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これは川ではない。滝だ。


【これは川ではない、滝だ!!
治水の神、ヨハネス=デレーケにそう言わしめた富山県の河川】

〜入善 踊場水道組合と私〜
(おどりばすいどうくみあい)

実家の生活水は、井戸水を機械のポンプで汲み上げられたものを使用しています。

お水には名前があります。
『踊場水道』

実家の前と後ろに、清水が流れています。
昔は、川が剥き出しで、落ちて死ぬ子もいました。
後多分に漏れず、私も落ちて、草を掴んで這い上がりましたが、母からビンタされ、『言わんこっちゃない』と太腿をつねられ、紫色の青字が黄色になり、治って行った記憶があります。
(川に落ちた事よりも、母の方が怖かった。
3日に一回は叩かれて育った記憶がある、どうしょうもないジャジャ馬でした。母が父の代わりもしましたので虐待など、当たり前でした。)

その、踊場川から名前を取った『踊場水道組合』は、100何雇の家庭で『共同利用』している自治体の水のため、お金儲けのための水ではありません。

持ち回りで、ポンプの班長と、メーターの見回り、計算をします。

水を使いすぎたかな、、、。

そんな月でも、せいぜい2000円/月ほどの集金があるかないか。

そのお金は、機械のメンテナンスなどに利用されるため、集められたお金は資本家の利益とは無縁です。

普通の水道の蛇口🚰から、夏にはキンキンに冷えた水がでます。

少しカルシウムも高いのか、冬には、ストーブにかけたヤカンの底に、ザラザラしたものが少し溜まります。

仕事で忙しい母に変わり、中学生以上になってからは、当番月に検針をして回った
記憶があります。

いま、少しずつ、少しづつ、

『資本論』を独学でやっています。

マルクスの言いたい、共同利用や、分配は、私の実家の飲み水の利用法と同じであることに気づきました。

難しい勉強も、本を何回も何回も読む事で、眠ってすぐにピピっと気づいたりすることがあるのは不思議です。

川が滝、、、。
まるで飲み水が身体に沁み込むように、
じんわりと私の身体に、その名言が
沁み込んでいきます。

川に落ちて、母に叱られて、そんな
少年時代のような経験が、いくつもの
『気づき』を与えてくれます。

乾杯!!入善の水

乾杯!!美しきふるさとの川たちよ。

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