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NHKドラマ『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』、あるシーンでの手話と字幕の違いで感じたこと

前後編で放送されたNHKドラマ『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』を、ようやく見た。

後編、主人公の荒井尚人(草なぎ剛)に高齢のろう者・益岡さんが自分のことを語った。

<私も妻も>
<子どもを望んだが・・・>
<だめだった>
<高校生のとき 妻は>
<両親から盲腸だと言われ>
<手術を受けていた>

NHK土曜ドラマ「デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士」より

短いけれどショッキングなシーンだ。しかし正直なところ、理解にいたるまで、ワタシには0.5秒のタイムラグがあった。「まさか」という0.5秒が。

NHK広報局のnoteに、CODA考証・手話指導の米内山陽子さんによる文章が掲載されている。

ここに、この荒井と益岡さんのシーンについても触れられている。

益岡のセリフは「妻は両親に盲腸だとだまされて手術を受けた」というものでした。


以下のようにも。

音声日本語の場合、言外に含まれている意味はこれだけでも察せられたりしますが、日本手話ははっきりとものを言う言語です。
益岡の手話は「妻は両親にだまされて避妊手術を受けた」と表していました。

米内山さんは、「書かれているセリフと発しているセリフの翻訳に引っかかりを感じた」と思しき草なぎさんから、益岡役の山岸さんの手話の意味を訊ねられたという。そしてこのことが

振付のように形を覚えるだけでは見抜けないものです。

と草なぎさんの姿勢に感嘆したエピソードの一部として紹介されている。たしかにそれはその通りだ。だが、そうしたこととは別に、そもそも本編での益岡さんのセリフ(手話につけられた字幕)は、「妻は両親に盲腸だとだまされて手術を受けた」ではなく、はじめに引用したものだった。

たしかに“盲腸だと言われ”との表現には、“だまされて”の意味合いがある。しかしこの言葉ではさらに“察する”必要がある(ちなみに益岡さんの手話は、両の手で管=卵管?を切るような動きを示していた)。

だが益岡さんの告白は、「妻は両親にだまされて“避妊”手術を受けた」とはっきり表していたはず。本来ならば、その手話を受け止められる人以上に、字幕に訳された言葉で聞いた私たちにはっきりと届くべきなのではと、個人的には思ってしまう。

原作ではどう表現されているのだろう。
気になったのでKindle版を買って読んだ。

〈女房もろう者だったんだけど、親は聴者でな。その親が、結婚前に勝手 に処置しちまって〉  
荒井の怪訝な顔を見て、益岡が苦い笑みを浮かべる。
〈俺たちの若い頃には結構あったことだったんだ。「聴こえる」親が成人 したろうの子どもに、「盲腸の検査」とかいって結婚前に不妊手術 を受け させたりすることは〉

丸山正樹. デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士 (文春文庫) (p.131). 文藝春秋. Kindle 版.

本作は日本でこれまでになかったドラマだったと感じた。草なぎさんも、当事者の方たちの演技も素晴らしかった。だからこそ(何かの配慮なのか)、批判ではなく、なぜ手話をそのまま訳さなかったのかという気持ちなった。


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