世の中や精神医療(しか)


精神医療ひとつとっても、やることの複雑さが見えてくる。

その複雑さは、システムと化した医療に組み込まれることにより、個々が身動き出来なくなることだ。

あの精神医療のBOSSが言うように、現状体制を変えない限り患者を望むようにさせることは出来ないだろう。

というよりも、システムや法が、何かを束縛するように元からできているようにも見えるし、それを踏まえてる考えれば、如何に出来ないことが多いか。

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ところで、アンタッチャブルな本を読んでいる。

この国の触れてはならない部分、利権や昔ながらの村意識の強い利害関係のある仕組みについて語られているモノだ。

要は、どうすればビジネスになるか?を考えて結果が悪くなる話だ。

そこには、果たして世の中に対して何か良いことをしたり、自らの特技を還元したい、というものは全くない。

もっと、おどろおどろしいもので、利権…この場合、助成金なり補助金、予算など、何か響きのいいキャッチコピーを持って、どう引き寄せられるか?しか、無い。

亡くなった近藤さんがいったが、無駄な治療が如何に金儲けになっているか?製薬会社と医者が、患者や薬品で金儲けを考えているか?その部分を患者は、賢くならないといけない、と話していた。

なるほど、そう考えれば精神医療も、似たようなものかもしれない。

本来は患者の困り事を何とかするものを、うつ病の薬しか出さず、効いているのかいないのかわからない…いつまでも世の中のせいにしておく方が、処方する側も金には困らない。

福祉は儲かると誰かが言っていたし、最近では患者を何もさせずに囲っておくだけで儲ける農園もあった。

まさに、考えようによっては生き物(人間)は金になる。

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中井久夫などは、職業病人に患者をしてはならない、といった。

小さな閉鎖(病棟)以外にも、どこか住み良い場所が患者にはあるはずである、と言っていた。

病と言う鎖から如何に患者を自由にさせるか?より望ましい姿にするか?は、現代の世の中を見る限り全く遠いものだ。

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