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不登校生活1 〜誰かを納得させる為の原因(理由)探しはしなくていい〜

不登校生活の始まり

「お母さん助けて!」

仕事中に娘からのメールでした
娘が小学校3年生の出来事です

当時、娘は友達からイジメられて
帰ってくるようになりました

メールが届いた時も
理由もなく
文句を言われていたそうです

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その頃、娘は男の子の服を
着るようになっていました
何年も後に「可愛い子ぶって」
と言われるので
男の子の格好をしていたとわかりました

そしてとうとう
「学校へ行きたくない。。。」

と言われました


「学校行きたくない」と言われた私の対応


〜娘へ〜
「悔しいけど負けちゃだめだ」(励まし)
「将来の為に学校へ行かなきゃ」(説得)
「なんで行かないの?」(怒る)


〜学校へ相談〜
担任、学年主任、校長
部活の先生、養護教諭 等々


〜保護者仲間へ相談〜
娘の友達や母親
仲の良い保護者
自分の友達

〜家族へ相談〜
実家


だんだん不登校生活へ

私に励まされたり
怒られたり
説得されたり

担任に励まされたり
怒られたり
説得されたり

いろんな人に
「学校へいくこと」を言われ続け
娘は頑張って
嫌な思いをする学校へ
通っていました

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でも顔から笑顔が消えていました
無表情になり
生気は無くなっていき
だんだんと
学校へ行けない日が増えました。

娘の辛そうな顔を見るたびに
悔しくて
悲しくて
何がいけなかったのか?
という想いばかり湧き上がる毎日

こんな風に
6年間の不登校生活は
始まっていきました

原因(理由)探しは必要ない


相談をすると必ず

〜学校〜
「何で来ないのですか?」
「何が原因?」
と聞かれました

娘の場合は簡単に言えば「いじめ」です。
しかし「いじめ」というだけでは
「休みつづける理由」として
理解してもらえませんでした


「クラスメートを迎えに行かせます」
「クラスで話し合います」

それでも怖くて学校に行けないと

「あなたの子どもが問題では?」
「発達障害では?」
「お母さんは、どんな対応をしているのですか?」
に変わってきました

時間が経つと
「いじめた子とは、クラスが別れたのでしょ?」
と言われました


娘は不登校になるまで
自分の心を奮い立たせて
頑張って登校していました
しかしもう限界だったのです

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理解してもらえない辛さ
相談したのに守ってもらえなかった辛さ
自分に自信をなくしてしまい
不安だけになってしまった


「何が原因なんですか?」
と聞かれても
「コレが原因です」
なんて1つに絞れない
出来事の1つが原因ってことは
ないのです


積み重ねで
「学校に行かない」
という選択をしなければ
自分を守れなかった
という結果だと
私は思います

6年間の不登校生活を子どもと歩んで思う事


子供もお母さんも
自分や誰かを納得させる原因(理由)探しなんてしなくていいのです

それよりも
子どもに寄り添うエネルギーを残した方がいい

私が娘の6年間の不登校生活で
見つけた答えです

moco

サポートありがとうございます! 全国の不登校で悩むお母さん・子どもたちの元気と安心に繋がれるよう頑張ります(^-^)