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『紀元前九十二年、ヒダカの海を渡る』[208]真相

終章 別れのとき
第2節 メナヒムとヨーゼフの物語

[208] ■1話 真相
「どうしてもというのならば、吾れの手でやる」
 と、エレグゼンがみなの前で口にしてから四日が過ぎていた。
 この時季には珍しい小雨の中をメナヒムがエレグゼンのゲルまでやって来た。
「入るぞ、いいか?」
 そう声を掛けて戸口のヒツジの皮をめくると、エレグゼンの近くに座った。
「お前に話しておいた方がいいと思うことがある」
 ――エレグゼンはナオトを除くことに同意した。ならばわしは、これまでにずっと、わしなりのやり方で匈奴の国を守ろうとしてきたことを、どうしてもエレグゼンに伝えておかなければならない……。
 そういう思いからメナヒムが、どうしたんだろうという顔のエレグゼンを前に静かに語り出した。
「……。お前は気付いていたかもしれぬが、実を言うとわしは昔からヨーゼフを知っている。幼い頃からだ」
「……?」
「事情があって、ウリエル以外の誰も、わしとヨーゼフが古い知り合いだとは知らない。エッレ、お前にもいま初めて明かす」
「……幼い頃から、ですか?」
「ああ。わしが六つのときからだ」
「六つ? ……」
「この地に移ってすぐに、お前が川で溺れ掛けるということがあった。覚えているか?」
「ええ、もちろん覚えています」 
「救ってくれたという胡人親子の話になったとき、わしは本当に驚いた。お前がおぼれたからではない。お前が口にしたその胡人の名前がヨーゼフだったからだ。わしもお前の父のカーイも、まだ幼い頃にヨーゼフに救われた。そして、今度はお前がか、と驚いたのだ」
「……?」
「もしやという思いで、わしは次の朝、礼を言いがてらその胡人の親子を訪ねた。そしてそこで、ヨーゼフと再会した。一年ぶりだった。ウリエルにはそのとき初めて会った。
 その前にヨーゼフと会ったのは、お前の父のカーイと二人でジュンガル門の護りに当たる前の夏だ。たまたま、ハミルのバザールで二十何年かぶりに出会ったのだ」
「二十年ぶりに? それに父も一緒に……」 
「わしとカーイは、幼い頃、同じハミルでヨーゼフ兄弟に初めて会った。わしが七歳になる少し前だ。ヨーゼフはお前の祖父母にも会っている。
 トゥバへの旅に出る前に半年過ごしたハミルで、わしら一家は本当にヨーゼフの世話になった。五歳になるかならないかのお前の父は、ヨーゼフの弟のダーリオに遊んでもらったことをずっと後まで覚えていた」
「そんな昔に……。ハミルではどういう事情で知り合ったのですか?」
「わしら一家四人は、シーナのニンシャからの長い旅を終えて、ハミルに住む胡人の商人の家に身を寄せていた。オアシスの国ハミルはその頃から大きな町だった。同族が数多く住んでいて、わしらの他にも合わせて百人近くのニンシャ人が城内の家々にかくまわれていた。

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