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イカサマ #1

プロローグ

壺の中の賽子さいころが盆ござの上に落ち着いた。
賭場とばの進行役である中盆なかぼんが「張った、張った」と唸るような声で客を煽る。
ふくが『丁』に駒札こまふだを張ると、まわりの客が次々と『半』に廻った。なかには、ふくの顔を覗きこみ、にやにやと笑う者もいる。中盆が「丁方ちょうかたないか」と誘いをかけ、ようやく丁半がそろった。
はたして壺振つぼふりが壺を持ち上げると、二六ニロクの丁。
「ふざけやがって」
『半』に張った客の一人が吐き捨てるように言い、何人かがふくを睨みつけた。それには気づかないふりをして立ち上がり、連れの助蔵すけぞうが清算するのを待って店を出た。

帰る道すがら、助蔵は首を傾げた。
「どうしてふくのことを侮るんだろうな。むさくるしい賭場で紅一点、只者じゃないと思わないのか」
「私が何度勝ったって、あの人たちはまぐれだと言うだろうね」
「見る目がないってのは悲しいね。ああいう輩は腕の一本でも折られないと自分のことを変えられない」
耳の奥で嫌な音を思い出して、ふくは顔をしかめた。
以前ふくに絡んできた客を助蔵が突き飛ばし、賭場を統べる胴元どうもとの機嫌を損ねたことがあった。胴元は賭場が荒れることを厭う。こちらは有り金をすべて差し出し許してもらえたが、一方の客はすでに負け越しており、また態度もよくなかった。腕を捩じ上げられ、嫌な音がしたと思ったら男は気を失って倒れた。
このとき助蔵と決めたのだった。どんな言いがかりも受け流し、諍いになりそうな客からは離れようと。胴元に目をつけられては元も子もない。
「それより、次は岩切親分の賭場だ。芝で開帳するらしい」
「あの元相撲取りの親分さんか。丁半だよね?」
助蔵は頷き、「それはあくまで噂だ」と言い添えた。
丁半博打とは、壺と呼ばれる縦長の小さなざるに賽子を二つ投げ入れ盆ござに伏せ、出た目の和が丁(偶数)か半(奇数)かを賭ける。壺振りは声を出さず中盆が仕切るが、一人で二役を担う場合もある。
「壺振りと一対一の三番勝負だ」
ふくはぎょっとして立ち止まった。
「本気?」
「おまえが望んだことだろう。他の客に八つ当たりされることもない。親分のほうも、ふくの力量を見たいそうだ」
「じゃあ三番とも勝っていいんだね?」
「ああ、いつも通りやればいい」
話は終わったとばかりに片手を上げ、助蔵は足早に去っていった。

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