

バク:「そんなだいじなところに、ボクがいっしょにいってもいいんですか?」

おじいさんガメ:「ああ、もちろんじゃとも。これはとしよりのカンというやつじゃが、おぬしをつれていかなければならないきがするんじゃよ。…それに、たびはおおいほうがたのしいじゃろう?」

バク:「…そうですね。じゃあ、いっしょにいきましょう」

おじいさんガメ:「よし。ではさっそくワシのせなかにつかまるんじゃ。ワシのおよぎははやいからのう。しっかりつかまっとらんとふりおとされるぞ」

バク:「はい、おねがいしますっ」

語り手:それからバクの子どもはおじいさんのカメの背中に捕まって海を渡っていきました。語り手:話しているときのゆっくりとした印象とはうってかわって、おじいさんのカメの泳ぎはとても速いものですから、バクの子どもは落とされないようにおじいさんの背中に捕まるのに必死でした。
語り手:そうして泳いでいくと、小さな島が見えました。島の周辺には、小さな光の塊がいくつもただよっています。おじいさんのカメはその島へと向かい、陸へ上がりました。

おじいさんガメ:「きっとここが、しんだもののたましいがかえってくるしまじゃ…」

バク:「ほんとうに、ここであえるのでしょうか?」

おじいさんガメ:「ここにくるとき、ちいさなひかりがいくつもここのしまへむかっているのがみえたじゃろう?いいつたえによればあのひかりのひとつひとつがしんだもののたましいといわれているそうじゃ」

バク:「じゃあ、このうみにうかんでいるひかりをひとつひとつしらべていけば、おばあさんのたましいにあえるということですか?」

おじいさんガメ:「ああ、そういうことになるのう。ちと、きのとおくなるさぎょうじゃが…」

バク:「いえ、せっかくここまできたんです。やりましょう。ボクもてつだいますよ」

おじいさんガメ:「…ありがとう。では、てわけしてさがすとするかのう」

語り手:こうしてバクの子どもとおじいさんのカメは海に潜ってこの島へ向かってくる光に話しかけました。すると、小さな光たちから声が聞こえてきました。
語り手:オスもメスも、大人も子どもも、いろんな動物たちの声が聞こえました。病気になってしまった動物の魂や、他の動物に襲われてしまった動物の魂もありました。
語り手:バクの子どもはその声に心を痛めながら、おばあさんの魂を探しました。ですが、探しても探しても、なかなかおばあさんの魂は見つかりません。
語り手:バクの子どもとおじいさんのカメは合流すると、その島で休むことにしました。その夜のことです。


語り手:バクの子どもは気がつくと真っ暗な場所に立っていました。そして、声につられて顔をあげると、一つの小さな光から声が聞こえてきました。

バク:「あなたはもしかして、カメのおばあさんですか?」

おばあさんガメ:『ええ、そうですよ。こんなにとおいところまでわざわざきてくれて、ありがとうございます。たいへんだったでしょう?』

バク:「いえ、おじいさんがボクをせなかにのせてはこんでくれたので、たいしたことはないですよ」

おばあさんガメ:『でも、おっとはむかしからごういんなところがあるから、つきあわされるだけでもたいへんだったとおもうわ』

バク:「おもしろくてすてきなおじいさんだとおもいました。」

おばあさんガメ:『そう、わたしもそういうところがすきだったわ。うふふ』

バク:「おじいさんもここにきてるんです。あってもらえませんか?」

おばあさんガメ:『それはだめだわ。あってしまったら、よけいにわかれがつらくなるもの…』

バク:「そんな、せっかくここまできたのにっ」

おばあさんガメ:『ごめんなさいね。でも、わかってちょうだいね。…わたしはね、ひとつあなたにおねがいしたいことがあるの。きいてくれるかしら?』

バク:「なんですか?」

おばあさんガメ:『おっとがわたしのことでこれからもかなしまないように、わたしのことをわすれるようにしてもらえないかしら?あなたにはそのちからがあるのでしょう?』

バク:「たしかに、ボクはアイをたべることができますけど…」

おばあさんガメ:『じゃあ、おっとのアイをたべてちょうだい』

バク:「いいんですか?おばあさんのことをわすれてしまうって、とてもつらいことなのに…」

おばあさんガメ:『わたしはね。おっとにまえをむいて、いきてほしいの。
だから、そのためなら、それくらいなんともないわ』

バク:「…わかりました。やりましょう。やくそくします」

おばあさんガメ:『ありがとう。おねがいね…』



バク:「…はっ!」

語り手:目が覚めると、バクの子どもは島の洞窟で寝ていました。横にはおじいさんのカメも寝ています。
語り手:バクの子どもは少し迷いましたが、おじいさんの周りに溢れている愛を食べました。それは今まで食べたどの愛よりも濃くて温かいものでした。

おじいさんガメ:「やあ、おわかいの。おはよう」

バク:「おはようございます」

おじいさんガメ:「…のう、ききたいことがあるんじゃが、いいかのう?」

バク:「なんでしょう?」

おじいさんガメ:「ワシは、なぜこんなしままできたのか、さっぱりおもいだせなくてのう。おぬし、しっておるか?」

バク:「…いえ、ボクはおじいさんのせかなにのっていただけなので…」

おじいさんガメ:「そうか。……それにしても、なんだかすごく、さびしいきもちになるのう」

バク:「さびしい、ですか?」

おじいさんガメ:「ああ。すごくわすれてはいけないことをわすれてしまったきがするんじゃ。そして、それはとてもかなしいことで、もうそのことはおもいだせないきがするんじゃ…」

語り手:そっとおじいさんのカメを見て、バクの子どもはハッとしました。おじいさんは、泣いていたのです。

バク:「…ながいこといきていれば、そういうこともあるんじゃないですか?」

おじいさんガメ:「ホッホッホッ…それもそうじゃのう。いっしょにきてくれてありがとう。さて、どこかいきたいところがあれば、そこまでおくろうかのう」

語り手:バクの子どもは少し考えて、言いました。

バク:「……いえ、ボクはここにのこります」

【バクとゆうやけ】

語り手:バクの子どもはおじいさんのカメと別れると、悲しくなってシクシクと泣き出しました。

バク:「ううっ……なんでボクは、みんなをふこうにしてしまうんだろう。なんでアイをうばってしまうことしかできないんだろう…」
バク:「ほんとうに、ボクはのろわれたこなのかもしれないな……。なら、ボクなんて……」

語り手:バクの子どもはその日から、愛を食べることをやめてしまいました。なので、バクの子どもはお腹がぺこぺこになって、元気もなくなってしまいました。
語り手:もう泣くことすらもできません。

バク:「ああ、もう、ちからもでないな。そうか、もう、ボクは、ここで……」

こども:『おとうさん、おかあさん、どこにいったの?』

バク:「……っ!」

語り手:そのとき、ぐったりとしたバクの子どもの目の前に、一つの子どもの魂がやってきました。

バク:「…どう、したの…?」

こども:『おとうさんと、おかあさんと、はぐれちゃったんだ……どこにいるんだろう…』

語り手:子どもの魂は今にも泣き出しそうです。バクの子どもはそれを見て子どもの魂をゆっくりとなでてやりました。

バク:「だい、じょうぶ、だよ。ボクが、いるからあんしん、してっ…!」

こども:『ほんとう?いっしょにいてくれる?』

バク:「うん。いっしょ、に、おとう、さんと、おかさんをっ…さが、そう。ほら、あそこ、におひさ、まが、みえる、でしょ?あそこにい、けば、きっとみつ、けてもら、えるよ……」

こども:『ありがとうっ!ボクのためにそこまでしてくれるなんて、おにいちゃんはやさしいんだね!』

バク:「やさ、しい……?ボクが…?」

語り手:バクの子どもはびっくりしました。そんなことを言われたのは、生まれて初めてだったのです。

バク:「そう、か…。ボクは、アイを、もらってば、かりで…。アイ、を、あげ、られて、いなか、ったな……」

語り手:バクの子どもは、貰った愛をたくさん蓄えていました。バクの子どもの中は、もうたくさんの愛で溢れていたのです。
語り手:そのことに、ようやくバクの子どもは気が付きました。

こども:『おにいちゃん…もう、だいじょうぶ?』

語り手:子どもの魂が心配そうに言うと、バクの子どもは立ち上がり、子どもの魂を抱きしめました。

バク:「だいじょう、ぶ…。…じゃあ、いこう、か」

語り手:バクの子どもは、子どもの魂を抱えて海へ入っていきました。そしてフラフラの体で、バタバタと泳ぎ始めました。

語り手:一体どこにそんな力が残っていたのでしょう。ついにバクの子どもはお日様が沈んでいく水平線まで泳ぎました。
語り手:そして、最後の力を振り絞って、水平線からお日様に飛び込んだのです。
語り手:すると、それまで明るい黄色に輝いていたお日様は、温かいオレンジ色に変わりました。

語り手:そのオレンジ色の光は、年老いたカメが泳いでいた海の水面に映りました。
語り手:そのオレンジ色の光は、必死に羽ばたく青いインコの影を映しました。
語り手:そのオレンジ色の光は、若いヤマアラシの鋭い毛に反射しました。
語り手:そのオレンジ色の光は、あるバクの夫婦が住む森に差し込み、それを見た夫婦は、目を細めました。


語り手:その日から、バクの子どもがお日様に飛び込んだ時間になると、お日様はオレンジ色に染まるようになったそうです。
語り手:そしてその光を浴びると、ちょっぴり優しい気持ちになれるそうです。


 《おしまい》

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