『ネットニュースで世界が良くなるわけがない』第4話
第4話「エモーションに貴賤はない」
まさか本人たちから対立の原因を聞けるわけにもいかない。
そこで私たちはまず、玉木さんと中村さんに関する情報の収集を始めた。
私はポケニューで働く他の同僚から、人脈のあるオーランドは他の部署から、あくまで世間話の延長として探る。
2人の個人的な情報や、諍いのタネになり得る出来事があったかどうか。オーランドさんとは密に連絡を取り合い、カフェテリアなどで情報共有する。
探り始めて1週間だが、集まった情報に有用そうなものはなかった。
「僕らの上司、謎が多いっすね。元カノ今カノ情報の1つは出てくると思ったのに」
「そういうのが知りたいわけじゃないですからね」
出勤する前に情報共有しようと、遅番の私とオーランドさんは昼下がりの会社のカフェテリアに集合した。
分かったことといえば趣味や出身地など、表面的な情報ばかり。人付き合いの多くない玉木さんと、無闇にパーソナルな情報を漏らさない中村さん。両者とも強敵だ。
「みんな共通して知ってるのは、2人ともスポーツ好きってことくらいですね。特に玉木さんはプロ野球。そして中村さんは海外サッカー。大学時代にイングランドへ留学して、ハマったみたいです」
そこでオーランドさんは「そういえば……」と呟く。
「玉木さんと中村さんがサッカーの話してるのは、見たことないなぁ」
「そうなんですか? 野球の話はよくしてる印象ありますけど」
「ですよね。確か去年、2人で球場へ観戦まで行ったらしいっすよ。でも中村さんが好きなサッカーに関して、そういうのは記憶にないなぁ」
「玉木さんはあんまり知らないんじゃないですか?」
「でもあの人、スポーツ全般の知識すごいんですよ。格闘技とかモータースポーツまで。なのにサッカーのことだけ知らないって……」
その時、私のスマホのアラームが鳴る。時刻は13時50¥分、遅番出勤の10分前だ。
オーランドさんとそろってエレベーターに乗り、ポケニューが入っている階まで降りる。
「これが限界ですって、蒼ちゃん先輩。これ以上知りたければもう本人たちから聞くしかないですよ。だから止めましょ、こんなスパイみたいなこと」
「ダメです。ここまで来たら、徹底追及しなきゃ気が済みません」
「そんなこと言って、本当は楽しんでるんでしょ、謎解き感覚で」
「……ちょっとだけ」
日常に潜む謎。これほど楽しいものはない。
そうは言っても勤務時間は頭を切り替えなければならない。
目下取り組むべき課題は、ユーザーが求める芸能ネタを見極め、より良い見出しを考え、芸能ページの運用を完璧にこなすこと。
もしもそれができれば、ポケニューで最も責任のあるトップページの運用を任せてもらえるかもしれない。
その為にも、まず解かねばならないクイズがある。
「魅力的な芸能人の一番の条件って、何だと思う?」
玉木さんが出したこの質問。
結局答えは聞けずじまいだが、それこそが玉木さんなりのメッセージなのだと、勝手に捉えることにした。つまりこれを自力で解き明かせば、運用者としてのレベルがグンと上がるのだ。
魅力的な芸能人の条件とは。
これを念頭に置きつつ、今一度私は芸能ページと向き合う。
「芸人のフェスタ武藤が中古の霊柩車を購入ですってー。ウケますねー、蒼ちゃん先輩」
隣のオーランドさんは、相変わらずのんべんだらりと高PV数を叩き出していた。
「今って、どんな芸能ネタが数字取れるんですか?」
「今はねぇ、正直ネタ不足っすねー。強いて言えば桜庭と葉山の騒動が良い感じですね。ほら、前に話した共演NGの噂です」
俳優同士が共演NGなのではないか、とのゴシップ記事。両者ともにコメントはないが、SNSや掲示板など外部で盛り上がっているようだ。
「共演NG……本当なら驚きですけど、なんでそんなに気になるんですかね」
「誰と誰が仲良い、よりも誰と誰が仲悪いって記事が伸びますしね。それが人間の性なんすよ、きっと。それに桜庭と葉山はそもそもドラマとか映画以外は出ない人たちなんで、性格とか普段の姿は妄想し放題ってわけです。SNSもしてないし」
そこまで言うとオーランドさんは、なにやら悪戯な笑みを浮かべる。
「この桜庭と葉山って、玉木さんと中村さんみたいですねぇ。ちょっと不穏な空気を醸し出したら、仲悪いんじゃないかって蒼ちゃん先輩に勘ぐられて」
「む……」
「安易に個人情報を明かさない、謎キャラってところも似てますからねぇ、4人とも」
皮肉を言ってご満悦のオーランドさん。私はというと初めこそムッとしたが、ふと彼の口にした1つの単語が、妙に気になった。
謎キャラ。似たような言葉を前に聞いたような。
デスクに置いていたミニノートを次々めくり、該当の箇所を探す。
「蒼ちゃん先輩マメっすねー。色々メモってるんすね」
「……あ、これだ、レアキャラ。オーランドさんが言ったヤツ」
「え、僕そんなこと言いましたっけ?」
事件や騒動に有名人が言及する記事でも、露出が少ない人物のコメントの方が伸びる。その論述で出た単語だ。
いわばネットニュース界隈で悪目立ちしないタイプの有名人を、オーランドさんは「レアキャラ」と呼んでいたのだ。本人は忘れているようだが。
レアキャラ。謎キャラ。ネットニュース上では珍しい存在。
「この業界における、魅力的な芸能人の一番の条件って、何だと思う?」
パチッと、頭の中でパズルのピースがハマった気がした。
ネットニュースの業界において、魅力的な芸能人。
それは、謎の多い人物なのではないだろうか。
謎めいた存在を見れば、人はもっと知りたくなる。SNSで発信せず、トーク番組などにも出なければ、人々は勝手にその人を謎多き人物と捉えて、追いかけたくなる。だからそんな芸能人が登場する記事はPV数が伸びる。
会心の解答に行き着き、えもいわれぬ爽快感が風のように通り抜けた。
「お、蒼ちゃん先輩ニヤニヤして、ウケる記事でもあったんすか?」
「ふふふ……これは、勝ちましたわ」
「なんかよく分かんないっすけど、楽しそうで良かったっす」
活路は見えた。もはや芸能ページは我が掌中にあり。
謎の扱い方一つで、人々の注目を集めることができる。
それは芸能人だけでなく、私の仕事にも応用できると思った。見出しに 謎を作ればいいのだ。
例えば、先日オーランドさんとリタイトルしあったこの記事。
梅原 元ミス慶成女性と結婚か
梅原 40歳元ミス慶成と結婚か
後者がオーランドさん提案の見出し。梅原がこれまで年下とばかり噂されてきた文脈から考えたらしい。前者と比べ、大いに伸びていた。
今考えれば、その理由はより深く理解できる。
オーランドさんの見出しは「なぜいきなり年上?」との謎を誘発する。
このようにユーザーのエモーションを掻き立てる謎を見つけ、見出しから匂わせれば、思わずクリックしたくなるはず。
この意識を持ち始めると、結果はすぐに現れた。
「蒼ちゃん先輩、最近調子いいっすね。さっき芸能ページからもらった、モモンガ諸星が嫌いな芸人を告白した記事、トップページでも調子いいっすよ」
「本当ですか、良かったー」
「こりゃトップページやる日も近いんじゃないですかー?」
こうおだてるオーランドさんだが、私はいまだ歴然とした実力差を感じる。おそらくポケニューで得た芸能人に関する知識と「謎」への嗅覚が、彼にはある。国内や芸能のページで数字を残せるようになったからこそ、彼や中村さんの優秀さが一層わかった。
ただ、人を羨んでいても仕方ない。やるべきことをやろう。
気合いを入れ直すためコーヒーでも淹れようと、給湯室に向かう。その道すがら、会議室の中から聞き慣れた声が響いてきた。玉木さんと中村さんだ。
「職場の雰囲気も悪くなるからさ……もう大人になれよ」
「……まるで僕が悪いみたいに言いますね」
そういえば、玉木さんと中村さんの不仲説、すっかり忘れていた。
何の話かはわからないが、会議室の中は明らかに緊迫している。やはりこの2人、何かある。
「いや悪いなんて……そんなつもりはないって」
「言っておきますけど、僕はまだ許してないですからね」
「もういいだろ……何回も謝っただろ俺」
ヒートアップしていく2¥人に、私はドキドキしながらも聞き耳を立て続ける。
「そんなに言うなら、どっちが悪いかポケニューのヤツらに聞いてみようか。この際だ、蒼井たちにも知ってもらえばいいだろ、おまえがどういう人間か。そもそも俺は、内緒にしていること自体、気持ち悪いんだよ」
「それは……僕にも立場がありますから」
この辺りで、1つの憶測が私の中で芽生える。
この2人、もしかして……。いやまさか、玉木さんと中村さんに限ってそんなこと……。謎の葛藤が私の中を駆け巡る。
だが、その瞬間は唐突に訪れる。
決定的な言葉が、玉木さんから発せられた。
「おまえの愛は、立場を守る為なら隠してもいいもんなのか? 俺は違うぞ」
「……っ!」
「そんなことないです……僕だって愛してますよ! でも、それとこれとは……」
「エ、エモーション……ッ!」
まるで稲妻に貫かれたかのよう。全身にシビれが走った。
あまりの出来事を前に、私はその場から逃げ出してしまった。そして真っ先に、オーランドの元へ駆け寄る。
「あ、あわわわ……」
「ど、どうしたんすか蒼ちゃん先輩」
「い、いま玉木さんと中村さんが……っ!」
ここまで言ったところで、わずかに平静さを取り戻る。そして良心が訴える。衝撃的な玉木さんと中村さんの関係、他人が口外していいものではない。
「いえ、すみません……何でもないです」
「何でもない人が、あわわとは言わないと思うんすけど……」
必死にごまかす私に、オーランドさんは大いに困惑していた。
その後まるで仕事にならず、ふわふわとしていた私。
「蒼ちゃん先輩、突然調子悪くなりすぎじゃないですか……?」
オーランドさんは眉をひそめつつ、私の掲載した記事を指差す。
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「流石にどうでもよすぎないすか、この記事。むしろよく見つけましたね。しかも明太古って誤字ってたんで、直しておきましたよ」
「あ、ありがとうございます……すみません」
このままではいけない。切り替えなければ。
私は自販機コーナーに駆け込み、エナジードリンクをがぶ飲みする。しかし、その時だ。
「あ、蒼井さん……」
「うおぁっ!」
中村さんと遭遇してしまい、変な声が飛び出した。
心臓が激しく鼓動を打ち、身体中の毛穴が開いたかのように、全身から汗がにじむ。
「な、中村さん……帰るところですか?」
中村さんは頷くと、何やら神妙な面持ちで尋ねてきた。
「蒼井さん、あのさ……何か悩んでない? 例えば恋愛方面とか……」
「へぇっ? いやいや私にはそんな……っ!」
「ご、ごめんごめん、今のはセクハラだよね! 何言ってんだろ、俺……」
私も酷いが、中村さんも落ち着きを失っている。互いに挙動不審な私たちのやりとりは、会話と呼ぶことさえ憚られた。動物同士のコミュニケーションに近い。
何より、恋愛方面の悩みがあるのは中村さんの方じゃ……。
そう思ったところで、私は理解する。
中村さんはきっと私に恋愛相談したいのだ。そのきっかけを作る為、私の恋愛について聞こうとしているのだ。そうに違いない。
中村さんが話しやすくなるよう、ひとまずその流れに乗る。
「悩み、あるかもです。というかみんなありますよね。あらゆる形の恋ってありますよね。誰しもみな主人公ですよ」
わけが分からない私の主張にも、中村さんはぎこちない笑顔を浮かべる。
「そ、それじゃあ今度ゆっくりそういう話しよう。オーランドとかも連れてさ」
両者ともに謎のテンションのまま、その場は別れた。
例によってオーランドさんと出勤前にカフェテリアに集合。
前回までは玉木さんと中村さんに関する情報共有をしていた時間だが、事情が変わった。
「捜査を打ち切ります」
オーランドさんは目を丸くして、まず一言目に苦言を呈する。
「いやいや、そんな勝手な……」
「人のプライベートに、必要以上に踏み込むのは、邪の道なのです」
「はちゃめちゃに今更っすよね。どうしたんすか急に。昨日のヤバめなテンションとも、何か関係があるんですか?」
無論、事実を話すわけにはいかない。少なくとも、中村さん本人から明かされるまでは。
私はオーランドさんからの追求をことごとくかわした。何を聞かれても、知らぬ存ぜぬを貫く。ついにはオーランドさんも折れてくれた。
「ここまできたら、真相が知りたかったなぁ」
最後にこう、寂しそうに漏らすオーランドさんであった。
出勤時間になったので、2人でポケニューのフロアへ向かう。
「そういえば、中村さんとオーランドさんと私で飲みにでも、って話になったんですけど、今度3人で行きませんか?」
「わ、いいですね。行きましょ行きましょ。蒼ちゃん先輩と飲むの初めてっすねぇ」
2人で盛り上がりながらデスクへ向かう、その途中。会議室からまたも玉木さんと中村さんの声が響いてくる。ブラインドは下がっているが、中が薄暗いことだけはわかった。
なぜ、薄暗いのか。
「わかった、俺が悪かったって……」
「またそうやって逃げるんですか、玉木さん。今日はもう許しませんよ」
2人の謎の会話に、オーランドさんは野次馬根性からか愉快そうだ。
「こりゃ本当に何かありますねぇ、あの2人。相当エキサイトしてますよ」
「エ、エキサイトって何言ってるんですかっ、おバカ!」
「えっ、何でこっちもエキサイト?」
私とオーランドさんは聞き耳を立て、玉木さんと中村さんの会話に集中する。
「もうやめようぜ、こんなところで興奮するなよ」
「けしかけたのは玉木さんじゃないですか……ほらここっ、ここを見てください! これ見てもまだ受け入れないつもりですかっ?」
「す、すごいよ……すごいのはわかったから、もういいだろ」
「ダメです、まだわかってません! 元はと言えば玉木さんが僕の愛を否定するから……ほらちゃんと見てください!」
「やめろ離せって!」
荒っぽいことになり始めている会議室。ここまでくると流石のオーランドさんも狼狽しだした。楽しそうな表情が一変、生真面目な瞳で告げる。
「なんかちょっとヤバそうですね。仲裁しましょう」
「ダ、ダメですよ! ま、真っ最中なのに……」
「真っ最中だから入るんでしょうが! 行きますよ!」
そう言って勢いよく扉を開くオーランドさん。
私は慌てて顔を手で覆いつつ、指と指の間から確実に、玉木さんと中村さんの状態を目に焼き付けんとする。
「……え?」
私の目に映ったのは、ぽかんとした玉木さんと中村さん。
そして薄暗い会議室のスクリーンに映し出されている、海外サッカーの映像だった。
きっかけは、3年前にまで遡るという。
玉木さんと中村さんがそれぞれ応援しているヨーロッパのサッカークラブが、世界一を決める大舞台で戦うことになった。サッカーファンにとっては一大イベントということで、2人はスポーツバーで観戦することに。
結果として、玉木さんの応援するクラブが勝利。玉木さんは酔っていたせいか、中村さんの応援するクラブをバカにするような態度をとったらしい。子どものようだ。
そこで中村さんが豹変。子どものケンカなどと言えないレベルの大暴れを披露した。店から出禁を宣告されるほどだったという。
「な、中村さんがそんなことを……泥酔してたんですか?」
オーランドさんの問いに、玉木さんは首を振る。
「こいつはザルだ。酒は関係ない」
「じゃあ何で……」
中村さんは顔を赤らめ、口を噤んでいる。玉木さんはそんな彼を指差し、告げる。
「こいつ、元フーリガンだから」
「フ、フーリガンは言い過ぎです!」
「似たようなもんだろ。でもいい機会だ。要らぬ心配をさせたお詫びとして、こいつらにあの写真を見せてやれよ」
あの写真、という単語に中村さんは拒絶反応を示す。初めは「ダメ! 絶対ダメ!」と喚いて抵抗していた中村さんだったが、そこまでの前振りを見せられると私もオーランドさんも好奇心を隠せない。3人で情報開示を要求し続けた。
すると観念して、中村さんはスマホを見せる。
それは、とてつもなく強烈な1枚だった。
「こ、これ中村さんっ?」
「……うん、6年前、イングランドに留学していた時」
写真には、屈強な英国人たちと並ぶ若き日の中村さんが写っていた。
顔にはペイント、上半身は裸、舌を出して目を見開いている様子はまるでチンピラだ。現在の雰囲気とは似ても似つかなかった。
「まあほら、20歳前後の頃って何かに熱狂しやすいじゃん。僕の場合、それがサッカーだったってだけだよ。イギリスのサッカー熱って凄まじいからさ……」
「にしてもこれは……だって後ろの方、何か燃えてますよ」
「この手に持ってる火のついた棒、この後どうしたんですか?」
普段は穏やかな中村さんにとって、イングランドを拠点とするこのサッカークラブへの悪口は、完全なアンタッチャブルだったのだ。
スポーツバーでの事件以来、玉木さんと中村さんはサッカーの話を控えていたという。完全に黒歴史として、葬り去ろうとしていたのだ。
しかし今月、問題は起こった。
玉木さんと中村さんの応援しているクラブが、3年ぶりに世界一の座をかけて争うことになった。それによって2人は、嫌でも三年前の事件を意識せざるをえず、ピリピリしていた。それが、私が対立していると感じてしまった原因だ。
そしてつい今朝方、試合が行われ、中村さんの応援しているクラブが勝った。
そこで3年前のいざこざを手打ちにしようと、玉木さんと中村さんは休憩時間を使い、この会議室で昨日の試合を振り返ることに。
だがそこで懲りないのが玉木さん。得点シーンにいちゃもんをつけ、またも中村さんの怒りを買う。そうして社内にいながら口論に発展。
その瞬間を、私とオーランドさんが聞いてしまった、というわけだ。
「どーーーでもいい……」
私は絶句すると同時に、あらぬ誤解をしていた自身を恥じた。
あれだけ私の好奇心を駆り立てた謎。蓋を開ければ、なんと取るに足らない真相か。
「蒼ちゃん先輩は2人のこと、マジで心配してたんすからね。それで僕と一緒に情報収集したり、カフェで推察したりして……まあ、楽しかったですけど」
オーランドさんのこの発言に、なぜか中村さんが過剰に反応する。納得したような表情で「ああ!」と叫んだ。
「だから2人、最近よく一緒にいたんだ。良かった……俺はてっきり、2人が付き合い始めたのかと……」
「ええっ!」
なぜそんな突拍子もない予想に行き着くのか。原因はオーランドさんにあるようだ。
なんでも彼は過去に、この職場で女性問題を起こしていたらしい。
普段から余計なほど愛嬌を振りまき、また付き合いが良すぎたせいもあって、勘違いした女性が複数人生まれてしまったという。
「あの時は大変だったんだよ……状況を把握する為に、僕が全員から事情聴取してさ」
「あったなー。その事情聴取によっておまえに惚れたヤツも出てきたりしてな。ゴシップ記事みたいな修羅場が目の前で起きてて、面白かったわ」
中村さんと玉木さんの表情は、同じ過去を回想しているとは思えないほど両極端だ。
「僕はみんなに、普通に接していただけなんですけどねぇ」
オーランドさん本人はというと、心底不思議そうにそう呟いた。この人もこの人で頭のネジが数本外れている。ジャンプしたら頭がカランカランいうのではないだろうか。
その時だ。私の中で、点と点が繋がった。
「中村さん、もしかして昨日の、恋愛相談の話……」
「ああ、そう。オーランドとの仲を詮索する為に、話を振ったんだよ」
「うそぉー……」
すべての謎が解き明かされた。身体から、へなへなと力抜けていった。
またもやってきた面談の時間。私は玉木さんに尋ねる。
「そういえばこの前言いかけてた、魅力的な芸能人の条件って、結局何なんです?」
「ああ。それはな、謎の多さだ」
どうやら私の予想は、本当に的中していたようだ。
「プライベートな情報を見せないヤツっていうのは、それだけ謎めいて見えて、好奇心を掻き立てる。それが好意と直結するんだ。だから芸能ニュースは、その心理的欲求を利用していると言っても過言じゃない。どんなに瑣末な内容でもエモーションに貴賤はない」
わかりやすい解説であるが、とても居心地の悪いノイズが私の中でざわめく。
その「心理的欲求」には、大いに心当たりがあった。
「謎が入った箱を用意されたら、たとえ中身がどーでもいい内容でも、開けずにはいられなくなる。おまえも、俺と中村との間にあった不穏な空気、という謎を前にして気にせずにはいられなくなったんだろ。そういうことだ」
「……はい、まさに」
良い経験したなぁ、と玉木さんはケタケタ笑う。
そしてもう1つ、情報を付け足す。
「そんでもって、どうしても謎が解き明かされない場合、人は脳内で補完しようとする。少ないヒントから、勝手に妄想していくんだ。そしていつしか、それが真実かどうかさえどうでもよくなっていく。これが、ゴシップ記事の本質だな。中村がおまえとオーランドの仲を邪推したのもそれだ。あとは、これもそうだな」
玉木さんは鼻で笑いながら、とある記事を掲げて見せた。
「まあ、この記事は流石に妄想が過ぎるけどな」
それは、男性俳優の桜庭と葉山の共演NG問題に関するゴシップ記事。
記者のあらゆる妄想から最終的に、2人は恋愛関係にあるのでは、と結論づけていた。
「…………」
「ん、どうした。頭抱えて」
首を傾げる玉木さんに、まさか真実を言えるはずもなかった。
「身をもって、体験いたしました……」
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