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【2人用声劇台本】味のある声

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自分の思っていることを話すのが苦手な会社員の「私」が立ち寄ったのは、不思議なBarだった。これは、本音と向合う物語。

【上演時間】
約20分

【配役】

私(♂)……どこにでもいる会社員。気持ちを伝えるのが少し苦手。
  ※性別変更可(変更する場合は適宜内容を調整してください)

店主(♀)……『Bar Kotodama』店主。声に出されたことばを酒に溶かす力を持つ。
  ※(N)はナレーションです。
  ※性別変更可


【群青】

私:言葉には目に見えない不思議な力がある。

店主:だから私は、それをある形に変えた。

私:言わなければ、伝わらない気持ちがある。

店主:だから私に、その気持ちを伝える手助けをさせてくれ。

私:その言葉を、どうやって伝えよう。

店主:さあ、君の声を聞かせて!君のことばを聞かせて!君の気持ちを聞かせて!




私:「――はあ、やっと仕事が片付いた……って、もう終電過ぎてる…。困ったなあ、安いホテルでも探すか」

私:(N)少年よ、大志を抱け。かの偉大なるクラーク博士は言った。
私:しかし、大志を抱くというのは少年だけの特権だ。現実を知った社会人に大志などあるものか。社会人が抱くのは、残業と疲労だけだ。
私:せっかくの金曜日に上司から一方的に仕事を押し付けられ、見事に終電を逃した。
私:いつものように残業をこなし、疲れた体を引きずって、宿泊できる場所を探す。明日は休日だ。早く体を休めたい。

私:(N)ゾンビのように歩きながら宿(やど)を探していると、いつの間にか見なれない細い道に入りこんだ。そして、そこに一つの灯りを見つけた。

私:「あれは…『Bar Kotodama』…?」

私:(N)決して目立つバーではなかった。しかし、不思議と私はそのバーの扉を開けていた。

店主:「いらっしゃい。」

私:「ああ、どうも…」

私:(N)女性が一人。そして、その彼女に相応(ふさわ)しく、落ち着いた雰囲気の店内。

店主:「遠慮せずに座りたまえ。今日のお客様は君だけだ。ゆっくりとしていくといい。」

私:「はい。……あの、ここはバーですよね?」

店主:「ああ、そうだよ。」

私:「じゃあ、何かお酒を…焼酎はありますか?」

店主:「いいや。この店にはそのような一般的な酒はない。」

私:「え、バーなのにお酒がないんですか?」

店主:「いや、もちろん酒はある。けれど、この店で扱っている酒は普通の酒ではないんだ。」
店主:「客の声から酒を作り、提供するのさ。」

私:「…どういうことですか?」

店主:「言霊(ことだま)というのがあるだろう?古代日本で、言葉に宿っていると信じられていた不思議な力のことだ。」
店主:「古代の日本人は、ことばに霊が宿っていると考えた。そしてその霊の持つ力がはたらいて、ことばに表すことを現実に実現する、と考えていたんだ。」
店主:「私はその言霊の力を酒に溶かし込むことで、その者に合わせた酒を作るのさ。」
店主:「その酒に込められた言霊は、きっと飲んだ者の心に作用することだろう。」

私:「…?よく分かりませんが、今日はなにか飲みたい気分なんです。お願いします。」

店主:「ああ、分かっている。さっそく、作らせてもらおうじゃないか。」
店主:「まず、グラスに酒を注ぐ…。まだこれはただの蒸留酒だ。」
店主:「次に…君が言えずに抱えている気持ちを、全て口に出す。それだけでいい。」

私:「抱えている気持ちなんて、そんなものはありません。」

店主:「(被せるように)いいや、違うね。この店に入ってくるということは、抱えている気持ちがあるということだ。何か言いたくても言えないことがあるはずだ。」
店主:「見受けたところ仕事帰りのようだが、仕事に不満でもあるのではないかな?」

私:「それは…」

店主:「遠慮しなくともいい。ここには君と私しかいない。君がここで何を言おうと私は他言しない。ただその言葉を酒に溶け込ませるだけだ。それに、言葉に出すのと出さないのでは大きな違いがある」
店主:「言葉にするだけで楽になることもあるんじゃないかい?」

私:「たしかに、あなたの言う通りかもしれません。しかし、あまりそういうことを言うものでは…」

店主:「ふふ、どうしても言いづらいのであれば、まずは私のことばで一杯作ろう。気持ちを込めて、ことばにするだけだ。」
店主:「…今日もお疲れ様。よく頑張った。(息を吐きながら両手を合わせる)」
店主:「手の中に受け取ったことばをこの酒に注ぎ込む。(グラスに息を吹きかける)」

私:「あの、酒の入ったグラスに息を吹きかけただけにしか見えないのですが…」

店主:「まあ、見ていたまえ。」

私:「…あ!酒に少しずつ色が…。オレンジ色になった…。」

店主:「私の声が、ことばが作り出したんだ。それらが副原料となって、ちょうどリキュールのように風味を付けたのさ。」
店主:「この酒は、この世で一杯しかない。君だけのために作られたものだ。さあ、飲みたまえ。」

私:「は、はい……(グラスの酒を飲む)」
私:「…!ほんのりと甘酸っぱくて…あたたかい…」
私:「これは…美味しいです!」

店主:「それは良かった。まだ酒はあるから好きなだけ飲むと良い。」

私:「はい。」



私:「ふへへっ…どーせ私なんて、いいように使われて終わりですよ~」
私:「評価されることも注目されることもなく忘れ去られるんです~」

店主:「仕事の話かい?不満があるのなら、存分に吐き出すといい。」

私:「…今の上司に不満があるんです。」
私:「部下ばかりに仕事を押し付けて、自分では何もしないし考えない。」
私:「私がどれだけ頑張ってもダメ出しばかりで、少しでも失敗すると、責任はすべてこっちに向けられる。」
私:「うまくいったとしても、その成果だけを横取りして自分のものにする。」
私:「私の話を聞き入れてもらえない。私がやっていることを見てくれない。」
私:「もっと私の話を聞いて欲しい!私がどれだけ頑張っているのか見て欲しい!」
私:「私が望むのは、それだけなんです…」

店主:「そのことば、しかと受け取った。」
店主:「はぁ…(息を吐きながら両手を合わせる)」
店主:「受け取ったことばを今度はこの酒瓶に注ぎ込む。(息を吹きかける)。」

私:「…深い青…群青(ぐんじょう)色になった?」

店主:「今度は君の声が、ことばが作り出したんだ。」
店主:「この酒は差し上げよう。君の気持ちを伝えたい相手に贈るといい。」

私:「はい、ありがとうございます。今日は、このあたりでお暇(いとま)します。…なんだか、気持ちが軽くなりました。」

店主:「そうかい。また気持ちを吐き出したくなったら、いつでも来るといい。」

私:「はい、そうします。これ、お代です。」

【真紅】

店主:「いらっしゃい。おや、君は…」

私:「どうも、こんばんは。」

店主:「しばらくぶりだね。今日はお連れ様も一緒か。見目麗(みめうるわ)しいお嬢さんじゃないか。」

私:「からかうのはやめてくださいよ。彼女も困っているじゃないですか。」

店主:「はは、失敬。からかったつもりはなかったんだがね。まあ、座りたまえ。」
店主:「…その後どうだい?」

私:「上司にあのお酒を飲んでもらったら、本当に急に態度が変わりました。」
私:「『思えば、今まで君に偉そうに命令してばかりで、全て任せきりだった。それに、君が頑張っていることを知っていながらもそれをきちんと見て、評価してやれなかった。本当にすまない…。』って言い出して。」

私:「それから私に対する評価は見直されたらしくて。昇進して、給料も上がりました。」
私:「あのお酒のおかげです。ありがとうございます。」

店主:「あくまで私は少し手助けをしただけだよ。評価されたのは努力を続けてきた君自身の功績だ。おめでとう。」
店主:「それを伝えるためにわざわざ来たのかい?」

私:「いえ…お察しの通り、お酒を作っていただきたくて、また来ました。」

店主:「そうだろうね。その様子だと、贈る相手も言いたいことばも、すでに考えてあるんだね?」

私:「はい。彼女に一杯作っていただきたいものがあって。」

店主:「いいだろう。…ほら、グラスに酒は用意した。いつでも大丈夫だよ。」

私:「はい。」
私:「…あのさ、今日君をここへ連れてきたのには、伝えたいことがあるからなんだ。」
私:「僕たちが付き合い始めてから、もう数年経つ。あっという間だったよね。」
私:「笑いあったことも、悲しみあったことも。君と過ごした時間全てが僕にとってはかけがえのない時間だった。どんな時間も君と共有できたことが嬉しかった。」
私:「僕はもっと君のことを知りたいと思った。これからも君と過ごしたいと思った。」
私:「それに、次の七月七日でもう二十代も終わっちゃうから、そろそろ身を固めないといけないなと思って…。」

私:「だから、だから……僕と……結婚してください!」

店主:「ことばを酒に溶け込ませる…(手を合わせ、息を吹きかける)」
店主:「この真紅の酒には彼の気持ちが表れている。飲んでやってくれ。」

私:「僕の伝えたいことは、それだけ。」
私:「…ごめんね。いきなりこんなことを言ってしまって。」
私:「急な話だし、もしそこまで考えられないということならそう言ってもらっても構わ……」
私:「え、よろしくお願いします…?」
私:「それってつまりは、…そういうことでいいんだよね?」
私:「うん、うん…ありがとう。」

店主:「さあ、まだまだ酒はある。どんどん飲んでいくといい。」

私:「はい。なかなか勇気がでなくてここに来たのですが、ほんとうにそうして良かったです。」



私:(N)それから私は、何度かあの店に行った。
私:仕事に疲れたとき、勇気が出ないときに頼るようになった。
私:おかげで全てが順調に進んでいった。

店主:(N)彼は私の力を気味悪がることも、悪用しようとすることもなかった。
店主:それが、ただ嬉しかった。
店主:だから、彼が来ると、私は喜んで酒を提供した。
店主:私でも、誰かの役に立てるのだと思った。
店主:しかし、ある日を境に彼はこの店へ来なくなった。
店主:私の力に頼る必要がなくなったのだろうと思うことにした。
店主:少し寂しく思った。

【黄色】

店主:「はぁ~あ(あくび)」
店主:「それにしても、ここしばらくは暇だねえ。」

私:「こん、ばんは……」

店主:「おや、いらっしゃい。久しぶりだねえ。てっきりもうここには来ないのかと思っていたよ。」

私:「私もそのつもりだったのですが、来てしまいました。あはは…」

店主:「別にここに来るのはダメなことではないがね。」
店主:「…それにしても、大丈夫かい?随分と顔色が悪いじゃないか。」

私:「それが、なんだか人間関係に疲れてしまって…」

店主:「人間関係?」

私:「ここのお酒のおかげで、私は自分の気持ちを伝えられるようになって、仕事もプライベートも充実していました。」
私:「でも、仕事で一度評価されたことで求められるハードルが上がってしまって。上司やクライアントに気を遣わなければならないことも増えました。」
私:「プライベートでは彼女と同居することになったはいいものの、彼女や彼女のご両親のご機嫌を取ることばかり考えてしまうんです。彼女のことを愛することが出来ていないのではないか。彼女のことを幸せにすることが出来ていないのではないか。彼女の相手が私でよかったのか。疑ってしまいます。」

店主:「……」

私:「私はなんて身勝手な人間なんでしょう。」
私:「自分のことばや気持ちがうまく伝わって欲しいと願っておきながら、気持ちが伝わって親密になると、今度は自分が相手の気持ちに応えられなかったり、相手の気持ちを疑ったりして避けてしまう。嫌になってしまう。」
私:「こんなことなら、はじめから自分のことを分かってもらおうとするんじゃなかった…。」
私:「私には誰かと関わることなんて無理だった。」
私:「だとしたら、そもそも私なんていない方がよかったのかもしれません…ははっ…」

店主:「いい加減にしたまえ…!」

私:「えっ…」

店主:「…人間というのは、皆身勝手なものだ。そんなことで落ち込む必要はない。」
店主:「それに、完璧に相手のことを理解することなんて最初から出来やしないんだよ。」
店主:「だから、ことばで少しでも気持ちを伝えようとするのだろう。」

店主:「そうやって人間関係に悩んでいるということは、そしてこの店に来るということは、君はその点において十分努力をしていると思うがね。それに周囲の人々も気が付いているから、期待を寄せるのではないかね?必要でないなんて思われてはいないだろう。」
店主:「…それに、こんな素敵な日にそんなことを言うものではない。

私:「素敵な、日…?」

店主:「なんだ、気付いてないのか。では、今日は私から一杯ご馳走しようじゃないか。」
店主:「…誕生日おめでとう。君とここで出会えて良かったと思っている。」
店主:「これからどれだけ辛いことがあったとしても、その声からも感じられる純粋さを忘れなければきっと大丈夫だ。」
店主:「だから、あがいて、あがいて、あがきまくれ。頑張れよ。」
店主:(両手を合わせ、グラスに息を吹きかける)
店主:「…さあ、出来たぞ。」

私:「いただきます…。…きれいに透き通った明るい黄色ですね。」
私:「……炭酸のようにシュワっとしていて、後ろから背中を叩かれて励まされるように感じます。……素敵なお酒を、ありがとうございます。少し元気が出てきました。」

店主:「それでいい。ああ、お代はいらないさ。」
店主:「君の声が、ことばがこれからも大勢の人と繋がっていくことを楽しみにしているよ。」
店主:「…じゃあな。」


私:(N)その後同じ場所に行ったが、その店は跡形もなく消えていて、行くことは出来なかった。
私:あの店に行くことはなかったが、私はことばを少し大事にするようになった。



私:ことばには不思議な力がある。

店主:声という波に乗せられた気持ちは誰かの心を揺さぶる。

私:私たちはそうして繋がっている。

店主:だから聞かせてくれ。君の声を。

私:だから聞いて欲しい。私の声を。

店主:その声はきっとどっかできれいに響くだろう。


《終》

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