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【短編小説・1人用朗読台本】無機質な世界より、アイをこめて。 ⑥Happiness

この作品は、声劇用に執筆したものです。
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以下のリンクも見やすくなっておりますので、ご参照ください。

https://taltal3014.lsv.jp/app/public/script/detail/4463

ある日、世界は私だけを残して、止まってしまった。
これは決して比喩ではない。文字通り、止まったのだ。
当たり前のように、目を覚ますと止まっていたのだ。
これは、そんな世界で生きた、一人の愚かな人間の手記である。

―幸せとは、追いもとめるものであり、つかむことが出来ないものだ―


【上演時間】
約10分

【配役】
ワタシ(男):この手記の書き手。時間が泊まった世界に生きている。
    ※性別変更可

薄弱者(女):中年女性。優しいけれどどこか寂しそう。覚えることが苦手。
    ※性別変更不可

※このシナリオはシリーズ台本です。単体でもお楽しみいただけますが、シリーズを通してご覧いただいた方が、より楽しめるかと思います。


ワタシ:世界がワタシをのこして止まってしまってから、もう半年以上はたった。
ワタシ:気づいたことがある。この世界では何を食べなくても生きていける。
ワタシ:なぜそのことに気づいたかというと、わたしはもうずっと何も口にしていないからだ。
ワタシ:何も食べたくなかった。食べたいとは思わなかった。だから、何も食べなかった。
ワタシ:死んでもいいと思った。その方が自由になれる。幸せになれると思ったのだ。
ワタシ:食べることで幸せを感じるのは、すでに幸せな、よゆうのある人間だけだ。
ワタシ:生きることをあきらめた、よゆうのない人間は、食べることで幸せを感じることはできない。
ワタシ:ワタシは幸せを感じたことがあるだろうか。ワタシにとっての幸せとは何なのだろうか。ワタシはそれを、手に入れることができるのだろうか。幸せとはむえんの、この止まった世界で。


ワタシ:何も食べていないからか、はき気がしてくる。気分が悪い。
ワタシ:さすがに病院に行かなくてはいけない。
ワタシ:苦しいのはイヤだ。子どもみたいな気持ちからそう思った。
ワタシ:病院までなんとか自転車をこぐ。もしも時間が止まっていなかったなら、生きることをあきらめようとしているくせに、いざとなるとここまで死にものぐるいにこげるものなのかと、あざ笑われることだろう。
ワタシ:ひさしぶりに病院に来た。今日も人々は止まっている。気にとめるひまもないので、何も思わないし、何もしない。
ワタシ:はき気にこうかがありそうな薬と、えいようになりそうなサプリメントを手に入れた。それで安心してしまったのか、力がぬけた。自転車はこげそうにない。少し休むことにする。
ワタシ:休むために、空いている病室をさがす。時間が止まっているというのもあるが、それでなくともシンとしている。白をベースにしていて明るくきれいなはずなのに、どこか暗くてよどんだ感じがする。この空気はやはり苦手だ。

ワタシ:ほどなくして、空いている病室を見つけた。一つ空いているベッドに横たわる。どうせだれも動きはしないのだから、使わせてもらうとしよう。

(手を二回叩く音)

ワタシ:手をたたく音が聞こえてそちらを見る。病室を区切るカーテンのむこうをのぞくと、一人の中年じょせいがいた。マドの外をぼんやりとながめている。

薄弱者:――あら、あなたはだれ?はじめて見る顔ね。

ワタシ:じょせいがこちらに気付いて顔をむける。弱々しいが、とてもやさしい目をした人だ。ワタシはこの目を、どこかで見たことがあるような気がする。

ワタシ:――…はじめまして。えっと、すみません。とつぜんのぞいてしまって。

薄弱者:――あやまることは何もないわ。こうやって話しにきてくれるだけでうれしいのよ。ひとりじゃたいくつだもの。

ワタシ:そうか、この人もひとりなんだ。なのにどうしてこんなにおだやかなのだろうか。ワタシはこのじょせいのことが知りたくなって、丸イスを持ってきてすわった。

ワタシ:――さっき、なぜ手をたたいていたんですか?

薄弱者:――ああ、それはね。「幸せなら手をたたこう」って言うでしょう?だから、手をたたくのよ。そうすると、たとえ今が幸せじゃなくても、いつか幸せがやって来て、幸せになれると思わない?

ワタシ:そう言って、じょせいはまた手をたたいた。この人は、ずっとそうやって幸せを待っているのだろうか。

ワタシ:――そんなことをしたって、幸せなんて来るないですよ

薄弱者:――いいえ。そんなことはないわ。だって、手をたたいたらあなたが来てくれて、本当に幸せになったんだもの。

ワタシ:――…ワタシは、あなたを幸せにすることなんて出来やしません。

ワタシ:自分が幸せじゃないのに、だれかを幸せにすることなんて出来るわけがない。

ワタシ:この人はワタシに何を求めるというのか。いや、ワタシでなくともいいのだ。話し相手がほしいだけなのだから。

薄弱者:――そんなわけないわ。

ワタシ:――え?

薄弱者:――そうよ、きっとあなたはわたしの天使なのよ。そうでしょ?わたしをここからすくってくれるんでしょ?わたしを今すぐすくってよ!どれだけあなたを待っていたと思うのっ。どれだけがんばってきたと思っているの…!

ワタシ:じょせいは一気にまくしたてる。これまでのおだやかな様子とはあまりにもちがう。

ワタシ:――ちょっとっ。急にどうしたんですか?

ワタシ:ワタシがたずねると、じょせいは気がついたようにハッとした。

薄弱者:――…ごめんなさい。何でもないわ。ちょっとつかれてしまったみたい…

ワタシ:――い、いえ。気にしていませんから。

薄弱者:――せめておわびに何かあげられたらいいんだけど……そうだわ、ちょっと待ってちょうだいね。

ワタシ:そう言うと、じょせいは病室にそなえ付けられらたタナからおり紙を取り出した。

ワタシ:――おり紙、ですか?

薄弱者:――ええ。手で何か作るのがすきなんですよ。昔はよく子どもたちに作ってあげていたんですけどね…。

ワタシ:なつかしそうにそう言いながらおり紙をおるじょせいは、たしかに母親の顔をしていた。ワタシは、この顔を。この顔を…ずっと見ていたかった。

薄弱者:――だいじょうぶ、ですか?

ワタシ:じょせいが手を止めてこちらをうかがう。ワタシはそこでやっと、自分がナミダをひとすじ流していたことに気がついた。口に入ってきたひとしずくのそれは、ぐちゃぐちゃになった気持ちをつめこんでいた。

ワタシ:――だいじょうぶ…だいじょうぶです。

薄弱者:――そう、ならよかった…。もうすぐ出来ますよ。

ワタシ:じょせいがなれた手付きでおっていく。その手のシワに目がいく。目を細めたときのシワに目がいく。ああ、小さなこの人にはどれほどのものがのしかかっているのだろうか。

ワタシ:――お子さんが、いらっしゃるんですね。

薄弱者:――…ええ。一人ね。その子が生まれてすぐにジコで父親をなくしてしまってね。
薄弱者:あの子のためも思ってさいこんはしたのだけれど、新しいおっとは
わたしたちをかんげいしてくれなかった。とくに、血のつながっていないあの子のことは気に入らなかったらしいわ。その夫の連れ子もだんだんとあの子に強くあたるようになってしまって、あの子には小さなときからつらい思いをさせてしまった…。
薄弱者:わたしもなるべくかまってあげるようにはしていたけれど、はたらきながらだったから、どうしても一人にさせちゃったの。しまいには体をこわして、ここでねたきりよ。

ワタシ:じょせいは手を止めずに話した。やさしいけれども、しっかりとした手つきできちんとおり目をつけていく。

ワタシ:――きっとお子さんも、あなたが気にかけていたことを分かっていたと思いますよ。

薄弱者:――だといいんだけれどね。…あの子を幸せにしてあげられなかった。それだけが、心のこりなの。

ワタシ:――お子さんだけじゃない。あなたも幸せになりましょうよ。手を
たたけば、幸せになれるんでしょう?あなたがたたかないなら、ワタシがたたきますから。

ワタシ:そう言うとじょせいは少し手を止めると、こっちを見てゆっくりとうなずいた。

薄弱者:――ふふ…そうね、ありがとう。…さあ、出来ましたよ。こんなものしかあげられないけれど…

ワタシ:おずおずとさし出してきた手の上にあったのは、おり紙で作られた、丸くてかわいらしい天使だった。

薄弱者:――天使がいると、きっと幸せになりますよ。それに、あなたも天使のようにだれかを幸せにすることが出来る。わたしはそう思うんです。

ワタシ:――ありがとう、ございます。大切に、します。

ワタシ:おり紙がつぶれてしまわないように、そっと手でつつんだ。これは幸せのもろさだ。しあわせとはそっとさわらないと、それくらいすぐにつぶれてしまうのだ。



ワタシ:それから数日。ワタシは病院にいすわり、じょせいと話していた。かのじょと話していると、体調も気にならなかった。
ワタシ:ただ、かのじょのことで気にかかることはいくつかあった。
ワタシ:かのじょはおぼえることが苦手のようだった。同じ話をくり返すことはしょっちゅうあったし、同じようなことを聞かれることもあった。
ワタシ:それに、体調がよくないようだった。すぐにつかれてしまうようで、ねていることが多くなった。ほおもコケてきて、少しやせてきたようにも見える。
ワタシ:かのじょは「あなたと話せるだけで楽しい」と言ったが、ワタシはもっとかのじょのためになれないかとなやんでいた。そんな、ある日のこと。

ワタシ:――おはようございます。

薄弱者:――……あら、…はじめまして。わざわざ話しかけてくれてありがとう。あなたもここに入院しているの?

ワタシ:――…まあ、そんなところです。

薄弱者:――そう。ひとりでいると、さびしくてたいくつでしょう?自分だけがおいてきぼりにされて、世界がわたしをぬきで進んでいく感じがするの。
薄弱者:あなたもそう思わない?

ワタシ:――ええ、ワタシもそう思います。

ワタシ:じょせいはぼんやりと外をながめながら、ため息をついた。ゆっくりと、おだやかで、消えてしまいそうだった。

薄弱者:――だれも、来てはくれないの。わたしのことなんて、だれも何とも思っていないのね。

ワタシ:――ご家族は、来てはくれないんですか?

薄弱者:――来てくれるわけないわ。おっとは使えないと分かったらすてる人だし、その子どもは自分のことで手いっぱいで、わたしのことなんか気にかけるよゆうはないでしょうね。
薄弱者:それに、あの子は…わたしのことをうらんでいるでしょうから、きっと来ないわ。

ワタシ:――…少なくとも、ワタシはあなたのことをちゃんと見ていますから。

ワタシ:こんなことしか言えない自分をはじた。見ていることしか、話していることしか、ワタシには出来ないのか。これまでだってそうだった。なにひとつワタシは出来なかった。

薄弱者:――そうね、見とどけてくれる人がいるんだもの。ありがたく思わないと、ね…

ワタシ:じょせいはフラッとベッドにたおれこんだ。息が弱くなってきている気がする。

ワタシ:――だいじょうぶですか?ずいぶんやせていらっしゃいますが、食事をちゃんととっていないんじゃないですか?

薄弱者:――食事…そういえば、この前食べたのは、いつだったかしら…

ワタシ:――そんな、ちゃんと食べないと、死んでしまいますよっ。

薄弱者:――あら、…そうなの?食べるってどうすればいいのかしら……。

ワタシ:ワタシは言えることではないが、本当にこのままではあぶない。どうにかしないと。

ワタシ:――待っていてください。何かえいようのあるものをすぐに持ってきますから。

薄弱者:――いか、ないで…

ワタシ:ワタシが出ていこうとすると、かのじょが少し起き上がって、よび止めるように言った。

薄弱者:――だい、じょうぶ……。…知ってる…?こう、やって…手をたたくと、幸せ、に…なれるの、よ。

ワタシ:ワタシはそう言って、手を二回たたいた。ほとんど音は鳴らなかった。いてもたってもいられなくて、かのじょの手をにぎった。

ワタシ:――そんなこと、もうしなくていいんです…。そんなことしなくても、あなたは幸せにならなくちゃいけないんだ…。

ワタシ:かのじょは安心したように目を細めて、またゆっくりとベッドに横たわった。

薄弱者:――ああ、そうだった、のね…。あなたが、天使だったのね。

ワタシ:――え?

薄弱者:――ワタシを幸せにしてくれる、天使だったのね。来て、くれたのね。

ワタシ:――ワタシは、天使なんかじゃない。

薄弱者:…なに?おり紙を、おってほしい?あなたは、おり紙が…本当にすき、ね。…そこに…おり紙がある、わ。とって…くれる?
薄弱者:…ああ…でも、ごめんね。…どうおったら、いいか。分からない…わ。

ワタシ:――もう、もういいんだよ…!

ワタシ:かのじょはワタシがにぎっていない方の手を、ふるえる手をのばした。その手もとって、ベッドの上で手を重ねる。

薄弱者:――ごめんね…何も、できなくて、……ごめ、んね。

ワタシ:――あやまらないでよ…

薄弱者:――幸せに…してあげられ、なくて…ごめ、んね。

ワタシ:――それは、ボクが言うべきことだよ…。

薄弱者:――生んで、しまって……ごめん、ね……

ワタシ:かのじょはふっと息をはくと、目をとじた。ワタシはしばらく手をにぎっていたが、その手がつめたくなってきて、やっとかのじょが終わりをむかえたことを実感した。

ワタシ:――…ううっ…う…うあっ…うわああああああああああああああああああああっ。うああああああああああああああああああああっ…ああっ…

ワタシ:わたしはないた。音のない世界で、おえつだけがひびきつづけた。声が出なくなると、手をたたいた。何度もたたいた。

ワタシ:――たたいたら、幸せにしてくるんじゃないんですかっ!天使が来てくれるんじゃないんですかっ!

ワタシ:…そんなのっ…来ないじゃないか…。

ワタシ:やがてワタシはなきつかれてねてしまった。起きてみると、かのじょの体は何もなかったかのように消えていた。


ワタシ:幸せとは、追いもとめるものであり、つかむことが出来ないものだ。
ワタシ:なかなかつかめないから、だれもが幸せになりたいとねがっている。
ワタシ:やっとのことでつかんだとしても、その幸せは当たり前になってしまって、それいじょうの幸せをねがってしまう。そうすると、幸せは自分の中からにげてしまう。
ワタシ:生きるということは、幸せをもとめることなのかもしれない。
ワタシ:だから、幸せをもとめることをやめて、ぜつぼうしてしまったら。
ワタシ:終わりなのだ。
ワタシ:幸せになるけんりはワタシにはあるのだろうか。
ワタシ:幸せになれたとしても、その気持ちをだれにも分けあたえられないのに。その気持ちを見ていてくれる人も、その気持ちをくれる人も、もういないのに。

ワタシ:生まれることでえられる幸せがあるのだとしたら。
ワタシ:生まれぬことでえられた幸せもあるのではないだろうか。
ワタシ:どちらでもいい。
ワタシ:ワタシにもどうか、幸せをください。


                  《つづく》 
  

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