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【短編小説・1人用朗読台本】無機質な世界より、アイをこめて。 ⑤Freedom

この作品は、声劇用に執筆したものです。
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ある日、世界は私だけを残して、止まってしまった。
これは決して比喩ではない。文字通り、止まったのだ。
当たり前のように、目を覚ますと止まっていたのだ。
これは、そんな世界で生きた、一人の愚かな人間の手記である。

―もしも自由になれたのだとしたら、その先にはきっと死が待っている。―

【上演時間】
約10分

【配役】
ワタシ(男):この手記の書き手。時間が泊まった世界に生きている。
    ※性別変更可

役者(男): 小劇団の座長。大ざっぱに見えて繊細で芝居に対して一途。 
    ※性別変更不可
    ※「ワタシ」と兼役

※このシナリオはシリーズ台本です。単体でもお楽しみいただけますが、シリーズを通してご覧いただいた方が、より楽しめるかと思います。



ワタシ:ワタシ以外の時間が止まってから、三ヶ月はたっただろうか。
ワタシ:ここしばらく、ワタシは食料の調達以外で外出することがなかった。
ワタシ:だれとも関わりたくなかった。ひとりでいたかったのだ。
ワタシ:ワタシの他に動いている人間に会いたいと思うことも、この世界を元にもどしたいと思うこともなくなった。
ワタシ:うってかわって何もしようとも思わなくなって、無気力になってしまった。
ワタシ:自分ひとりの世界。自由に過ごすことができる世界。
ワタシ:そのはずなのに、ワタシは不自由でいた。



ワタシ:気晴らしに外へ出る。
ワタシ:気をまぎらわせることのできる何かがほしい。そうすればきっと、余計なことを考えずにすむ。
ワタシ:ワタシが夢中になれることは何だ?ワタシはこれまでの人生で、何をやってきた?
ワタシ:ぼんやりとしていて、思い出すことはできない。答えることはできない。
ワタシ:あてもなく歩いていると、近くの商店街に着いた。
ワタシ:こういう商店街は苦手だ。近所の顔なじみしか、かんげいされない気がする。
ワタシ:ワタシのように人付き合いが苦手でなじめない者は、きっとその中に入ってはいけないのだ。
ワタシ:早々に立ち去ろうとしたが、電柱にはり付けられた「役者求む!」と書かれたポスターが目に入った。不意に、なつかしくてなんとも言えない感情がむねにこみ上げる。ここに行けば、やるべきことが見つかるかもしれない。そう思った。



ワタシ:ワタシは商店街近くの小さなビルに来ていた。
ワタシ:地下にあったのは、小さなブタイだった。ビルのホネ組みが丸見えで、照明などの設備も良いとは言えそうにない。
ワタシ:目を細めて見回してみると、ブタイの上では一人の男が止まっていた。その周りには、数人の男女が集まっている。見たところ、ケイコをしているようだ。

役者:――あれっ、もしかしてお前、役者希望かぁ?

ワタシ:ブタイの上で止まっていたはずの男が動き出す。こちらに顔を向け、声をかけてきた。着ているシャツはすっかりくたびれていて、カミはのびてボサボサだ。一言で形容するなら、だらしない。

ワタシ:――あ、えっと、ワタシは見学に来ただけで……

役者:――見学って言っても、ブタイにきょうみがあってここまで来たんだろ?せっかくだし、ちょっとやってみないか?

ワタシ:男は有無を言わせず、矢つぎ早(ばや)に話しかけてきた。ぐいぐいと近寄ってくる。かなり強引な人だ。

ワタシ:――ちょっと待ってください。ワタシはエンギなどやったことがありません。いきなりそんなことを言われてもこまります。

役者:――ブタイに上がってもねえくせに、出来ないって決めつけるんじゃ
ねーよ。やってみなきゃ分かんねーことだったてあるだろ?

ワタシ:――上がらなくとも分かりますよ。これまでいつだってそうでした。何も出来ない。何者にもなれないんです。

ワタシ:ワタシがそう言うと、男はニタッと笑った。

役者:――そんなら、お前は役者にむいてるよ。

ワタシ:――そんなこと、なぜあなたに分かるのですか?

役者:――何者でもないってのは、これから何者にでもなれるカノウセイがあるってことだろ?
役者:――色んな役をえんじてみたらいい。ブタイの上では何者にでもなれる。リアルがどうであろうと、そこに立つかぎり自由なんだ。

ワタシ:――自由…

ワタシ:今のワタシは、はたして自由といえるのだろうか。ワタシにとっての自由とは何なのだろうか。ここでなら、自由を手に入れられるのだろうか。
ワタシ:それを見つけるためにも、やってみるのもいいかもしれない。どうせ他にやるべきこともないのだ。
ワタシ:だれのためでもない。ワタシは、ワタシの自由のために生きよう。

ワタシ:――…分かりました。やりましょう。

役者:――よっしゃ!じゃあ、これやってみようぜ。

ワタシ:男が出してきた台本を開く。そこには、『味のある声』と書かれている。

ワタシ:――…変なタイトル。

役者:――そんなこと言うなって。ほら、お前から、読んでみろって。

ワタシ:男にせっつかれて、しぶしぶ読み始める。

ワタシ:――『言葉には目に見えない不思議な力がある。』

ワタシ:ただ、セリフをなぞるように読むだけ。この言葉は、ワタシの言葉ではない。

役者:――『だからワタシは、それをある形に変えた。』

ワタシ:――えっ…!

ワタシ:ワタシは台本に目を落としていたが、さっきとはあまりにもちがう男の声に、思わず顔を上げた。やさしく包むような声も、おだやかな顔つきも、手をむねに当てるおしとやかな仕草も、まるで別人のようだった。
ワタシ:ぼう然としていると、男がチラリとこちらを見る。ワタシはあわてて続きを読む。

ワタシ:――『言わなければ、伝わらない気持ちがある。』

ワタシ:それなのに、カレはあのとき、その言葉を言ってはくれなかった。伝わるころには、おそかった。

役者:――『だから私に、その気持ちを伝える手助けをさせてくれ。』

ワタシ:あざ笑いたくなるようなセリフ。もうおそいのだ。もう、ワタシはだれかに気持ちを伝えることをあきらめてしまった。

ワタシ:――『その言葉を、どうやって伝えよう。』

ワタシ:この世界で、伝える必要なんてないのだから、そんなことでなやむことはないのだ。

役者:――『さあ、君の声を聞かせて!君のことばを聞かせて!君の気持ちを聞かせて!』

ワタシ:男はそんなワタシを見て、手を差しのべた。その笑顔が少しうらやましくて、目をそらした。ワタシも、自由になれるだろうか。この人のように。
ワタシ:そんなことを考えながら、ワタシは次のセリフを読んだ。



役者:――よし、こんなもんだなっ。

ワタシ:――ふうー…

ワタシ:台本を読み終えて、ワタシ息をついた。こんなにつかれるものだとは思わなかった。台本をとじて、ショボショボした目をこすった。

役者:――なんだ、こんなのでへばってんのか?まっ、ブタイの上でキンチョーするのは分かるけどよ。

ワタシ:――はぁ…あなたは、よく平然としていられますね。

ワタシ:この人は、息一つみだれていない。しばいも、初心者のワタシですら分かるくらいに上手い。かなりなれているようだった。

役者:――そりゃ、ガキのころからブタイとシバイにふれてきてるからな。

ワタシ:――それは、どういう…?

ワタシ:ワタシの問いに男は少しためらいを見せたが、すぐにまた口を開いた。

役者:――オレの親はどっちも役者なんだよ。それで、ずっと親のシバイを近くで見てきた。「お前まで役者になることはない。好きに生きろ」って親は言ったけど、オレはブタイで自由に生きてる親にあこがれてさ。オレもここで生きていくんだって思ったんだよ。
役者:――それなりにケイコはしてるし、まだ小さいのばっかだけど、ブタイにも出てるんだからな?

ワタシ:本当だぞ、と言っておどけたこの人に、ワタシはかなわないだろう。シバイだけではない。もっと根本的なところで、かなわない気がした。

役者:――ところで。どうだったんだ、初めてシバイをした感想は。

ワタシ:男に言われて、ワタシは改めて考えた。決められたセリフを言うだけ。それだけのはずなのに、そのキャラクターはワタシの中で生きていたように感じる。自分とキャラクターが一体になる。そうして、ワタシ自身が何者かになれる気がした。
ワタシ:役者として生きていくことが、ワタシのやるべきことなのだとしたら、それは……

ワタシ:――…悪くはない、ですね。

役者:――だろ?

ワタシ:男はそれだけ言って、明るくほほ笑んだ。そこで男はまた止まってしまった。


ワタシ:男はワタシがケイコに来ると動いて、ケイコが終わると止まった。
ワタシ:毎日ケイコをするという目的ができて、これまでよりも生活にハリが出てきた。それに、シバイで自分のかかえているものを全て出しているからか、ケイコをした後はかなり落ち着いていた。
ワタシ:変化が起こったのは、そうしてケイコをしていたときのことだった。

役者:――あー、ダメだ。もっと上手くやれると思うんだけどなあ。

ワタシ:――そうですか?ワタシは今のシバイで良かったと思いますけど。

ワタシ:これはお世辞ではなく、本心だった。この人のシバイはワタシからすれば十分レベルの高いものだった。

役者:――いや、まだだ。こんなもんじゃ、客はよべねえ。あの二人の息子として、期待されてんだ。もっとこの台本のキャラクターになりきって、よくようをつけて、動きの一つ一つをていねいにするんだ。あとは…

ワタシ:――……


ワタシ:その日から、男はブツブツと言いながらひとりで考えこむようになった。

ワタシ:しかし、ケイコを重ねるごとにカレのシバイはむしろ悪化し、ザツでぞんざいなものになっていった。苦しむカレにワタシは声をかけたが、まともに聞こうとはしてくれなかった。

ワタシ:――あの、そんなに考えこまなくても…もっと、気楽にやりましょうよ。

役者:――オレたちは売れてなくてもプロだ。お遊びじゃねえんだぞ。

ワタシ:――それは分かっています。ですが、楽しくないのにシバイをしても、良いものになるとは思えません。

役者:――楽しい、か。たしかに、最初はそう思ってたけどよ。もうそんな風に思えねえよ。

ワタシ:――そんな、なぜ…。

役者:――親が、父さんと母さんが自由にのびのびとシバイをしているのを見て、オレも役の中でなら何も考えずに自由でいられると思った。楽しかったんだ。でも最近は、二人の息子って期待にこたえなきゃいけねえとか、売れないといけねえとか、そんなことばっか考えちまう。そんなことを考えてると、自分のシバイに自信がなくなってくるし、どれだけ努力しても、もう上手くはならねえって気づいた。それで、じゅんすいにシバイを楽しむことが出来なくなった。

ワタシ:――……

役者:――ああ、上手くなりたい、上手くなりたい、上手くなりたいっ上手くなりたい!上手くなりたい!!

ワタシ:――お、落ち着いてくださいっ。

役者:――(乱れた呼吸を整えながら)……オレ、なんでこんなことしてるんだっけ?なにをしたかったんだっけ?

ワタシ:――それは、ブタイの上なら自由でいられるから、ではないのですか?

役者:――自由?ハハッ、お前にはそう見えるか?ブタイの上でも、親のことや客のことばっか考えてるのに。…いいか。生きているかぎり、人と人とのつながりがあるかぎり、自由にはなれねえ。にげることなんてできねえんだ。

ワタシ:――ウソだ…

役者:――ウソじゃねえよ。……だからオレはもう、ブタイに希望を持つのはやめた。もっと、ユメを見れる場所へ行くんだ…。

ワタシ:うつろな目で男が取り出したのは、白いこなが入ったふくろだった。

ワタシ:――ユメを見れる場所って、まさか……。

役者:――これさえ使えば、オレは自由なんだ!どうだ、うらやましいだろ?
役者:フフッ…ハハハハハハハハハハハ…!

ワタシ:――あっ…ああっ…!

ワタシ:ワタシはたえきれず、男にせを向けて出口へと向かった。カレの笑い声はしばらくひびいていたが、やがてピタリとやんだ。



ワタシ:人と人のつながりがあるかぎり、自由にはなれない。
ワタシ:だれかの望んだ自由が、他のだれかの自由をおかすことを分かった上で、
ワタシ:ワタシたちは上辺だけの関係をえんじている。
ワタシ:全員にえんじるべき役があたえられる。
ワタシ:その役を上手く演じることが出来なかったら…
ワタシ:その時は、ブタイから落ちていくしかない。
ワタシ:ワタシはいつまでこのブタイの上にいなければならないのだろうか。
ワタシ:いや、それとも。ワタシはもうとっくに…

ワタシ:もしも自由になれたのだとしたら、
ワタシ:その先にはきっと死が待っている。


              《続く》

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