バス運転手の適性診断受診拒否を理由とする退勤命令と不法行為の成否
阪急バス事件(大阪地判令和5年8月25日令和4年(ワ)第8247号)
(事案の内容)
バス運転業務に従事する労働者Xが、会社Yから運転業務に係る適性診断の受診を拒否したことを理由に、退勤を命じられたことについて、不法行為に当たらないと判断された事案
(経緯)
1 労働者X(以下「X」という。)は、平成31年まで正社員として会社Y(以下「Y社」という。)を定年退職し、令和元年7月23日に有期雇用契約を締結し、その後更新された。また、Xは、所属する労働組合の執行委員長を務めている。
2 Xは、Y社の運行管理者から、独立行政法人自動車自己対策機構(以下「ナスバ」という。)が安全指導業務として実施する適性診断のうちの一般診断(以下「一般診断」という。)を令和4年9月17日の勤務中に受診するように指示されたが、事前に実施計画が示されていないことを理由に、受信を拒否した。
また、Xは、同月23日の勤務中に、再度Y社から一般診断を受信するように指示されたが、同様の理由で受信を拒否した。
そこで、Y社の運行管理者は、Xの受信拒否を理由に、Xが午後8時47分までバスに乗務する予定であったが、乗務をせずに退勤するように命じ(以下「退勤命令」という。)、Xは退勤命令に従い退勤した。
Xは、退勤命令が前もって受診予定日が示されず、勤務時間中に無理やり組み込み、一方的に指示されたものであるところ、これを拒否したことを理由としてなされた退勤命令は、労働組合潰しを目的とするもので、不法行為を構成するとして、訴訟を提起した。
【裁判所の判断】
(結論)
Y社の退勤命令は、Xの権利又は利益が違法に侵害されたということはできず、退勤命令が不法行為を構成すると認めることはできない。
(認定事実)
1 一般診断について
一般診断は、ナスバの実施する任意の適正診断であり、運転士の性格、安全運転態度、認知・処理機能、視覚機能等について、心理及び整理の両面から個人の特性を把握し、安全運転に役立つ助言等を実施するものである。
2 Y社における一般診断の実施状況
国交省は、法定の適正診断とは別に、任意の機会に受診する適性診断として、3年に1度を目途に、国交省の認定する適性診断認定機関(ナスバは含まれる。)による適性診断を受診させることを推奨している。
Y社においては、これを受けて、各運転士に対し、3年に1度受診させることとしており、対象者が勤務中、かつ運転業務に従事しない時間帯に一般診断を受診させ、結果を踏まえた指導を行うこととしている。
また、Y社は、運転士の所属する労働組合に関わらず、一般診断の受診予定日を前もって通知しておらず、一般的に勤務中の乗務のない時間に受診できるように適宜指示している。
3 Y社における安全教育の位置づけ
Y社就業規則においては、会社の行う安全に関する教育は、必ず受けなければならないと定められており、同規定は、再雇用者にも適用がある。なお、診断結果は人事考課に反映されることはない。
4 運行管理者の義務
一般旅客自動車運送業者は、営業所ごとに運行管理者を選任しなければならず、事業用自動車の運転者その他の従業員は、運行管理者がその業務として行う指導に従わなければならない(道路運送法23条の5第3項)。
そして、旅客自動車運送事業の管理者は、疾病その他の理由により安全に運行の業務を遂行できないおそれがある乗務員等を運行の業務に従事させてはならないとされている(旅客自動車運送事業運輸規則48条1項4号の2など)。
(理由)
1 一般診断の受診を命じたことについて
Y社においては、安全に関する教育は必ず受けなければならないとされ、かつ一般診断の受診は安全教育の一環と位置付けられている。
そして、Xに対する一般診断の受診の指示は、いずれも実施時期、方法等がY社における運用上一般的なものであった。
そうすると、Xへの受診命令は、Y社の安全教育の一環としての業務命令の範囲内というべきであり、違法又は不当な目的によってなされたとか、必要性、相当性を欠くと認めることはできない。
2 退勤命令について
一般診断の受診を命じたことが安全教育の一環としての業務命令の範囲内であったことに加え、運行管理者が事業用自動車の運行の安全の確保のために乗務員に対して適切な指導・監督を行わなければならないとされているなど各種義務を負っており、運転者は運行管理者の指導に従わなければならないとされていることから、Xが2度にわたり運行管理者の命令に反し、一般診断の受診を拒否したことを踏まえ、Xによっては安全に運行の業務を遂行できないおそれがあるとして、退勤命令の当日に予定されていた業務をさせないこととして退勤を命じたことは必要かつ相当であった。
なお、一般診断の内容及びY社において結果が人事考課に反映される予定はないことから、一般診断の受診に当たり、受診者において特段の準備が必要とは解されず、また労働組合潰しを目的とするものであると認めるに足りる証拠はなく、Xの主張は採用できない。