『ネットニュースで世界が良くなるわけがない』第3話

第3話「芸能ニュースの9割はどーーーでもいい」

 ポケニューが稼働している時間は、緊急速報が入った時を除けば7時から23時まで。シフト制になっていて、早番は7時から16時、遅番は14時から23時まで勤務する。

 教育係の中村さんは主に早番である為、私も入社して以来早番に入っていた。7時出社なので起床時刻もとびきり早いが、帰りも早く、満員電車にぶつからない利点もある。

 ただ今後の編成によっては遅番に回る場合もある。なので私は数週間、夜のポケニュー運用を体験することになった。それには、玉木さんなりの思惑もあるらしい。

「蒼井は、まずその頭の固さをどうにかすべきだ」

 面談にて。席につくよりも早く、玉木さんによるむき出しのダメ出しが飛んでくる。

「……それはまあ、昔から言われてきたことですから、否定はしません」
「だろうよ。そしてその開き直りからして、もはや直す気すらないのな」
「玉木さん、パウパウ」

 鳴き声みたいになってますよ、中村さん。
 玉木さんはというと口を尖らせ「なんだよ、褒めたのに」と謎の主張を展開していた。
 話題を戻し、私の頭の話に。

「頭が固いとまずいんですか?」
「まずいな。ニュースサイトの運用に必要なのは、時に白になり時に黒になる柔軟さだ。だから遅番の間は国内ページじゃなく芸能ページを担当しろ」
「芸能ページをやっていると、頭が柔らかくなるんですか?」
「そりゃそうだろ。芸能ニュースの9割はどーーーでもいいんだから」

 これがニュースサイト編集長の発言という事実もさることながら、まともなはずの中村さんによる「それな」とでも言うような含み笑いが、より異常性を物語っている。私は怖いところにきてしまった。

「……じゃあ、芸能ニュースなんて掲載しなくても……」
「そういうわけにもいかないんだよ。エンタメ系はうちの屋台骨だからな」

 中村さんがPCで資料を提示しつつ、補足する。

「ニュースサイトによってユーザー層が変わるけど、うちはエンタメ系を読みに来る人が多いんだ。今週もアクセス数ランキング10位のうち、6本はエンタメ。トップページの次にアクセスされてるのも芸能ページだしね」
「ちなみに1位は人気アイドルの水瀬夏美がSNSを始めた理由を告白した記事。ファンからの悪口を受け止める為だってさ。いやウソつけよ。なんで素直に鬼の如し承認欲求の爆発が原因ですって言えないんだろうな」

 ニュースサイトの編集長なのに偏見がすごい。

「つまり、みんなどーでもいい芸能ネタが大好きってことだ」

 玉木さんは前にネットニュースの運用について、議論を生む為だと語る。
 確かに友達や家族との会話でも、気づけば芸能ネタに行き着いていることが多い。だからエンタメ記事が常にアクセス数を稼いでいるという事実は納得できる。
 だがなぜこの人たちは、そんな芸能ネタを「どーでもいい」と評するのか。

「だから蒼井、おまえは来週から遅番で、芸能ニュースの何たるかを学んでこい。運用していればどんなネタがユーザーに好かれるか、体感的に理解できるはずだ。遅番にはオーランドがいるから、あいつに色々聞いてこい」
「歳も近いし、人懐っこいからすぐ仲良くなると思うよ」

 面談を終えて席を立ったが、玉木さんと中村さんは座ったままだ。

「僕らはちょっと打ち合わせがあるから、蒼井さんは先戻ってていいよ」
「……いや、蒼井。別に座ったままでもいいぞ」
「へ?」

 玉木さんによる、まったく意図のわからない呼び止め。どこかおむずかった様子の彼に、私と中村さんは目線を交わし、そろって首を傾げる。

「良いですけど、なんで蒼井さん……」
「いや、なんでもない。行って良いぞ、蒼井」

 要領を得ないまま、玉木さんはマイペースに別の企画の話を始めるのだった。
 何だったのだろう、今の妙な態度は。

      ***

 午後からの出勤という事態があまりに違和感で、遅番初日は起きたそばからソワソワし、家を出るまでもフワフワした時間を過ごし、結局30分も早く出勤してしまった。

 対照的にギリギリ遅刻してきた彼は、私を見つけた途端にこぼれるような笑顔を見せた。

「蒼ちゃん先輩、今日から遅番っすよね。ヨロシクっす!」

 柄シャツとワイドパンツのタックインコーデ、加えてゆるパーマの金髪。いっそ清々しいほど振り切ったチャラさを垂れ流すこの男性こそ、三田オーランドさん。アルバイトの大学生だ。授業やゼミの関係から遅番で入ることが多いらしく、ほぼ接点がなかった。

「三田さん、今日からよろしくお願いします」
「オーランドで良いっすよ。年下なんで敬語もいらないっす。気楽にいきやしょうや」

 オーランドさんは荷物を置くと、同僚らに旅行のお土産を配り始めた。バイト仲間に玉木さんら社員、果ては別の部署の人にまで渡している。

「え、話したことなかったですか。どうもオーランドっす。お近づきの印にどうぞー」

 ボク宇宙人なんです、とオーランドさんから告げられても、私は納得するだろう。それほど異次元コミュ力を弾けさせていた。

 オーランドさんに、玉木さんや中村さんは一目置いている。
 それは圧倒的なコミュ力によるものでなく、運用実績の上でトップクラスだからだ。社員らと肩を並べ、時に月間トップのPV数を稼ぐ。
 勤務歴は2年弱にもかかわらず、アルバイトでは唯一、サイトの顔と言えるトップページの運用を任されている。
 ポケニューに欠かせない戦力なのだ。

 オーランドさんの仕事を観察していれば何かを掴めるかもしれない。そう期待していたのだが彼は予想以上に、見た目と違わなかった。

「蒼ちゃん先輩、新桜大なんすね。去年学祭に行きましたけど、キャンパスめちゃくちゃ山の中っすよね。僕、近くにスタバないと絶対無理ですわー。ていうか僕と2つしか違わないのに、はちゃめちゃに落ち着いてますねー蒼ちゃん先輩」

 猛烈に愛嬌を振りまくオーランドさん。
 大学時代でもほぼ接点のなかったタイプに、私は若干気圧されていた。悪い意味で頭がふにゃふにゃになってしまいそうだ。

「えっと、オーランドさんから芸能ネタの選び方を学んでこいって、玉木さんに言われたんですけど……」
「いやいや、僕そんな大したことないですよーマジで。でもじゃあ僕はトップページやってるんで、気になることあったら何でも聞いてくださいな」

 そう言ってオーランドさんはパソコンに向かう。ただものの10分ほどで、またも周囲の同僚らと会話する。それを延々と繰り返していた。
 ただ、ひとたびオーランドさんの運用するトップページを見れば、納得してしまう。オーランドさんが掲載した記事、特に芸能ネタは、ほぼ百発百中でヒットしていた。

 芸人の最高月収、アイドルの本名、俳優が見かけた迷惑なファンなど。
 はっきり言って私たちの生活には関わりのない、どうでもいい内容だ。
 それでもPV数はぐんぐんと伸びているのだから、ポケニューのユーザーはこのようなネタを求めているのだ。

 だが、私が芸能ページに掲載した記事が思うように伸びてくれないのは、なぜか。私の上げた記事と、オーランドさんの上げた記事。内容的には正直、大差ないように感じる。
 例えば、姫宮麗華の不倫に関する記事。

・香山リズが不倫騒動の姫宮に批判
・俳優の宇田川が姫宮騒動に苦言

 前者が私で、後者がオーランドさん。
 見出しも似ている。だがPV数は桁違いで、圧倒的に後者の方が伸びていた。一体何が違うというのか。

「記事の主人公が誰で、世間にどう見られている人物か、理解することが大事なんすよ」

 率直に尋ねてみると、オーランドさんは考える素振りさえ見せず即答する。

「香山はワイドショーとかSNSで、誰彼構わず攻撃してるじゃないすか。そういう人の意見ってスルーされやすいんです。対して宇田川は俳優としての確かな地位があって、なおかつ露出が少なくてSNSもやってない、いわゆるレアキャラなんです。だからこういう騒動に言及すること自体が貴重なので、伸びるんすよ」
「な、なるほど……」
「あと、蒼ちゃん先輩が上げたこの記事も気になりますね」

 梅原 元ミス慶成女性と結婚か

 オーランドさんが目をつけたのはこの記事。梅原とは30代後半の俳優である。

「記事のチョイスは良いんすけど、見出し変えればもっと伸びますよ。僕ならこうします」

 梅原 40歳元ミス慶成と結婚か

 こう、言われた通り書き直す。
 相手の年齢を加えただけで変わるのだろうか。そんな私の疑問をあざ笑うように、伸び率は格段に上昇する。私は言葉を失った。

「な、なんでこんなに差が……」
「梅原って、今までいくつも浮き名を流してきましたよね。でも噂されてきたアイドルとかタレントって、全員20代前半なんです。だから一部では梅ロリとか言われてて。それがいきなり年上にいったら、みんな驚くじゃないですか」
「はぁー……」

 つい、感心が声となって漏れてしまった。
 記事のチョイスやタイトルの1文字にさえ、意味を与えているのだ。玉木さんや中村さんが高く買っているのも頷ける。

「オーランドさんって、ただのチャラい人じゃないんですねぇ」
「そんな風に思われてたんですね、僕……評価改めてもらえて良かったっす」
「やっぱりテレビとかよく見るんですか?」
「いや、あんまり見ないっす。芸能に関する知識は、ほとんどココとかネットで得てます」
「え、意外。テレビっ子なのかと……オーランドさんって、なんでココでバイトを?」

 何気ない質問に、オーランドさんは目を輝かせた。

「ネットニュースって存在そのものが好きなんすよ。正直どうでもいいじゃないですか、芸能人の不倫とか給料とか。でも人々はクリックして金を生んでいる。不思議っすよね」
「確かに。変なところに目をつけますね」
「それとIT企業でバイトって、モテそうじゃないですか」
「…………」

 芸能ニュースは、どうでもいい。
 玉木さんも言い、中村さんも否定しなかった。ポケニューにおいて、おおよそ有能な人はみんなそう思っているようだ。
 しかし私にはいまだに違和感がある。
 本当にどうでもいいのなら、なぜ芸能ネタは普遍的に数字が取れるのだろうか。

「これなんてまさに、どうでもいいのに数字が取れる典型的な記事ですね」

 オーランドさんが見せてきたのは、有名俳優である桜庭祐樹と葉山正高の2人が、いわゆる共演NGなのではないか、との憶測を記したゴシップ記事だ。

「共演NGネタ、みんな好きですよね。誰が仲良いとか悪いとか、気になりますかね?」
「うーん……」

 芸能ネタのどこに、エモーションはあるのだろう?


 1つ疑問が生まれると、解決するまでそればかり考えてしまうのは私の悪い癖。というのは表向きで、実際はそういうところが好きだったりする。要は考える時間が好きなのだ。

 昼食後も私は会社のカフェテリアで、ポケニューの芸能ページとにらめっこしていた。そこへ偶然通りかかったのは、玉木さんだ。

「なんだ蒼井、おまえ休憩時間も運用してるのか」
「ええ、まあ」
「言っておくが、そんな勤勉な姿を見せられてもおまえへの評価には一切響かないからな」

 一度に会話につき一つ嫌味を言わないと生きていけない人なのだろうか、この人は。

「芸能ネタのツボというか、感覚が掴めないだけです」

 いい機会なので、玉木さんにも尋ねてみた。
 なぜ芸能記事には一定の需要があるのか。エモーションは一体どこにあるのか。本当に「どうでもいい」のか。

「芸能ページやってても、結局は頭ガチガチなのかおまえは」

 玉木さんは呆れるように笑うものの、疑問については一通り真面目に聞き、考えてくれるようだ。
 無造作に頭を掻くと、こんな質問をしてきた。

「この業界における、魅力的な芸能人の一番の条件って、何だと思う?」
「え、何だろう……オーラとか?」
「そんな抽象的なもんじゃない。俺が思うに……」

 不自然なところで言葉が途切れる。見れば玉木さんの目線はよそを向き、顔が引きつっている。目線の先にいたのは中村さんだった。

「……どうしたんですか?」
「いや、別に……それで何だっけ。忘れちった、いいやもう」

 玉木さんは席を立ち、そそくさと去っていった。問題を出しておいて、勝手に立ち去る所業。自然と口から「えぇ……」と漏れた。
 すると今度は中村さんが声をかけてくる。

「蒼井さん、どうしたの?」
「いや、さっきまで玉木さんがいたんですけど……」

 その名前を出した途端に、中村さんも眉をしかめた。その珍しい雰囲気を察してすぐに話題を変えると、元のたわやかな表情に戻る。
 にこやかに、世界に何の疑念も抱いてないような顔を心がけながら中村さんと雑談する。その最中、私の頭にまた1つ、厄介な疑問が生まれてしまった。
 火を見るよりも明らかに、上司2人の様子がおかしい。

      ***

「玉木さんと中村さんが対立?」

 翌日、オーランドさんに昨日の出来事を話した。

「おそらく、ですけど……」
「珍しいっすね。いつもは仲良しというか、いいコンビなのに」

 玉木さんと中村さんは業務上の会話だけでなく、スポーツの話などで普段から盛り上がっている。
 また中村さんは先月私に、玉木さんへの恩義についても語っていた。私から見れば2人は、理想的といえる上司部下の関係だったはずだ。

「そもそも、中村さんが怒るのって相当珍しいですよね、たぶん」
「僕は見たことないっすねぇ。玉木さんだって感情を表に出す人じゃないでしょう。嫌味とか皮肉は言いますけど」

 2年勤めているオーランドさんですら経験がないという。
 それはつまり、この職場内ではけっこうな事件と言えるだろう。

「でも2人とも大人なんで、僕らが気にしなくていいんじゃないすか?」

 オーランドさんは安穏とした意見を述べる。
 だが、どうにも胸騒ぎがした。

「2人とも仕事にこだわりを持ってますし、もしかしたら意見の対立があったのかも……。もし解決できずどちらかが辞めたりしたら大変です。私、ちょっと調べてみます」

 オーランドさんは「えっ」と驚嘆の声を上げた。お互いディスプレイを見つめ作業をしながら会話してきたが、すかさず彼は丸い目を向ける。

「そんな大したことじゃないと思いますよ」
「私、疑問があれば解決せずにはいられない性格なので」
「そ、そうすか……芸能ニュースがなんで伸びるのか、って考え出した時も、そんなこと言ってましたね。答えは出たんですか?」
「そちらは一度忘れます。今は玉木さんたちの方から解決しないと」
「芸能ニュースの方を優先する方が、建設的な気がしますけど……」
「オーランドさんも手伝ってくださいね」
「えっ」

 乗り気でないオーランドさんを尻目に、私は使命感に燃えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?