依存症(高齢者編を観た)

アルコールや薬物で滅茶滅茶な人生を送ってきた人間のドキュメントを観た。

感想は以外…

「親族は骨も受け取らない」

親兄弟、親族、その他に散々の迷惑をかけ、今に至り、ようやく別の擬似家族に居場所を見つける。

刑務所でも高齢化があるというが、ドキュメントにも患者同士が助け合うシーンがあった。

難しい問題である。
要は座敷牢か何かを用意すれば、済む話…云々言われるだろう話だ。

それを、人権侵害だの言うから、話はややこしくなる。

確かにハト派な医者や人権派の精神科医などは、患者を世の中に送り生活させるのを求める。

しかし、現実には兄弟、親族が借金を負担したとか、暴れてモノを壊し数百~千万負担したというのがある。

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理想を語る意見に、歳を取れば人間は変わるとか、魂の問題とか言ってファンタジーなどを持ち出すが、現実はファンタジーではない。

もちろん、患者は常識の外に生きているのであり、この世という常識の中にあるうちは、やっていることは周りにとって迷惑千万なのである。

この、それぞれの温度差が家族(世の中)と医者、患者を三つ巴の関係にして、事態をいつまでも終わらせない。

しかし、世の中というのは常識に溢れている。
常識というのを生きられないというのは無くはないし、誰とて常識を100%で生きているけでは無い。

世の中に合わないというのは気の毒である、と前に書いた。

残念ながら、そういうパターンもあるのだろう。

そして、残念ながら呑んだくれることしかできない人生を歩むしかないというのは、やはり気の毒に思う。

人生の克服は次のステージへの適応でもある。
ある事件やハプニングを克服することで、次の日常に向かえる。

村上さんの作品には、この手の内容が上手く描かれており、主人公は課題を克服するため、奇妙な物語に投げ込まれる。

ただ、そのハプニングも克服出来ずに、引きずる場合がある。

引きずり、今に至り、まだそれをしてしまうというのが、何らかの心身症や神経症のようなものかもしれない。

もちろん、アルコール症だってそうだ。
時間が経つにつれ脳症になり、心理より身体病へと深い症状になるが、元は供養や克服されなかった自身や家族、何らかの課題があったのかもしれない。

あとから見る者は、もう脳のアルコールしか受け入れない症状だとしか見ないため、原因を突っ込むことはない。

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