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80の壁をどう乗り越えるか、トシヨリが欲しがるものは何だろう?

 日曜日の朝は静かです。
 タイの日の出は日本といささか趣を異にします。夜ともなると、田舎では街灯がありませんから外は真っ暗になりますがそれが朝まで続き、日が出ると急に全体が明るくなります。今の時期、日の出は6時半過ぎです。
 老人は目が覚めるのが早いし、体内時計は日本のままなので3時、4時に起きてしまいます。友人のレストランの掃除と皿洗いを手伝っていますが、昨日は一つ事件がありました。近所のMACRO(ホールセラー)から中国産のリンゴ(ふじ、と表示されていました)を1キロ袋で買って来ましたので、毎日のように食事に来ているお客さんにリンゴを剥いてサービスで出していましたら、昨日の事件に遭遇したのでした。
 会計に来たお客さんが店のマスターと私にビール(大瓶、チャーン・クラシック)を1本ずつ奢ってくれたのです。イケメン系の青年で、お金持ち風ではなかったですが(といっても車を持っていますから貧乏な階層ではないでしょうが)
「いつも美味しいリンゴをありがとうございます」とのこと。ちょっと心の和む事件でした。青年だったことも嬉しかったですね。なんか、タイの未来が明るい感じがしました。

「日本は全くしょうもない世の中になったもんだ」
この頃は嘆かわしいことばかりに目がいってしまいます。トシをとると相手に合わせて柔軟に対応するということが苦手になります。体も頭もコチコチに硬くなってしまうのです。パワーが思いっきりダウンしてしまったトシヨリはかえって始末がいいのです。変に抵抗しませんから。
 パワーが半端に残っている場合には自分の失った柔軟性にさえイライラが募り、些細なことで爆発することがあります。コンビニで何を怒っているのかわからないけど、怒鳴り声を出している老人を見かけるのはその人の性格が悪いからではなく、自分の老いにイラつき、対処の方法を見出せていないからです。自制力が衰えるのです。
 正月早々、郵便局で何やら大きな声を出している老人がいましたが、多分自分が何で怒っているのかを良くわからないまま、「気に入らない」から大きな声になってしっているのじゃないかと思いました。現役時代に職場で地位の高かった人に多く見られる現象だという人もいます。
 そうやってイライラを発散することで自分の精神状態の平静を保っているんです。本能的な平衡感覚です。赤ちゃんがミルクを欲しくて大泣きするのと変わりません。自分も気をつけていますが、最近の世の中の出来事や政治家のひどい言動、偉い人たちの「偉くない発言」、汚職、嘘、弱い者イジメなどが多すぎるように思います。

 公私混同を問題にされ、辞職に追い込まれた某知事さんは熱りが覚めたからでしょうか、何かと世の中に向け発言をし始めました。お腹が痛いから、頭が痛いからと入院騒動になり、議員会館の中でお金のやり取りをした政治家が、体調が戻ったら事の次第を明らかにするといった約束を退院後も果たさず現役復帰して平然として要職に就いている人もいます。倫理観や約束したことに責任を果たすという責任感など、人として基本的な要素が欠如しているとしか思えません。

 愚痴はこのくらいにします。
バンコクの電車(高架線・BTS)は最近混むようになりました。今回の旅でパヤタイ駅からチョンノンシー駅まで乗った時です。ドアの近くに立っていたら、腰のあたりをチョンチョンと突つく人がいました。見ると若い女性で、席を譲ろうとしていたのです。
「何かな・・・嬉しいような嬉しくないような」・・・でしたね。
タイでは電車の席を譲る人が多いです。スマホにかじり付いている人も東京に負けず劣らず多いですが、年寄りや子供に席を譲る若者もまた、多く見かけます。

 日本では「おもてなし」というキャッチフレーズが盛んに使われていますが、普段着のおもてなしにはなっていない(商売用のオモテナシ)ように見えます。この考えは日本に遊びに来る外国人観光客のための概念で(お金を落としてもらいたい)、一般には通用されないのですが、時々「お客様にはオモテナシをすべきだ」と勘違いしている人がいて「お客様は神様だ」という昭和レトロの価値観に囚われてしまっている人もいます。普段着、普通、日常的、ごく自然の「オモテナシ」があって良いと思います。特におトシヨリ向けには普通の振る舞いが欲しいです。

〈表紙の写真はマドリード中央駅です〉
〈プラダ美術館は無線機を借りて説明を受けましたが、日本語バージョンです〉

小学生・中学生がプラダ美術館の開館に並んでいました
こちらは無料入場に並ぶ一般客と観光客
5時以降は毎日無料になります
土曜日、日曜日は3時以降が無料になります


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